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番外小話置き場  作者: わやこな
ミヤスコラ学園の話
41/42

再訪、地下探検 上

『ティトテゥスの改葬』本編終了後。

領主様からお願い事されたナーナとテトス。地下を調べに行ったら、やばいものを見つけちゃったので証拠隠滅しなきゃとなる小話。



 ミヤスコラ学園、学園事務室。

 手紙や魔法道具を用いた連絡が行える場所である。教室三つ分くらいの広さに、縦横無尽に様々な形をした道具たちが飛び交い、何段もある戸棚に出たり入ったりを繰り返す。

 戸棚には在籍する生徒たちへの送達物が入っている。事務室に声をかけると該当する番号札を渡され、収受するというわけだ。


「113番、113番……と」


 渡された番号札と戸棚の番号を照合しながら、ナーナは部屋内を歩いた。休息日でもこの部屋は賑わっている。温暖な気候へ変わり始めた今の時分、世間は農繁期に向けて忙しいのだろう。


(傭兵稼業は起き出した獣対策で忙しいらしいし。お義父様からの手紙って、それで素材がいっぱいだから送るってところかしら)


 ナーナがここに来た理由はそれだ。

 ヒッキエンティア寮監督のモナから、実家から届け物があると言われたためだった。


(あれから辺境も少しは落ち着いたみたいだから、悪い知らせではないと思いたいけど)


