神様の手先の手先 おまけ小話2
本編後。ただいちゃいちゃしているだけの二人の短い一コマ。ハッピー浮かれポンチズヤウ。
――僕の妻は、とても愛らしい。
ズヤウはしみじみと幸せを噛みしめていた。
上位存在からの無茶ぶりも、使い走りも、彼女がいるからこそ苦ではなかった。家路に帰り、出迎えて腕の中に収まって「おかえりなさい、おつかれさま」と暖かな言葉をくれる。それだけで、満たされてしまう。
世の夫婦はこのような信じられない甘さを享受していたのか。もっと早く教えてほしかった。いや、教えられたなら、かつてのズヤウだったら世界を憎んで破壊して回ったかもしれない。訂正すべきだろう、と脳内でつぶやいて、現状を満喫する。
師匠でもあり、無茶ぶりの常習犯でもあるシギからの用命も、その際に生じた苛立ちや精神的負担もみるみるうちに減っていく気がした。もぞもぞと腕の中で動いて、遠慮がちにこちらを見たミレイスは、そろりと同じように腕を回してくれる。
(僕の、妻が、こんなにも可愛い)
俗に言う、新婚生活。蜜月。
自分がそんな平和な生活を送れることが未だに信じられないが、現実なのだ。返す返す思いながら、存在を確かめるようにミレイスの頭に口づけた。途端、驚いた顔をしてミレイスは頬を染めた。
(……可愛い)
カイハンがぼやいた、浮かれ野郎という言葉は間違いない。
ズヤウは、現在が自身の人生において最高の絶頂期だと自覚している。どう形容しても、桃色の色惚けた思考に結びつく。そんな輩を嫌っていると言っていたはずが、何が起こるか分からないものだ。
そも、片割れを持つシギの鱗を飲んでいるズヤウは、多少なりとも龍の性質を受け継いでいる。宝の偏愛と片割れや愛するものへの執着だ。
つまり、現在進行形で妻となっているミレイスへと注がれている愛情も、その影響がでている。ズヤウも理解していたが、ここまでままならないとは思っていなかった。シギはよく片割れであるアセンシャと離れていても平気だと感心したほどだった。
「あの、ズヤウ?」
頭部や頬に口づけては、抱きしめたままの状態にミレイスが声を上げる。水の精霊は軽やかな歌声で話すというが、それの亜種でもあるミレイスの声もまた格別に良い。澄んだ鈴の音を転がすような、軽やかで柔らかい声音。惚れたひいき目も十分にあるだろうが、ズヤウはミレイスの声も好ましく思っている。
「なんだ」
言いたいことはわかってはいるが、魔が差して素知らぬふりをして返す。すると、ミレイスは形の良い愛らしい唇で誘うように強請った。
「口には、してくれないの?」
「ん、ぐぅ……っ」
ときめきで死ぬのならば、毎日致命傷を負っている気がする。
思わずむせたような声を漏らしそうになって耐える。
(快さに流されやすい精霊であることに喜べばいいのか、無知で男の欲を知らないことを怒ればいいのか、困る……)
だが、乞われて拒否する選択肢はない。
遠慮なくと片手で顎を持ち上げて、唇を重ねる。舌をねじこんで、中を暴きたくなる気持ちが内側でうずまき鎌首をもたげているが、気合いでねじ伏せる。
(まだ……まだ、耐えなければ。理性を切らして襲って、ミレイスが恐れを抱こうものなら)
そんなことはしたくない。
過去、ズヤウが負った痛みを味合わせたいわけではないのだ。辛さや苦しさとは無縁でいてほしいのだ。
つらい。だが、幸せだ。
思うがまま、柔らかくて甘い感触を堪能して離れれば、うっとりとしたミレイスが嬉しそうに微笑む。少女めいた美しさが、はっとするほど妖艶に見える瞬間を知る者が自分だけだというのは、とても気分が良い。潤んだ瞳も息を懸命に整える唇の震えも、自分だけが知っている。
「私、ズヤウに口づけされるの、好きです。とても、気持ちいいもの」
(……愛しさで人が殺せるのなら、お前は何度も僕を殺しているな)
なかば感動しながらもう一度、抱き寄せて息を吐く。同時に、獣欲を必死で殴り倒しておく。
