夢ほどき
『ティトテゥスの改葬』本編終了後の小話。
ヴァーダルが呪いかけられたってよ。
暗く狭い地面を歩いている。
明かりはなくても足元は不思議とぼんやりとわかる。地面だけが続いている。
途中で止まって、先を眺めてみる。けれど、数歩先から真っ暗闇が続くばかりだった。ただ、音がする。
ざく、ざく。
地面の土を掘り進める音だ。
戻っても進んでも、左右上下どちらに向かっても同じ感覚で音がする。
どう行こうと、その先にあの音の場所が繋がっているのだ。なんとなくそう感じた。
仕方がないので歩くしかない。泥の中を歩くような重たい足取りは、疲れを蓄積させる。見えない重石がどんどんと増えていく。
明らかに現実ではないとわかるのに、疲れを感じるのはなぜだろう。
次第に漏れ出した息切れが大きく耳に響く。
ざく、ざく。
響く音が足音と重なる。
前方に、背中を向けてシャベルを持つ男の背中が見えた。
ゆるくうねるウェーブの金髪をひとくくりにしている。学生服で、すらりとした背丈だ。
男は後ろから近づいてきているのにも気づかないのだろうか。こちらを向かない。しかし、作業の手を止めていた。
やがて、自分が掘っていた穴の中を覗き込んで屈んだ。それにつられるように、なぜかこちらの体も同じように動き出す。
穴の中は不思議と暗くなかった。
誰かが居る。
柔らかい土にくるまった人の体がある。上半身だけ見えたが、それで十分だった。
整った顔には血の気がなく、長く艶のあった髪はざんばらと流れて地中に落ちている。
「モナ」
落胆というより、いるだろうなと予想はついていた。
なぜなら穴を掘る男は自分とそっくりだったからだ。同じ格好をしているだろう男を見ようとして、失敗した。
穴の中へ、モナのもとに落ちていく。
空を掻いた手の先。穴の縁に屈んでいる男が見えた。
それは、ヴァーダルそっくりの顔で、静かに微笑んでいた。
*
「……という夢を見たので、おそらく呪いをかけられていると思うのさ」
爽やかな笑みを浮かべて、機嫌よくヴァーダルが言う。
話した内容と表情がちっともあっていない。
カラルミス寮の同室者のなかで一番早起きなのはテトスだが、今日ばかりはヴァーダルが早かった。いつも通りテトスが起きて顔を洗おうとしたら、すでにお茶を用意して優雅に待ち構えていたヴァーダルが「やあ」と挨拶してきたのだ。
それから聞いてほしいことがあると一通り話して聞かせたのだ。なお、もう一人の同室者であるベイパーは寝ぼけ眼のままお茶請けを用意して、夢うつつでそれを食べている。
「夢見が悪かっただけって話じゃないのか」
「安眠の魔法がかかった寝具があるからね。僕は夢を見ないようにしている。だからそういうものを見たのなら、まず外部からの干渉が疑わしい」
「その割には落ち着いてるな」
テトスが肘をつきながら指摘する。ヴァーダルは微笑んだままうなずいた。
「まあ、慣れというやつだね。ここのところなかったから、なつかしさすら感じるよ」
「嫌な感覚だ」
渋い顔でベイパーが言う。それには同感だ。テトスはヴァーダルを見た。やはり穏やかに緩く唇は弧を描いて機嫌がよさそうだった。
「いやあ、蛮勇にも挑む者がいるのかとおかしさすら抱いてしまうね。さて、どこの考えなしの世捨て人希望か、追及するのが楽しみだよ」
にこやかに言い捨てるヴァーダルは、完ぺきな貴公子の仮面のまま目を細めた。
「不快なものを見させられて、何もしないのはね。君もそうするだろう? テトス」
「お前、結構ランフォードのこと好きなんだな」
「テトス、言葉」
さすがに見過ごせなかったらしい。ベイパーがテトスの口に焼き菓子を放り込んだ。砂糖に干し果物、バターがたっぷりと入ったものは、高いやつだろうと嫌でも想像できた。
好みの味でなくても、あまり味わえないものである。ありがたく咀嚼して嚥下すると、テトスは大人しく言い直した。
「ヴァーダルはランフォードと円満で素晴らしいな」
「よし」
ベイパーチェックもオッケーがでた。それに楽しそうに笑い声をこぼして、ヴァーダルは言った。
「そう。我が従妹であり敬愛する婚約者殿と僕は仲がいいのさ。というわけでだね、テトス。頼まれてくれないかな」
「ナーナに依頼すればいいのか」
「僕が近寄るとモナが無茶を申し付けるんじゃないかと、怒ってしまっていけないんだ。ブラベリさんはついこの間も体調を崩したと聞いているよ」
「ああ、いつものことだろうが、そうだな。俺がするのはいいが、交渉条件に何かいいものないか。対価に出せるもんがいい」
「うーん……ベイパー」
顎を指で撫でて、ヴァーダルはベイパーに目くばせした。それに引き継ぐように、ベイパーが答える。眠気はようやくとれたらしい。
