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理由は後付けで  作者: 浅井天
第一章:献身循環団体と佐藤良子

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献身循環団体(佐藤さん編後半)

 サラサラでつやを帯びている髪を縛った先輩を横目に見ていた。

 おばあさんに倉庫の物は好きに使ってくれて構わないと言われたので靴を履いて倉庫に向かった。

少しかたい倉庫の扉を開けて倉庫の中に僕は足を踏み入れた。中にははさみ、シャベルといった備品が揃っていて昔はよく手入れをしていたのだとうかがえる。僕は軍手と芝刈り機を借りた。芝刈り機のチョークをONにしてエンジンスイッチをONにし勢いよくスターターの紐を引きエンジンを起動させた。エンジンがついたことを確認したらチョークをOFFにして紐を肩にかけて生い茂った雑草を刈っていった。年季の入った芝刈り機のように見えるがエンジンもかかってしっかり切れることからかなり丁寧に使っていたのだと僕は思った。5月とはいえすごく天気がいい日だったので雑草を刈っていると汗が垂れてきて目に入った。目が痛くなって開けずらくなってしまうが我慢して刈り続けた。全体の3分の1ほど刈ったところで縁側の方から声がしたので振り返ると池田先輩がいた。


 僕はエンジンをとめて先輩の方に近づいた。

「正人君、芝刈り機使えるのすごいね」と先輩は言った。

「実家が田舎の方で農家してるのでその手伝いでよく芝刈り機を使ってるので」と答えた。

「そうなんだね。家の手伝いしてて偉いね。私なんて1人暮らししたくて家から出ちゃった」と先輩は少し笑いながら言った。

僕はどちらが偉いのかは興味がなく比べるものではないと思った。ただ単に先輩の一人暮らしをするという選択と勇気を尊敬していた。


「池田先輩は1人暮らしだったのですか」

「そうだよ、これでも結構自炊してるんだからね」と先輩は誇らしげに言った。

「今度池田先輩の料理を食べさせてくださいよ」と僕は冗談半分に言った。

「いいよ、今度食べさせてあげる」と言うと先輩は自分の作業に戻った。

冗談半分に言ったことだったのでまさか叶うとは思っていなかったので素直にうれしかった。


 僕は芝刈り機のエンジンをかけて続きに取り掛かった。雑草自体はやわなもので簡単に倒れていく、明るい緑色できれいな色だが雑草なことには変わりなく惜しい気持ちをせずに刈っていった。途中で先輩が持ってきてくれたお茶を飲んで水分を補給して脱水症状にならないように努めた。雑草をすべて刈り終わったころには服が汗でびしょびしょになっていてお茶を飲まずにこぼしたのではないかと思ってしまうほどだった。おばあさんにゴミ袋を貰って熊手で刈った雑草を集めてゴミ袋に詰めていった。雑草をゴミ袋に詰め終わるころには太陽がかなり傾いて僕と同じ目線で存在した。ついさきほどまで上から見下ろしている存在だった太陽が今は同じ高さで存在しじきに僕の見えないところにいこうとしていた。

 

 僕は玄関の扉を開けて家に入ると池田先輩が迎えてくれて、おばあさんがお風呂いれてくれたから入っておいでと言ってくれた。僕はおばあさんのご厚意に甘えてお風呂に入ることにした。脱衣所には着替えがよういされており誰のものかわからないがおじいさんの物だろうと思った。お風呂の壁には手すりがたくさんついていた。浴槽も広く窮屈に感じることはなく遠慮なく足を伸ばすことができた。


僕は浴槽に浸かりながら今日一日のことを振り返っていた。初めてのことばかりで大変だった。初対面の先輩と一日中作業をして知らない土地で草を刈り、知らない浴槽に浸かっている。バタバタとしていて長い一日のようだが終わってみると一瞬だった。やりがいもあって僕はこれからも献身循環団体の活動を続けられそうだと思った。

お風呂から上がって身体を拭き、用意された服に着替えてドライヤーで髪を乾かした。新品のように生まれ変わった僕はリビングに向かった。リビングの扉を開けるとおばあさんと池田先輩がキッチンに立っていた。2人は僕に気が付くと手をとめて僕に訊いてきた。


