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責任だけは私の名前

「まず、到着までの記録を見せていただけますか」


リディアがそう言うと、向かいの主任監察官は一度だけ瞬いた。


「ご自分が事情を聞かれている立場だということは、理解していますね?」


「はい。ですから必要です」


卓上には、十二日前に第七中継倉庫から出た十九箱の輸送書類が並んでいる。


低級魔石十二箱。

生活魔具用の基礎触媒七箱。


ところが王都南西の検問所で箱を開けると、十箱分が高純度魔石と登録外の触媒へ入れ替わっていた。


主任監察官は隣の魔環大廷調査官を見る。


「構いません。輸送経路については、こちらも確認する予定でした」


父ゲオルクが低い声で言う。


「リディア。聞かれたことだけ答えればいい」


リディアは反論せず、監察官へ視線を戻した。


聞かれたことだけでは足りない。少なくとも今は、自分の名前が十数枚の書類に並んでいる。


「第七中継倉庫を出たのは、朝六時十七分」


「一日目の到着は?」


「ルーンベルク宿駅。午後六時四十三分です」


十九箱を積んだ荷車なら普通の時間だ。


「そこで積荷の確認は?」


「外装と封印のみです」


「封印は出庫時と同じものに見えた?」


魔環大廷の調査官が答える。


「記録上は。摘発後に詳しく調べると、一度破られて再形成されていました」


「同じ印を作れるのですか?」


「元の封印材を丁寧に外し、再び閉じた上から術式を補えば、通常の目視検査は通せます」


「十箱なら、どれくらい時間が要ります?」


「慣れた者でも半刻程度は」


なら、どこかで荷を止めている。


「二日目をお願いします」


「宿駅を朝六時二十分に出発。検問所へ午後三時十二分に到着」


リディアの指が止まった。


「もう一度」


時刻は同じだった。


「途中の天候は?」


「晴れ。前日も雨なし」


「道路工事は」


「ありません」


「荷の総重量は?」


別の紙が出る。


出庫時と検問時の差は、誤差として扱われる範囲だった。


リディアは数秒黙った。


「馬を替えていますね」


主任監察官の視線が上がる。


「記録にはありません」


「だからです」


父もフェリクスもこちらを見た。


「ルーンベルクから検問所までは、この荷なら十時間ほどです。途中で十箱を開け、中身を替え、封印まで直したなら遅くなるはずなのに、一時間以上早く着いている」


リディアは二日目の記録を指した。


「作業時間を取り戻すには、途中で疲れていない馬へ替えたと考えるのが自然です」


主任監察官はすぐ部下へ向く。


「宿駅以外の馬籍も照会しろ」


「厩舎だけより、飼料を調べた方が早いかもしれません」


若い監察官がこちらを見る。


「飼料?」


「四頭以上をいつでも替えられるよう置いていたなら、毎日食べます。蹄鉄も減ります」


魔環大廷の調査官が僅かに口元を動かした。


「馬は書類ほど上手に嘘をつけない、ということですか」


「そうですね」


主任監察官は地図を広げる。


「どの辺りを見ます?」


リディアは街道を目で追った。


十箱を入れ替える。封印を直す。替え馬を四頭以上置く。荷車そのものは同じ。


「ここから、ここまで」


街道の中ほどより少し手前を指す。


「早すぎれば元の馬を替える意味が薄い。遅すぎれば新しい馬でも到着時刻を縮められません。作業時間も必要です」


主任監察官はその範囲を確認し、部下へ言った。


「飼料商、鍛冶屋、貸厩舎。過去半年。四頭以上を継続して養える購入量を拾え。商会名だけで探すな」


リディアは顔を上げた。


最後の一言は、こちらが次に言おうとしていたことだった。


「犯罪者が自分の会社名で燕麦を買うとは限らないでしょう」


「はい」


優秀な人だ。


少し安心した。


父が椅子を引く。


「そこまで分かったなら、後は調査官に任せろ」


「もちろんです。ただ、もう一つだけ」


ゲオルクが不快そうに黙る。


リディアは重量記録を見る。


「高価な品へ十箱も入れ替えたのに、重さがほとんど変わっていません」


魔環大廷の調査官が頷く。


「こちらも気になっていました」


「なら、重さを合わせるものも使っています。鉱石か何か。交換場所に残っているかもしれません」


主任監察官が短く頷いた。


今度は若い監察官が、驚くより先に書き留めている。


それでよかった。


今の情報で分かるのはここまでだ。


誰がやったか。