 指先で番号を探して、戸棚を開ける。中には少しふくらんだ手紙が入っていた。

 取り出してみると、間違いなくナーナの実家であるブラベリの名前がある。筆記体も見知った義父の字だ。

 念のため探知魔法をかけてみたが、偽装の類もない。

 その場で開いて中を数行読んで、ナーナは即座に手紙をもとに戻した。ついで、制服のポケットに突っ込むと、ポケットの入り口を抑えながら早足で事務室を出た。



 そのままの足でナーナが向かったのは、学園北にあるカラルミス寮前だ。

 いつみても城塞のような堅牢さの寮の威容を視界に収めて、ナーナは一息ついた。

 なるべく人目がないところに移動して、佇む。あたりに誰もいないことを確認してから、名前を一つ呼んだ。


「≪ティトテゥス≫」


 ほどなくして、寮の高い位置から影が降ってきた。

 音を殺して着地したのは、双子の片割れテトスだ。テトスは制服にいつも通りのローブと腰のポーチ、武器である飾り紐を装備して、いつも通り愛想もなく軽い挨拶をしてきた。


「よお」

「どうも。領主様から言伝は来た?」


 挨拶もそこそこに、ポケットに入れていた手紙をナーナは見せる。

 すると、テトスは片眉を上げて黙ると同じようにポーチから紙切れを出した。


「なんだ、やっぱりナーナのとこにも来たのか」

「この内容なら、どちらにも来ていると考えて当然よ」

「俺はチャジアへの依頼経由だが、お前は?」

「お義父様から。領主様からのご希望だって」


 ナーナが答えると、テトスが「内容も同じか」と呟いた。

 肝心の中身は、次のようなものだ。


『学園内にあった呪いの媒介具。琥珀の王笏があった場所を見回ってほしい』


 かつて領主家に呪いを送っていた呪いの媒介具が、学園にあった。それもかなりの年代物で、機能的に摩耗して周囲に呪いをまき散らしていた類のものだ。

 ナーナたちが編入したその年に、なんだかんだと事件があった末に発見し回収した。


「呪いが残っていることはなさそうだけど、危険生物が湧いたなら気を付けるのはわかるわ。先生方、特にフスクス先生が対処をしていないとは思わないけれど」

「フスクス先生は今お忙しいはずだろ。一応、頭に留めるだけにしとこうぜ。また虫が湧いている可能性だってある」

「あの虫ねえ……気乗りしないけど」


 呪いによって生まれたらしき虫型の危険生物が脳裏に浮かぶ。

 夥しい数の虫と、枯れ木を模した植物。あのせいでナーナは医務室送りになった苦い思い出がある。それはテトスも同じだろう。


「暖かくなるとああいうのは増えるんだよなあ……あれは体液被ると置換の呪いにかかるんだっけか」

「それはあなたが切った植物のほうが、おおもと。まあ、似たような能力はあったかしら」


 ナーナは言葉を切ると、手紙をまたしまった。


「ミミチルが言うには、そんな虫は表に出てないからひとまずは安心して良さそうよ」

「隠れ潜んで突然変異してたりな」

「なくはなさそう」


 予想を言っただけだが、ありえそうだと互いに苦い顔になる。テトスがポーチから小瓶を取り出した。ナーナが見えるように指先でつまんで振ると、放り投げた。

 慌てて両手でつかむ。

 急になんだと睨み返すが、テトスはまったく堪えてない様子で言った。


「ジエマさんからの、俺への、ありがたい贈り物だ。各種生物避けの薬をもらってるから、わけてやる」

「じゃあこれ、虫避け? ふうん、後で御礼を言わなきゃ」

「俺には? お前にあげたのは俺だが?」

「あーりーがーと」


 若干のうんざりした気持ちを込めてナーナは返した。それを軽くうなずいて受け取ると、テトスは片手で行く先を示した。


「それじゃ、手っ取り早く終わらせようぜ」







 呪いの媒介具があったのは、カラルミス地下競技場からさらに地下に向かった場所だ。

 今は使われていない潜水室という部屋から、さらに地下水脈が流れる天然の通路がある。

 カラルミス競技場には、テトス主導で入れば他寮生のナーナがいても問題なく入れた。以前だったら、カラルミス寮監督のムーグが嬉々として文句をつけてきたことだろう。


(ティトテゥスも偉くなったということかしら。いえ、カロッタ家の御威光でしょうね)


 どういうわけか、そのカロッタから気に入られたテトスはヒーロー扱いされて連れまわされている。おかげで、同寮生たちからは一目置かれているようだ。

 それに、ムーグの恋人であるグリクセンの妹がテトスに熱を上げているようで、彼女のその様子のこともあって編入時よりも随分と風当たりは良くなっていた。


(あら、噂をすれば)


「あっ、テトス様! 鍛錬ですか? 奇遇ですう。ヒルダもダイエットに運動しようと思ってえ」


 当人、ヒルダのお出ましだ。

 頬を紅潮させてテトスに駆け寄る姿は小動物じみて愛らしい。ムーグが可愛いと自慢するのもわかる気がするとナーナは思ってしまった。そしてそんなヒルダに駆け寄られたテトスはどうかと見上げる。


(露骨に嫌な顔してるわね)


 顔が引きつったテトスが面倒臭そうに相手を迎えた。なんとなく面白くなってテトスの後ろからナーナは顔を覗かせた。

 高い位置に二つ結びにした、ツンとした顔つきの少女だ。どことなく兄の面影がある。ヒルダはテトスを見て、嬉しそうに声をかけたと思えば、後ろにいるナーナを見て口元に手を当てた。