「モナ様情報では、菓子類が好きだそうで。あとはレラレ経由で注文すればいいのでは」
「彼女の実家は魔法道具屋だから、そこで買い物は?」
「下手に買うといらぬ疑いがかけられるかと。おそらくまだまだ時期尚早なので、買うなら代理人を立ててください」
「うん、目が覚めたようで何より。その通りだね。では菓子折りと依頼料、ささやかな贈り物としようか。贈り物については任せていいかな」
「御随意に」
すっかり慣れた様子で、ベイパーはどこからともなく取り出したメモ帳に書き込んだ。
「では、テトス。なるべく早くがいいな」
「解呪士に頼むのはしないのか」
一応、ヴァーダルには都から来た解呪士の一族である生徒が配下扱いでつけられている。新入生ながら、それなりの成績と活躍はしているとテトスは耳にしている。
「もちろんヘロフィースさんに頼んでも、呪いの解除はできなくはないだろう。でもね、僕は元を知りたいのさ」
「なるほど」
納得した。大本を辿って、原因となる輩を一刻も早く見つけだしたいのだ。
それならばテトスの双子の片割れであるナーナは適任だ。公にしていないが、ナーナの魔法の才についてある程度把握しているのだろう。
この耳目の良すぎる貴公子なら、ありえなくもない。
テトスと目が合うと、ヴァーダルはわかっているとばかりに軽くうなずいた。
「君にも御礼はもちろんするとも。そうだな、橋の街で行う観劇チケットとかどうかな」
「わかった」
この条件にテトスは即断した。
(その観劇はジエマさんが、興味深そうに眺めていたやつだ。ヴァーダルが用意するなら、良い席に決まってる)
このチケットを手に、ジエマを誘うのだ。さぞや嬉しそうにしてくれるに違いない。先の未来を思い浮かべて、短く返す。
気分が良くなったので、テトスはもう一枚菓子を口に放り込んだ。好みではない菓子でも腹が膨れればさらに気分が上がる。ぺろりと平らげて、テトスはさっそく行動に移すことにした。
双子であるナーナを探すのは、そんなに苦労はしなかった。
そもそも連絡が取りあえる魔法道具を所持しているので、朝の席から離れて伝言を送ればすぐである。
適当なやり取りのあとで事情を話して、いつものように落ち合うこととした。
場所はヒッキエンティア寮の近くにある休憩場だ。
互いの講義がある時間を避けて集まる。ナーナは普段使いのカバンを手にやってきた。
「モナは知らなかったから、あとで叱っておくって」
「そうか。それは俺たちの依頼の範囲外だから怒られてもらおう。で、どうだ」
「本人に会うか、部屋の中を見させてもらわないと。できる?」
「今なら行けるだろ。行くか」
たずねると、ナーナは若干嫌な顔をしながらうなずいた。
「ティトテゥスのことだから、まともな道じゃないでしょう。絶対落とさないでよね」
「俺がそんなへまするかよ」
言いながらナーナを掴んで背に乗せる。丁重に扱わなくても、ナーナの魔法があればどうにでもなるだろうという信頼と慣れだ。それが雑で嫌だと文句を言われるが、丁寧に扱えばテトスもナーナも二人して肌が粟立ってかゆくなる。
そのまま背負って、テトスは素早く移動した。
人目を避けてできるだけ早く。カラルミスの隠し通路を使って上まで登ると、ナーナに目くらましの魔法を使わせて目的の寮室まで入り込んだ。
寮の中には誰もいない。あらかじめヴァーダルたちにはナーナが立ち入ることを告げていたので、了承は得ている。
それを伝えれば、ナーナはたちまちに魔法をつかって辺りを検分し始めた。
金の長い髪をなびかせて、ヴァーダルのベッドのほうへと歩いていく。
「なんかあったか」
「あったかというか、ありすぎるというか。さすが都の大貴族ね。立派な防犯道具ばかり」
感心しながらナーナは指さした。
「これはかなり上等な夢除け。それに身辺警護の防犯具。あら、へえ、そんな対策まで」
「おい、関係ないものまで見すぎるなよ」
「わかってるってば。ちょーっと目に入っただけ」
文句を言ったテトスにツンと返してから、ナーナは腰に手を当てて唸った。
「それに、何このコレクション?」
「ヴァーダルの趣味」
ナーナが次に指さしたのはヴァーダル専用のスペースに飾り立てられた剥製をはじめとしたコレクションである。
強力な生物や珍しい生物の一部が飾られている。とくに、現実離れした生物が好きらしく、テトスが土産に渡した物も嬉々として飾り立てていた。
「廻る大蛇の目玉石はあなたでしょう。透明鰐の大角も。辺境のやつじゃない。ちゃんと処理してないと危険よ、これ」
「してる。石化も筋拘縮も麻痺も起きてない」
「起きていたら、私は無関係って証言するわ」
