第108話 うちの子は拾ってくる
「大きいお魚?」
「うん! ぼくよりも大きいの! すごいよ!」
ロボよりも大きな魚? なんだそれは。
「わかった、すぐに戻ろう。その前に少しだけお手伝いしてくれる?」
「なぁに?」
「畝を壊してしまったんだ、ここの土を、あんな風に盛り上げることはできる?」
無事だった畝を指差してロボに訊くと、元気に頷いた。途端にモコモコと土が盛り上がってしっかりとした畝ができる。
「これでいい?」
「うん。十分だよ、ありがとう」
「どういたしまして!」
魔法で作るのが正解かはわからないけれど、もし駄目だったらまたここに来てお手伝いさせてもらおう。そのうち会う機会もありそうだし。
神官さんとちゃんと話せていないけれど、次男が崖を回り込んでくる前にお暇しよう。それにしても、神官さんはどうしてこんな所で畑をやっていたのだろう。
ロボの背に乗って崖を駆け上がり、拠点を目指す。
しかし、ロボより大きな魚か……。地球で考えるならサメだろうか? でも森の中だし、異世界ライズされたイトウとか? ヨーロッパならヨーロッパオオナマズとかベルーガの可能性もあるか? ブル・シャークがそうそう川にいるとは思いたくない。
ネコが連れて来たというなら、小さくなっているロボより大きいということだろうか。それならネコがライオンサイズになっていたなら連れてこられるだろう。
どちらにせよ呼吸はどうしているのだろうか。
ネコはどうやって魚を捕まえたんだ? ネコは泳げないだろうし、ムツゴロウみたいにビッタンビッタン陸地を動けるタイプの魚だったんだろうか。
サイズによっては桶にも風呂にも収まらないと思うのだけど。
でもロボが弟とも妹とも言っていないから、もしかして本当に連れて来て一緒に遊んでいるだけか? ザーパトみたいなお友達枠?
いろいろ想像しながらロボに任せて走っていると1時間ほどで天幕が見えたのだけれど、天幕の横からどう考えてもおかしいサイズの陰が見えている。
魚ではないなぁ、アレ。まあロボたちにとっては大きなお魚か。形はほぼ魚。
「ただいま! お兄ちゃん連れて来たよ!!」
どうしたものかと考える間もなく、拠点に到着した。ロボが元気よく声を上げるとナイトが体をこちらに向けた。ロボから降りるとボムが肩に飛んでくる。
「ありがとうございます、ロボ。ユウ、どうしましょうか」
どうしましょうかと言われましても。
小さくなってから「大きなお魚」に近づいて匂いを嗅ぎ始めたロボを見つつ、鎧越しに眉間を押さえる。ロボの言う「大きなお魚」とは確かに巨大な水棲生物ではあったけれど、魚ではなかった。
木漏れ日の暖かな森の中、大きな天幕よりも更に大きなシャチがデンッと草の上で寛いでいる。サイズ感がマッコウクジラくらいあると思う。背鰭を入れると高さが5メートルはありそう。真っ黒ではなく、光が当たっている所が藍色に見えて格好良い。
川にオオメジロザメがいるのはともかく、森の中の陸地にシャチはいくらなんでも酷すぎる。なんでもありか。
ギガントボアが立ち上がっていたことよりも理不尽を感じる。
「ぉあーん!」
「我はご飯ではない」
このシャチ喋った!!
アースとネコはどこにいるのかと思ったら、ネコがシャチの背中の上で誇らしげに尻尾を立てていて、頭の上にアースも乗っていた。比較対象が大きすぎて二人ともちっっっちゃ。可愛い!
「ぁむ」
「止さぬか。牙が砕けるぞ」
勢いよく背鰭に咬み付いたネコをシャチが止めるのだけれど、理由はそれでいいのですか?