「あっ、妹様だ! ごきげんよう。私、1年のヒルダですう」

「えっ? 妹?」


 どういうことだとテトスを見る。不機嫌そうな顔つきのまま「妹だろ」と返ってきたので、ナーナは思い切り睨んでおいた。姉と訂正することも忘れずに呟く。

 そんなことも気にせず、ヒルダはご機嫌で後ろ手に組みながら首を傾げた。


「妹様ってヒッキエンティア寮ですよね。なんの御用でこっちに?」

「別に他寮でも鍛錬してもいいだろ。ヴァーダルの許可もある」

「なーんだ。カロッタ様なら安心ですね! あっ、そうだ聞いてくださいよおテトス様」


 テトスが返事をするのも面倒そうだったので、ナーナは肘で突いた。


「なんだ」

「水練場があるじゃないですか。あそこ、虫が出たんですよ! 最悪ぅ。カロッタ様に、そのお力で改装してほしいって言ってほしいんです」

「虫」


 思わず上がったナーナの声に、ヒルダは握りこぶしを作って頷いた。


「もうすんごーく気持ち悪かったんですから! ぷかぷかって何匹か浮いてて! ああっ思い出してきちゃった」


 テトスとナーナの視線が合う。すかさずナーナは口を挟んだ。


「ねえ、それっておかしいわ。この競技場って、魔法道具で管理されているの。勿論、水練場もそのはずよ」

「どういうことです?」


 両腕をさすっているヒルダに、さも心配そうに眉を寄せてナーナは続けた。


「普通はいないはずの虫がいたなら、誰かが持ち込んだか危険生物かもしれないわ。どういった虫か、寮監督や先生に報告したほうがいいかも」

「ええっ!」

「幸い、ここにはティトテゥスもいるし、見守りはこちらでしてみるから。ヒルダさん、報告をお願いしてもいいかしら」

「わ、わかりました! 私っ、ホリィお姉様のところに行ってきます!」

「ええ気を付けてね」


 手を振ると、ヒルダは来た時と同様に慌ただしく走っていった。落ち着きのない少女である。

 姿が見えなくなってから、テトスは少し唸って言った。


「水錬場に虫か。俺は地下へ直行がいいと思う」

「賛成。下から湧き出てきた可能性が高いかも」

「そうなると、探知役が欲しいな」


 それが誰を意味するかは、ナーナにはすぐにわかった。


「ちょっと。ヨランは今日大事な試験なの。駄目よ」

「魔法医薬取扱三免だろ。ジエマさんから聞いてる。もうすぐ終わるだろ」

「だとしても、疲れているところを使うのはどうなの」

「いや、呼ばないと絶対根に持たれるぞ」


 俺は詳しい、と言わんばかりにテトスが腕を組んで見下ろしてくる。何を言うのだろう。頼りにして呼ぼうとするヨランは、そんな狭量な人ではない。

 テトスはそれから、耳をとんとんとする仕草をした。


「何」

「ヨランが合流できるかはともかくとして、連絡くらい入れとけばいいだろ」

「それは、そうだけど……わかったわよ」


 その提案は真っ当だ。

もともと、試験後に慰労をかねて会いたいという話もあった。それに自分の場所を伝えておくのは必要だろう。

 ナーナは気乗りしないながらも、右耳に着けていたイヤーカフに触れた。対となるイヤーカフに音声通信を飛ばせる魔法道具である。


(ええと、調整して声を届けるように)


 魔法を使って波長を合わせ、対に届くようにさせる。軽く咳払いをして、ナーナはそっと口にした。


「ヨラン、領主様の頼まれごとで前に行った地下に潜ってくるわ」


 ぶつ、ぶつ。耳孔の先から小さなノイズが走る。


『……は? えっ』

「ティトテゥスもいるわ。じゃあ後で」

『ちょ、ちょっと? ナーナティカ』

「えっと、試験頑張ってね」


 ここ数か月で慣れたつもりだが、ヨランの声が耳朶に広がるのはまだドキドキしてしまう。早口まじりについ通信を切ってしまった。

 しかしこれでいいはずだ。ナーナは一呼吸置いて、待っているテトスに声をかけた。


「さ、これでいいでしょ。行きましょう」

「まあ、いいけどよ」

「道は悪路だから、連れてってよね」


 テトスが余計な口を挟む前に、ナーナは畳みかけた。


「私、あなたの、命の恩人。今があるのは誰のおかげ? チャジアは借りを踏み倒すのかしら?」

「あー、はいはい。はいはい。わかりました」


 うんざりとテトスが返して先を歩き始める。ナーナは、ふん、と鼻を鳴らした。

 こう言われる相手に借りを作るのが悪いのだ。

 ナーナはまだまだテトスがしたことを根に持つと決めているのだから。


 競技場から人目を避けて進み、潜水室にこっそりと忍び込む。

 カロッタから預かった鍵を使って奥の奥へと進む。

 あの時と変わらず、薄っすら見えるだけの頼りない階段を下っていった先には地下通路が顔を出した。生温かな空気から、時折ひやりとした風が吹くのは水場が広がっているからだろう。

 ナーナはテトスの背中に遠慮なくしがみつくと、そのまま目的の場所へと進んでいった。




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