 「正人君晩御飯食べていくでしょ」と池田先輩が言った。

僕は予想外のことだったので脳が追い付かなかったが自分の腹の虫は正直に答えた。

「食べていきます」と言った。

「よかった」池田先輩はにこっと笑って再びまな板の方に向いた。

「高部さん庭掃除ありがとうね。服大きくないかい」とおばあさんは訊いてきた。

「全然大丈夫ですよ。服もちょうどです。お風呂まで用意していただいてありがとうございます」と僕は言った。

「私ができることはこんなことしかないから、本当にお二人に感謝です」おばあさんはすごく丁寧に感謝を述べてくれた。

僕はおばあさんのこんなことという言葉を考えていた。人は自分にできないことが増えていくと自分のできることが簡単なことのように思ってしまうのだろうと思った。おばあさんは身体が悪くなって買い物に行くことも十分に歩くこともできなくなってしまった。日々できないことが増えていく中でできることの数が減っていくこのような生活の中で自分ができる数少ない事が他の人にとって簡単でちっぽけなことのように錯覚してしまうのだろう。本当は簡単なことではなくて大事で難しいことなのに。感謝を述べること、人を頼ること、相手を気遣うこと。この3つは誰もができることではなく元気に仕事をして難なく私生活を送っている人の中にもできない人がいることなのに。僕にとっておばあさんは散らない桜だった。


 食卓に食事が運ばれ3人で座っていただきますと言った。

白ご飯、みそ汁、筑前煮、卵焼きだった。どれもすごくおいしかった。僕は食べたいものを次から次に口の中に放り込んで食べるがおばあさんは一つ一つ丁寧に噛んで食している。

「すごくおいしいです。ありがとうございます」と僕は言った。

池田先輩は「口に合ってよかった。味付けは佐藤さんが教えてくださったの」と言った。

僕はおばあさんの方を見て「そうなんですか。すごくおいしいです」と言った。

おばあさんは喜んだ様子で「それはよかった。いっぱい食べてくださいね」と言った。

僕は「はい」と返事をして箸を進めた。


おばあさんは僕の食べていっるところを見て「おじいさんも若いころは食べるのが早かったね」と言った。

僕はなんと言えばいいのかわからずに困っていると池田先輩が声を出した。

「佐藤さんとご主人さんとの出会いについて少し話していただけませんか。気になります」と言った。

おばあさんはうなずいて「いいよ。長くなったらごめんね」と言った。


 あれは私が18歳のころだった。高校を卒業し銀行に就職することができ、慣れないことの毎日だった。窓口で対応、電話や来客の対応をする毎日でミスは許されない生活だった。そんな大変でつらい日々の中で私はあの人に出会ったの。ある日、窓口業務をしている時に彼はスーツ姿で預金の出金をしたいといってきたわ。もちろん、他の顧客の人と変わらない対応をしていた。彼はそれから毎日のように銀行に訪れてきた。3日目から少しお話をするようになって、彼が保険会社で働いていて年齢は私よりも5つ上であることを知った。何度か話して彼とプライベートで食事に行くことになった。私は男性と出かけるのは初めてで緊張していたが彼に会った瞬間緊張はどこかへ行ってしまったわ。明らかに彼の方が緊張していたのだから。2人で都市部の方にある洋食屋に入って食事をしたわ。彼はナイフの刃の向きを間違えていた時はこの人大丈夫かしらと思って不安になったけど何度か会っていく中で私は彼にひかれていたわ。私といるときは少し背伸びをしている感じで少し頼りない感じなのだけど仕事の時は完璧で文句のつけようがないほどだったわ。ほどなくして交際が始まって私が20歳の時に夜の海岸でプロポーズされて結婚することにしたの。結婚して私は仕事をやめて専業主婦になった。22歳のころに長男が生まれて24の時に次男が生まれて26の時に長女が生まれたわ。5人家族ですごく幸せな生活だった。休日には車で出かけて、いろんなことをしたわ。子供たちが大きくなって独り立ちするようになって少し寂しい気持ちだったけど彼がいたおかげで乗り切ることができたわ。子供たちが孫を連れて帰ってきたり、たまに訪れる騒がしい時間がすごく幸せだった。彼が定年退職をしてからは2人でいろんなところに出かけたりさっき話したように散歩をしたりしていた。まるで、結婚する前のような時間だったわ。この時間が一生続けばいいのにと心から思っていたわ。


