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目立つ格好のまま、良い目印になりそうな髪すら隠さぬまま、走る。
それなのに、すれ違う人々は誰一人、私という存在に気付かない。
とっておきの切り札だと、そう言った男の笑みを思い出し、苦笑が漏れた。
確かに、ドヤ顔で言うだけの事はある。
人々の目に、思い描いた通りの幻を見せられるのだという。
生まれもった適性と、あとは金の力だな、と。
何気ない調子で、それを手に入れた経緯まで語ってくれた。
これを使って、何度も修羅場を切りぬけてきたのだろう。
そのとっておきの手札を、ここで晒してくれるというのは……。
それだけの価値があると思ってもらえているのか、それとも、それなりに信頼されていると思っていいのか。
まあ、あの男のことだから、他にもまだ切り札は持っているのだろうけど。
そんな事をぼんやり考えながら、ひたすら走る。
教会の敷地から出さえすれば、あとは「協力者」が回収してくれると聞いている。
建物の扉を抜けて、だだっぴろい広場を突っ切って、広く開け放たれた豪奢な門の、その外に。
修道服を着こみ、頭巾を目深にかぶったその姿は、一見上手く周囲に紛れていたのだが。
それでも何故か一発で、彼だと分かってしまうのは何故だろう。
ぴたりと、頭巾越しに目が合ったのが分かった。
後少しの距離。
思わず伸ばした手を、彼の手が掴み。
勢い良く引き寄せられたかと思うと、ぶんっと後方に向かって放り投げられて。
おや、と目を瞬いて振り向けば。
刃を重ね合う、彼と、聖騎士様の姿。
どうして、と思わず零れた声は、彼らが鋭く打ち合う音にかき消され。
突然始まった一騎打ちに、周囲の人々は混乱しながらも、巻き込まれてはたまらないと二人から距離をとり。
一拍遅れて、私も邪魔にならないように離れるべきだと気付くが。
どうにも忙しなく動きまわる彼らに、下手に動くこともできず。
人間離れした速度での戦いは、何がどうなっているのかも分からない。
ただじっと息を殺して状況を伺っていれば。
バサリ、と切り裂かれた頭巾が地面に落ちて、露わになった彼の渋面に、劣勢を知る。
何処かで、魔族だ、と誰かが叫び、ざわめきが波紋のように広がって。
嫌悪の視線や、忌避する声が、場を埋め尽くしていった。
空気は、聖騎士様に味方していた。
場所も悪い。
魔族は、この国に足を踏み入れただけで、酷い苦痛を味わうのだと聞いた覚えがあった。
なら、半分魔族の彼も……。
打ち合うごとに、血飛沫が散る。
彼だけが、ぼろぼろになっていく。
苦痛を顔には出さずとも、見るからに動きは落ちていく。
ついには、どさり、と、傷だらけの体が地に落ちて。
そうなってからやっと、駆け寄ることができた。
いつもより傷の治りが遅い。
その上、傷が治ったところで、上手く身動きが取れないようだった。
忌々しげに唸る彼を抱きしめ、少しでも楽になるようにと気を流しこみ続ける。
いつの間にか、聖騎士様意外の騎士たちも駆け付け。
魔族を庇うのか、と。
ならお前も悪だ、と。
此方を取り囲みながら、口々に喚く。
裁きを、断罪を、悪しきものに、死を。
声を受けて、聖騎士様は無表情に剣を振り上げた。
振り下ろされる光の刃。
けれど、それが私たちを切り裂くことはない。
何故、と、呟き、再び剣を突き出すも。
何度切りつけようと、断罪の光が、裁きをくだすことは、ない。
何故、何故、と呟きはいつしか慟哭となり。
最後に降り降ろしたその手の中で、パキリ、と。
呆気なく、剣は砕け散った。
呆然と掌を見下ろすその人の頬を、涙が伝う。
そうか、と、小さく囁き、一度目を閉じると、再び開いたその目は、何か、今までとは少し変わっているように見えた。
その変化を見定めている間もなく、爆風が一斉に騎士だけを吹き飛ばし。
見覚えのある青年たちが、視界に飛び込んできた。
ぱっと見細身なわりに力持ちなのか、私と彼をひょいっと担ぎ上げると、一目散に駆け出して。
走りながら、口々に、先走り過ぎだとか、一人で格好付けんなとか、やいのやいのと文句が飛び交う。
それに一言、うるさい、と吐き捨てる声はどこか弱々しい。
未だダメージが残っているのもあるだろうが、不機嫌そうな顔をしながらも大人しく身を任せている彼に、仲間を信頼してるのがよく分かるな、と、微笑ましく思い。
そっと笑ったところを見咎められ、じとりと睨まれてしまった。




