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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第三章 最強勇者と魔導師オメガの俺が番になるまでの話

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17-1




 その日の夜更け、俺たちは無事に、アクラ岬から程近い丘の上にあるレイブン家の屋敷に到着した。

 当主である兄は、普段からこの屋敷と王都にある屋敷とを(せわ)しく行き来しているのだが、兄の妻と二人の娘たちは、一年のほとんどを王都の方で過ごしている。

 王都の屋敷にはほんの数える程度しか行ったことはないが、アクラ岬にある屋敷は、俺が十六になる歳まで暮らしていた場所でもあった。

 深夜に慌ただしくやってきた俺たちを、使用人たちは丁寧な所作で出迎えてくれた。遅い時間になったので、積もる話はまた明日しようということになり、俺とレオス以外はそれぞれが休む部屋へと案内されていく。

 最後に残った俺たちは、見たところ四十がらみの実直そうな執事(両親の死後に雇われているので、俺とはあまり馴染みがない)のあとについて、代々の当主が執務のときに使用する書斎付きの居室に招き入れられた。

 つまりそこは、かつての俺が父から勘当を言い渡されたり、赤ん坊のイコを抱いて、兄にレルネ島に住む許可を貰いに来たりした因縁深い部屋でもある。

 ──その部屋に、まさかこうしてレオスと一緒に帰ってくることになるとは、全くもって思いもよらなかった。

 昨日、島で会ったばかりの兄は、書斎にある執務机から立ち上がり、静かな目で俺たちを見つめた。

 

「よく来たな。……レオス殿も、息災なようでなによりです」

「イヴリール殿。この度は誠に(かたじけ)ない。お心遣いに感謝致します」


 そう言いながら、レオスは右足を後ろに引き、左腕を腹の前に当てて優雅な貴族式のお辞儀をする。もちろん兄も、レオスと同様の美しい礼を返した。


「兄上……あの、イコは?」


 俺が挨拶もそこそこに訊ねると、兄はわかっている、というように片手を上げた。


「イコはもう先に着いて、夕食も済ませている。お前たちは、食事は?」

「船で済ませてきました」

「そうか。ならばもう、ここに呼ぶか?」


 聞けば、執事がイコに就寝を促してくれたそうだが、俺だけでなく、レオスも共にここに向かっていることを知ったイコは、まだ起きて待ってくれているという。

 俺は隣に立つレオスを見た。一体どんな顔をしているのだろうと思ったが、わりと平静な表情だ。

 俺の視線に気づいたレオスは、無言で頷き返した。

 兄は、部屋の隅に控えていた執事にイコを連れてくるようにと命じた。


 程なくして、ノックの音が響く。


「──失礼致します。イコ坊っちゃまをお連れ致しました」


 扉を開けた執事にそっと促され、やや緊張した面持ちでイコが中に入ってきた。

 島を出た時と同じ、象牙色の真新しいシャツに胡桃色のベストとボトムを組み合わせた服装だ。肩まで伸びてきた金色の髪は、赤い紐で一つに結われている。

 まだほんの少しだけ幼さが残る碧い瞳が、まず俺の方を見て安堵の色を浮かべた。

 それから、レオスを見て小さく息を呑む。しかし、意を決したようにレオスの前に進み出てきた。

 心臓が早鐘を打つように鳴り出した俺よりも、ずっと落ち着いて見える。せめて声が震えないようにと願ったが、果たしてどうだったのだろうか。自分の声を聞き取る余裕さえもなかった。


「……イコ。早速だが紹介しよう。こちらがお前の父である……、レオスだ」

 

 するとイコは、一体どこで習い覚えたのか、さっきレオスがして見せたように、腹の前に左手を当て、右足を一歩引いて頭を下げた。


「初めまして、()()。イコ・クォム・レイブンです。……こうして父上にお会いできる日を、ずっと待ち望んでいました」


 まだ大人のものに変わりきっていない澄んだ声を張って、実に見事な挨拶の口上を述べた。

 レオスは、目を(みは)り、初めて対面する我が子をしばらくじっと見つめていたが。

 

「……驚いた。この俺に、こんなにも立派に育った息子がいたとは」


 涙ぐみながら、感じ入ったように言葉を紡ぐ。

 そしてレオスは、イコに向かって片手を差し出した。すぐに──こちらも目を潤ませたイコがその手をぎゅっと握り返すと、心底から嬉しそうに微笑んだ。


「初めまして、イコ。レオス・アルザーク・クレインだ。……トワから聞いているかどうかわからないが、俺はロダの王籍にも養父の籍にも入っていないから、これまでずっと表立った場では、母方の姓を名乗ってきた」


 ──クレイン。つまりは、母方の親族だというエティスと同じ姓である。レオス自身は王籍からは外されているが、母方のクレインの一族も、その母親が嫁いだという養父の一族も、ロダでは有数の名門貴族である。


「だが、これより先は冒険者のレオス・アルザークとして生きることにした」


 と、決意を込めた声でレオスは言った。

 近い将来、レオスはグリギアに帰化するつもりでいる。俺とイコの家族として、ともにレルネ島で暮らすために。

 そのためにロダでの名を完全に捨てるつもりでいることを、俺はさっき船の上で既に打ち明けられていた。


「それはつまり、いずれはわが弟を(めと)るつもりでいるということか?」


 ふいに兄が淡々と、そんな問いを投げかけてきた。

 その冷徹な声音が響いた途端、レオスの表情に影が差した。イコの視線が、少し不安そうに兄とレオスの間を行き来する。

 気持ちを(ほとばし)らせるように、レオスが言った。


「……ああ、順番が滅茶苦茶だと仰りたいのですね。確かに、私は我が身の至らなさ故に、身ごもった弟君(おとうとぎみ)を残し、十四年もの間、非常な苦労をかけてしまいました。そのうえ、出自もややこしく、さらには記憶の問題も抱えている。それでもどうか、どうか弟君と一緒になることをお許しを頂きたく……!」


 ──いや、俺の苦労など。祖国の内乱の中を、戦って大きな傷を負いながらも生き延びたレオスのそれに比べれば、何ほどのこともない。

 俺は、イコの手を握ったままのレオスの手に、そっと自分の手を重ねた。


「トワ……」

「父さん……」


 大丈夫だ、と俺は二人に微笑んでみせた。


「レオ。兄は別に、お前のことを(とが)めたりしていない。今のは、()()()()()()()()()()()()()、というただの念押しだ」

「ああ……、そう、なのか?」


 レオスが美しい碧眼をぱちぱちと瞬かせる。まるで、初めて聞く言語に触れたかのような反応だ。


「その通りだ。今更、要らぬと言われても困る」


 と、今度はわかりやすく渋面になった兄が、腕を組んでぼそりと呟いた。




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