「どうしてこんなことに?」
「「ご飯探してくるね」と遊びに行ったのですが、迷子になっていたようで彼が連れて来てくれたのですよ」
ネコ……。気分的には狩りに行っていたつもりだったのかな? 戦利品が大きすぎるし、そもそも戦利品ではないけれど。ご飯扱いしないの。
「私がついて行こうとするとぐずったのでボムに付き添いをお願いしていたのですが、こんなことになるとは」
「ぷー」
「そりゃあボムだってあんな大きいシャチをロックオンするなんて思わないよねぇ……」
迷子を送ってくれるような優しい魔物で良かった。
「リアムの子よ、この豪気な子をどうにかせよ。本当に牙が砕けるぞ」
あ、すみません。うにゃうにゃ鳴きながら背鰭を囓っているネコを回収し、ついでに背鰭に登っていたアースも呼んで回収する。大人しくしていると思っていたらいつの間に登ったの。
ロボもナイトに呼ばれてお座りしていた。
そしてこのシャチにも身バレしている。この森に来てから息をするようにバレる。
「背鰭は大丈夫?」
「大事ない。ドラゴンやネルガル程度の爪や牙で傷の入る身ではない」
へー。ドラゴンの爪でも傷が入らないということは、このシャチはそんなに強い魔物なのか。……まあ、水棲生物が陸で平然としていられるくらいだから、そりゃあ強いのだろうな。
「待ってください、今、ドラゴンと何と仰いました?」
ナイトの言葉に、そう言われるとおかしかった気がするなと思ってシャチの言葉を思い返す。えっと、確かドラゴンと。
「ネルガルだ」
ネルガル?
俺が抱えていたネコをナイトが抱えてシャチの前に差し出す。
「この子は化け猫ではないのですか?」
「元はどうだか知らぬか、少なくとも今現在はネルガルだ」
ネコは化け猫じゃなかったのか? ナイトの反応的にネルガルというのは割と珍しい魔物?
「ネルガルってどんな魔物なの?」
ロボが首を傾げながら訊くと、シャチとナイトが説明してくれた。
「疫病を撒き戦争を招く厄獣だ」
「ヒトの定義だと、おそらく災厄級に分類されます」
うっっっそだぁ。ネコがぁ?
「ネコは良い子だよ!」
「ンギュイ!」
「ぷー!」
お兄ちゃんたちの猛抗議にシャチが「そうだろうな」と軽い返事をした。
「本来、ネルガルは厄を体内に集積するはずだが、この幼子は全く蓄えていないようだ」
厄を蓄える? そもそも厄って何。疫病の素?
「そのネルガルというのは、具体的にどういうことをするのですか?」
「わかりやすいのは夏場に熱病を撒くことだな。暑さは寒さよりも対策がしにくい故、多く死ぬ」
思ったよりも怖い魔物だったよ!!
「まあ、フェンリルたちが言うようにそのネルガルが悪戯に病を撒くことはないだろう。我に恐れもなく近づいてくるような知恵では、病を撒くようなことは思いつかないはずだ」
……今、結構ストレートに馬鹿だから大丈夫って言いました?
「大きくなった時点で何かおかしいなとは思っていましたが、まさかネルガルだったとは……」
大人しく抱っこされているネコの頭を撫でながらナイトがそんなことを言う。おかしいとは思っていたのかよ。その時点で言ってよ。魔法が得意な魔物だからとか言っていたのは自分を納得させようとしていただけなの?
「ネルガルだと問題がある?」
「いえ、ユウにとっては今更なことでしょう。ネルガルが許されないのでしたら、ネルガルよりも上位の私たちが許可されるはずがありません」
それもそうか。
「それでも登録内容を修正する必要はありますね。レニアに帰ったらお願いしましょう」
「わかった。一体いつからネルガルだったんだろうね」
「いつでしょうね……」
もしかして最初からネルガルだったのかな……でも攻撃力はほぼ無いし、父さんも化け猫って言っていたから、最初はネルガルではなかったのかな?
わからん。
「ネコはネルガルでも可愛いもんね」
「にゃーん」
ロボが尻尾を振って言い、ネコが元気に返事をする。それでいいのだろうか。害がないならいいか。
ゴロゴロと喉を鳴らしてご機嫌なネコを見ているとアースが鳴いた。ナイトがネコを撫でる手を止める。
「ギュー?」
「お名前ですか?」
お名前?
「あ、そうだよ! お兄ちゃん、お魚さんのお名前は?」
「お魚さんのお名前は?」!?