誰が命じたか。

なぜ自分に分からなかったか。


そこはまだ材料がない。


「では、こちらから確認します」


事情聴取が始まった。


「この輸送経路を組んだのはあなたですね」


「はい」


「第七中継倉庫を利用するよう決めたのも」


「わたくしです」


「輸送業者の採用案は?」


「わたくしが作りました。最終承認は父です」


ゲオルクの顔が僅かに動く。


主任監察官はそれも記録した。


「積荷申告は確認しますか」


「品目と箱数は見ます。ただし魔術素材の登録確認は資格者の担当です」


「封印を開ける権限は?」


「ありません」


「登録外の中継施設を使う権限は?」


「ありません。別途承認が必要です」


「承認者は?」


「一定規模までは次期当主代理のフェリクス。それ以上は父です」


主任監察官の筆が止まった。


「フェリクス卿。登録外施設の使用を許可したことはありますか」


「ない」


返事が早かった。


リディアは弟を見る。


フェリクスはこちらを見ない。


主任監察官は何も指摘せず、別の質問へ移った。


その後も、自分がしたことは全て認めた。


経路を作った。

倉庫を指定した。

業者の採用案を作った。

出発日を変えた。


していないことも、そのまま答えた。


中身は見ていない。

封印は開けていない。

登録確認はしていない。

登録外施設は許可していない。


知らないことは知らない。


一度だけ休憩が入った。


冷めた茶へ手を伸ばすと、主任監察官が向かいから言った。


「随分落ち着いていますね」


「そう見えますか?」


「ご自分へ疑いが向いている割には」


「怖くないわけではありません」


「では、なぜ調査まで手伝うのです?」


「二つあります。一つは、わたくしが関わっていないと証明したいから」


「もう一つは?」


「もし、わたくしが作った仕組みに本当に穴があるなら、知らないまま次の荷を出す方が困ります」


言ってから少し止まった。


次の荷。


自分がまた扱う前提で考えていた。


主任監察官は何も言わなかった。


日が落ちる前に、最初の報告が戻った。


「該当範囲に未登録の貸厩舎はありません。ただ、街道から半刻ほど外れた村へ、半年ほど前から週二回、燕麦と干草がまとまって売られています」


「買主は?」


「個人名です。住所は王都の貸家。量は馬六頭から八頭ほど」


地図上の位置は、先ほど絞った範囲の中だった。


「鍛冶屋は?」


「同じ村で、二か月おきに複数頭分の蹄鉄を交換した記録があります。依頼人の名前は別ですが、右耳の上に火傷痕がある男だったと」


その言葉で、リディアの中に顔が浮かんだ。


「見たことがあります」


全員がこちらを見る。


「二か月ほど前、第七中継倉庫で荷役をしていました。取引商会の人間だと紹介されています」


名簿を確認すると別名だった。


住所も違う。


だが人相欄には火傷痕の記載が残っている。


主任監察官が立つ。


「捜索班を――」


「待ってください」


父がとうとう声を荒らげた。


「リディア!」


主任監察官は父ではなく、リディアを見る。


「何か?」


「その村だけ探しても、馬しか見つからないかもしれません」


「では?」


「周辺に、廃業した工房か倉庫はありませんか」


土地台帳が開かれる。


製粉所。

染料工房。

共同倉庫が二つ。


「共同倉庫は違うと思います。十九箱を何度も出し入れすれば利用者に見られます」


「製粉所は?」


「可能性はあります。でも人と荷の出入りが多すぎます」


最後に残った染料工房。


「所有者は王都在住。廃業後は資材置場として貸し出し」


「借主は?」


監察官が紙を追い、止まった。


「……先ほどの取引商会の関連会社です」


リディアは地図から目を離した。


「一番疑わしいのは、そこです」


主任監察官は即座に指示した。


「現地役所へ封鎖要請。魔環大廷から封印術式の担当を一人。踏み込むまで借主側へ連絡を入れるな」


そこから先、リディアは口を閉じた。


現場捜索も証拠保全も専門家の仕事だ。


夜になっても家族は応接室から帰れなかった。


父はほとんど話さない。

フェリクスは何度も水を飲む。

家令だけが妙に静かだった。


リディアはそれを見た。


ただ、黙っているから犯人とは限らない。


人間は怖くても、怒っていても、考えていても黙る。


材料がなければ分からない。


深夜近く、主任監察官が戻ってきた。上着の裾に土が付いている。