今ズヤウの中で、擬人化された欲望の屍は着々と積み重なっていた。
(可愛い……僕のミレイスは、死ぬほど可愛い。大丈夫なのか、こんなに愛らしい存在がいていいのか)
悶々と葛藤しながら、努めて表情には慈愛のみを残してズヤウはミレイスを見下ろした。そんな様子に気づきもせず、腕の中のミレイスは無邪気に首を傾げて、ズヤウを見上げる。
「夫婦らしいこと、これであっているのかしら? ズヤウ、私にしてほしいことはない?」
「……あ……いや、今は、まだ」
咄嗟に、ある、と断言しそうになって撤回する。
正直に言うならば、今すぐにでも抱き潰したい。五十年の猶予をもらったのだ。掌中の珠のごとく、しまい込んで慈しみ、どろどろに愛情を与えてやりたい。ズヤウなしではいられないくらいに。
なんのてらいもなしに、好意を直球でぶつけてくれるミレイスなら、受け入れてくれるのだろうか。かつて自分が得られなかった愛情をミレイスへと与えることで、どうにか正気は保っていられる。
「まだ、いい。お前は今のままで十分だ」
「そう?」
「ああ」
「それなら、いいのだけれど。いつでも言ってね。私たちは夫婦なのでしょう? 助け合うのが大事だって知っているわ。それに、ズヤウは、その、私の好きな人です。助けになれたら嬉しいわ」
「ああ」
どうにか、正気は保っていられるが。最近ミレイスがこうして夫婦らしいこととはと頑張るおかげで、風前の灯火である。
(やめろ。これ以上、僕を喜ばせるな。本当に喰うぞ)
歯止めがきかなくなりそうなのに。だが体は裏腹に、ぎゅうぎゅうとミレイスを抱きしめる。
万感の思いを込めて、内側に巣くう欲望と熱を吐き出す。傷つけないように。怖がらせないように。そうっと、慎重に。
「お前は、本当に可愛いな」
それを聞いたミレイスがじわじわと顔を赤くさせるものだから、余計にズヤウは己の欲を沈めることに苦労するのだった。
*** さらにその後の煩悶ズヤウ ***
シギから五十年の猶予をもらい、愛しい妻に告白をして「夫婦らしいこと」をしてもよいとの了承をもらったのはよかった。甘やかな生活はズヤウの心を潤してくれた。
ただ、その中で問題が出てきたのである。
妻のミレイスは、ズヤウの想像以上に世間知らずの生娘だった。いかに彼女を怖がらせず、痛がらせず、完璧に交接することができるか。つまり、夫婦の閨問題。それが最大の問題だった。
目下、延々とズヤウは悩んでいる。
ふだんなら、夫婦の邪魔だから気軽に家へ来るな、なんて邪険にしていたカイハンを出先で捕まえて相談するくらいである。
それとなく、ミレイスに聞いたこともある。答えはこうだった。
「夫婦で肌を重ねる、そうアセンシャ様からのお話で聞いたわ。素肌で重なるのでしょう? その……恥ずかしいけれど、ズヤウとなら……それに、人肌はあったかくてとても良いと思うわ」
高すぎる純度に、爛れた性歴があるズヤウは気後れしてしまった。僕はこの奇跡のような生き物を冒してしまうのか。少し興奮は覚えたが、それ以上に動揺して罪悪感がわいた。
重たい口を開いて、経緯を話し、ズヤウは呟く。
「……これで、もしミレイスに怖がられ厭われるようなら、僕は目移りする可能性のある存在をことごとく殺して回るかもしれない」
から回る愛情と、独占欲ばかりがズヤウの思考を占めてしまっていた。相談役に抜擢されているカイハンの眼が遠くなっているのも気づかないほどだ。
「ごたくはいいから、さっさと抱きなさい」
「できたらやってると言っているんだ!」
「情けないことを言い切るの、どうなんです」
呆れた声音に、ズヤウはうつむいて唸った。
まだまだ、先は長い。
エロコメディになりそうな気がしたので、大丈夫な範囲でぽいしました。
キサ関連の話や本編後の完璧に妻を抱きたいズヤウのドタバタ平和回も考えてはいたもののムーン対象になると思うので、気が向いていつか書く気が起きたらこっそり投げます。