「え、お魚さんうちの子になるの?」
お友達枠じゃなかった! このシャチは保護しなくても一人で元気に生きていけるでしょう。
「だってネコが連れて来たんだよ?」
ロボさんや、連れて来たら家族になるシステム初耳なのですが。
「いや、我は」
「おぁん!!」
「ご飯ではない」
タイミングよ。ネコは本当にそのシャチをご飯にしようとしているの? ウゴウゴとナイトの腕から抜け出してシャチの上に登る。
「にゃー!!」
「「いや」ではなく」
「あー!」
「「やー」でもない」
一々ちゃんと反応してくれるの優しいな。強くても穏やかな魔物なのかな。殺人クジラなのに……。
うーん、でもなぁ。
いやいやとシャチの背中で転がって駄々を捏ねているらしいネコに律儀に反応してくれているシャチを見ながら腕を組む。
「いや、さすがに大きすぎるな」
冒険者ギルドの獣舎を全部ぶち抜いても入らないだろうし、大通りでも荷車とすれ違えないサイズだ。
「問題はそれだけではなかろうに」
シャチに呆れたように言われて考えるけど、最大の問題だよな。
「いや、うん……とにかく大きさだね」
「そうですね。もしかすると街にすら入れないかも知れません」
あー、そっか。門の高さどうだろう。出入りは影を通ったとしても、ずっと影の中っていうのも寂しいし。
「えー……お魚さん小さくなれない? ぼくみたいに」
「きゅぁー?」
「ぷぷー?」
ロボたちに訊かれてシャチが困ったようにアイパッチを歪ませる。そこ動くのか。
「なれぬことはないが……」
「じゃあ大丈夫だね!」
「いや、そういうことでは……」
そこまで言ってシャチは言葉を止めた。
じっとロボとアース、それからボムを見て何かを考えているようだ。しばらく考えてから、たぶん俺のこともチラリと見た。
「……まあ、止むを得まいか。汝を放っておくわけにもいかぬし」
放っておけないって俺のことですか?
「やったー!!」
「ぷっ!」
「ギャオ!」
「んなーぉ!」
家族が増えるね!と大喜びではしゃぎ始めたロボたちを見ながらナイトがシャチを見る。
「止めなかった手前こう訊くのもおかしい気がしますが、よろしいのですか?」
「まあ汝すら契約しているのだから問題なかろう。話は変わるが、汝はどこかでポセイドンに会ったか?」
ナイトに応えたシャチが俺のほうを見ながら訊いてきたことに驚く。
「ポセイドン!? まさか、会っていませんよ」
そんな怖い魔物に会わないように気をつけていました。ほとんどユニコーンに追われていたから道をきちんと選んでいたわけではないけど。
「そうか……ではどこかであやつが汝を見かけたのだろうな」
そう言ってため息を吐かれた。なんなのだろう。
ナイトも首を傾げていたけれど重要ではないと判断したのだろう、シャチのことに話を戻した。
「貴方、小さくなれたのですね」
「ああ。汝と同じくらいのヒト型だ」
「人間になれるの!?」
「いや、あくまでヒト型だ」
人間とヒト型って違うの? 獣人みたいな姿になるのかな?
しばし待て、と言ってシャチの体が光り始める。まばゆく輝くシャチにロボたちが驚いてナイトの後ろに隠れた。
光が収まり、小さくなったシャチの姿は──。
「『海洋保安戦隊・海獣ジャー、シャチブラック』って感じ」
「は?」
「『インディゴオルカ』かも」
「ん?」
「インディゴ格好良いね。採用」
インディゴオルカさんに決定です。
「なんの話だ?」
シャチが首を傾げるけれど、それ以外の感想が出てこない。
「絶対強いよね。司令官とかかな。普段戦わないのにピンチになると「情けないな」とか言いながら助けてくれる」
「もしくは追加戦士ですよね。途中で改心する敵幹部か、後半にテコ入れされるレッドを導くタイプの伝説の戦士枠か」
「わかるー」
俺とナイトにしかわからない話を、シャチがアイパッチを歪ませて怪訝な顔で聞いていた。
新加入、巨大なシャチ(シャチではない)。