「染料工房から、封印材と加工道具を発見しました。高純度魔石十四箱、未登録触媒九箱。低級品と、重量合わせに使った鉱石もあります」


リディアは小さく息を吐いた。


仮説は合っていた。


「帳簿も見つかりました」


家令の指が動いた。


主任監察官はそちらを見る。


「家令殿。別室でお話を」


家令が連れていかれる。


フェリクスが椅子へ深く座った。


「じゃあ、家令が……」


主任監察官は答えず、もう一枚の紙を置いた。


「フェリクス・カルステン卿。この署名に覚えは?」


弟の顔が強張る。


父が横から紙を見る。


「これは何だ」


「……施設使用許可」


「どこの」


フェリクスは答えない。


主任監察官が言った。


「先ほどの染料工房です」


「違う!」


フェリクスが顔を上げた。


「俺は、高純度魔石を扱うなんて知らなかった!」


リディアは弟を見る。


「登録外の施設だとは知っていたの?」


「姉上まで俺を疑うのか?」


「知っていたの?」


フェリクスは目を逸らした。


「……知ってた」


父が机を叩いた。


「何をしている!」


「低級魔石の一時保管だけだって聞いたんだ!」


「登録外施設へ魔術素材を移すこと自体が規則違反だ!」


「分かってるよ!」


怒鳴り返した声が部屋へ響いた。


父の顔が固まる。


「分かっていて許可したのか」


「家令が大丈夫だって。今まで何度もやって問題なかったし、それで中継費も減った!」


リディアは聞いた。


「なぜ、わたくしには言わなかったの?」


フェリクスの顔が歪む。


「言ったら姉上は絶対止めるだろ!」


「ええ。止めたわ」


「だからだよ!」


弟は拳を握った。


「俺だって、自分で一つくらい結果を出したかったんだ!」


「規則を破って?」


「高純度魔石なんて知らなかったって言ってるだろ!」


「それは聞いているわ」


リディアの声は変わらなかった。


「知らなかったことと、知っていた規則違反を選んだことは別でしょう」


フェリクスが黙る。


「高純度魔石の不正流通を知らなかったなら、その責任まで今ここで負う必要はない。でも登録外施設を使うと知って署名したことは、あなたが選んだことよ」


主任監察官が短く言った。


「その点は我々も分けて調べます」


父は椅子へ手をついた。


「私は……お前に実績を作れとは言った」


「そうだよ」


「違反して作れとは言っていない」


「でも父上だって、ずっと姉上の案を俺の名前で出してたじゃないか!」


今度はゲオルクが黙った。


「俺の実績を作れって言うくせに、姉上が考えたものを俺の名前で出す。皆に褒められても、俺がやったことじゃない。だから家令が、今度は俺だけの成果になるって言った時――」


「だから違反していいことにはならないわ」


リディアは今度だけ、弟の言葉を遮った。


主任監察官が席を立つ。


「フェリクス卿。続きは別室で伺います」


弟が連れていかれ、扉が閉まる。


ゲオルクは長く息を吐いた。


「もっと早く、あいつ自身に任せていれば」


リディアは父を見る。


「お前が何でも先にやってしまうから、フェリクスが焦った部分もあるんだろう」


数秒、言葉が出なかった。


十九箱。

家令の不正。

フェリクス自身が認めた規則違反。


そこまで並んでも、父はまだ自分へ何かを戻せるらしい。


「お父様」


声は静かだった。


「今のは、どういう意味でしょう」


「お前が悪いと言っているわけではない」


「では、わたくしが何をすれば、フェリクスは登録外施設へ署名しなかったのですか?」


父が黙る。


「仕事をしなければよかった?」


「そういう話ではない」


「弟より遅く答えを出せばよかったのでしょうか」


「リディア」


「具体的に伺っています。わたくしが何をしたことが、フェリクスの署名の原因になったのでしょう」


答えは来なかった。


主任監察官が静かに口を開く。


「侯爵閣下。今確認すべきなのは、登録外施設の利用を誰が提案し、誰が承認し、誰が不正品の搬入を指示したかです」


「分かっている」


「でしたら、その順番で調べましょう」


父は何も言わなかった。


リディアもそれ以上は言わない。


卓上には、まだ自分の名前が書かれた輸送記録がある。


その隣には今、


フェリクス・カルステンの名で署名された、染料工房の施設使用許可が置かれていた。


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