でも、そんな甘い願いは叶わなかったわ。私が70歳で彼が75歳の時に彼が胃がんになったわ。気づくのが遅くなってもうかなり進行が進んでいたの。手術をして抗がん剤をしたわ。それでもなかなか良くならず彼の体力が減っていく一方だった。あんなに元気だった彼の面影すらなくなっていっていたわ。それでも、やさしさは変わらなかった。どんなに自分がつらくてしんどくても私の心配をしてくれた。彼は「介護つらくないか、迷惑かけてすまないな、何もできないないのにもらってばっかりで申し訳ないな」とか言ってた。

最後の方は彼はすごく弱気になっていた。「こんなに良子に迷惑をかけるぐらいなら早く死んだ方がいいよな」って言ってたこともあったわ。そんなことないのに私はあなたがいることが一番幸せで少しでも長くどんな状態でも生きてほしいのに。20歳で結婚を決めた時にどんな最後になろうとも一緒にいるって決めたのだから。

 闘病生活をつづけたけど彼は76歳で亡くなったわ。最後の瞬間は寝てるんじゃないかと思うぐらい幸せそうな顔だった。あれからもう17年たったけどまだしっかり私の目には焼き付いているわ。


 僕は佐藤さんの話を聞いて何も言葉を発せなかった。何を言えばいいのかわからなかった。あまりにも自分とはかけ離れた存在であり人生だった。僕にはこんなに有意義で幸せに満ちた人生を送ることができないだろうと痛感した。

 池田先輩は少し涙を流していた。僕はあまり見ないように視線を手元にある湯呑にやった。

「話していただいてありがとうございます。佐藤さんに出会ってご主人も幸せだったと思います」と池田先輩言った。

僕は湯呑に向けていた視線を佐藤さんに向けた。

佐藤さんは微笑んで「だといいんだけどね。葵ちゃん涙できれいなメイクが崩れちゃうから拭いて」と言って池田先輩にティッシュペーパーを差し出した。

僕はその様子を静かに見ていた。

佐藤さんにかける言葉を頭の中でゆっくりと考えていた。

 「常に相手のことを考えて思いやることができて一緒に幸せになれる相手がいるのはすごく奇跡のように思いました。僕にはまだそういう相手がいませんし出会うことができるかもわからないです。なので、佐藤さん夫妻がすごく羨ましく尊敬しました」と僕は言った。

こんな返答でいいのかわからないが僕が素直に思ったことを口に出した。

佐藤さんは僕の言葉を聞いて「ありがとう。高部さんもいい人がきっとみつかると思うわ。あなたすごく魅力的でいい人だから」と言った。

僕は佐藤さんの言葉が素直にうれしかった。そんな言葉を言われたのは初めてだったから。


 佐藤さんは「暗い話はこれぐらいにして明るい話しましょう。お菓子でも食べながら2人の話を聞かせてちょうだい」と言って池田先輩にお菓子の場所を教えた。それから僕たち3人で話をして楽しんだ。

時計を見ると21時だったので流石に帰ることにした。

佐藤さんは「またいつでもきていいからね。待ってるから」と言って見送ってくれた。


 2年後の4月17日、僕が大学3年生になってすぐだった。桜がもうほとんど散ってしまってその木が桜の木であるのかわからなかった。コンクリートに付着したピンク色と空気中に漂う桜の香り、はっきり見えなくなってしまっても、そこにはまだ微かに桜の存在があった。そんな道を歩きながら学校に向かっている時に池田先輩から電話があった。内容はいいものではなかった。池田先輩は「今朝、佐藤さんが老衰で亡くなった」と言った。僕は内容をうまく理解できなかった。音も匂いも何もしないただ一人の世界にいったようだった。


深呼吸をして少し落ち着くと電話越しに小さく泣き声が聞こえた。その日僕は学校に行くのをやめて池田先輩の家に行った。池田先輩はベットの上で毛布にくるまり三角座りをしていた。僕は何も言わずに先輩の近くで座っているだけだった。

その日僕たちは最初に佐藤さんとご飯を食べた時のメニューを食べた。僕たちは通夜とお葬式に参加させていただいた。棺桶の中にいた佐藤さんはお化粧がされていて幸せそうに眠っているようなきれいな顔だった。散らない桜はないのだと思うと同時に散っても綺麗だと思った。


話は2年前に戻って


 帰り道、池田先輩が「正人君明日空いてる?」と言った。

僕は「はい」と答えた。

「よかった、明日も学校にきて。9時に部室集合ね」

「わかりました」

少し妙な期待をした自分が馬鹿馬鹿しい。

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