言いながら、ナーナはそのコレクションが整然と並ぶ棚を見上げて指を滑らせた。一つ一つ横に流して、ぴた、と止めた。
「これね」
「どれだ」
ほっそりした指先を見る。まるで色とりどりの花冠に見える鉱物だった。大きさはそれほど大きくない。テトスの手首に嵌まるか嵌まらないかくらいの代物だった。
「どんなのだ」
「今やる」
じっとそれを見ているうちに、ナーナの顔は奇妙に歪んだ。ええ、と言わんばかりに眉を寄せて困惑まじりに呟きが漏れる。
「早く解くには、触ったほうがいいのだけど」
「だけど、なんだ」
「これ、呪い先の人、多分無事じゃ済まないわよ。入れ替わりしたい人みたいだから」
入れ替わり。
ヴァーダルと立場を交換したいということだろうか。テトスがどういうことだと視線で促せば、ナーナは腕を組んで続きを話した。
「自分の人格を複製して、呪い先に張り付ける。それから自分に呪った相手の人格を複製して貼り付ける。つまり、疑似的な入れ替わりをしたいわけ」
「それ、中身は結局本人のままじゃねえのか」
「そうなんだけど、今のカロッタでは困るっていう人にとっては、うってつけの呪いなんでしょう。辿った先は可哀想な被害者かもしれないわね」
「強制させている奴がいるかもってことか。そこから辿れないのか」
「まあ、やってみましょう」
戸棚を開いて、ナーナが鉱石冠を手に取った。それから一呼吸おいて、目を閉じる。
途端、ふらっと体が傾いたのでテトスは片手で支えた。それから共同スペースのソファにナーナを置くと、そのまま待った。
一旦、それに込められた呪いにかかってみているのかもしれない。不快だと眉が動いて、唸り声が上がっている。
やがてパッと目を開けると、ナーナは憤慨して言った。
「なあにこれ! 腹立つわ、この呪い! 私から逃げられると思わないことね」
そう興奮して、鉱石を抱えてまた目をつぶった。傍目には独り言を呟く怪しい姿である。
「あなたに用はないわ。あなたに紐づいている……そう、その人。この人も」
ナーナが青い目を開き彷徨わせる。テトスを見つけると書くものを寄越せというポーズをした。
さっとノートとペン渡すと、そこに文字が躍りだす。
(なんだ。家名が……一つ、二つ。三つ。人気だな、ヴァーダル)
他人事の感想を抱きながら、テトスはナーナが差し出したノートを受け取った。
「ちょっとした返礼をして、よし。いいわ」
鉱石冠を抱えて立ち上がったナーナが、冠の縁を指でなぞる。
「呪いも解いておいたわ。コレクションも悪くないけれど、幻覚を見せる生き物と呪いは相性がいいから。注意したほうがいいわよって言っておいて」
「俺よりランフォードから言ってもらえばいいだろ。この冠は珍しい伝手で手に入ったと自慢してた奴だぜ」
「きつく言ってもらおうかしらね」
肩をすくめて、ナーナは戸棚に持っていたものを戻した。
「はあ。身分が高いのも考えものね。本の憧れだけにとどめるに限るわ」
「同感」
ナーナがそう言うのは、おそらく辺境から相応の身分はどうかと議会から勧誘があったからだろう。テトスにも来たので容易に想像がついた。
「ティトテゥス。送り先はコウサミュステ近くがいいわ」
「近くってどこだ」
「湖畔沿い」
言いながら背中におぶさったナーナが、肩を叩く。
「ヨランとジエマが待っているからおいでですって」
「もっと早く言え」
「言ったらせっつくでしょ。だから嫌だったの。終わったんだから、早く」
(ジエマさんの穏やかさを見習ってほしいもんだ)
思ったことが伝わったのかは怪しいが、ナーナがさらに肩を叩いた。
苛立つ気持ちもあるが、早く会いたいのはテトスも同じだ。仕方なくテトスはまた窓から忍んで移動をしたのだった。
*
ヴァーダルはテトスによる報告を受けてから、事実を詳らかにした。それから、うっそりと微笑んだ。
遠慮のない婚約者から文句を言われても、この成果は素晴らしかった。
さすが見込んだだけはある。素晴らしい能力はいつだってヴァーダルを魅了した。
「悔やむべくはその活躍を見れなかったことだ。いつか目にして、年甲斐も身分もなくはしゃげたならいいんだけどな」
「わたくしの前で十分したでしょ。それにナーナの前でそんな醜態を見せないでちょうだい」
目を吊り上げたモナがまた説教を始めようとしている。そうなっては適わない。
ヴァーダルは軽く両手を上げた。
「それは嫉妬だと嬉しいなあ」
「嫉妬? してほしいならしてさしあげますけど。そんなことより、わたくしのナーナが憧れる素敵な婚約者同士を崩さないでちょうだい」
「君がいつも通りで嬉しいよ」
「そもそも、貴方、ヴァーダル。その趣味は常々理解できなかったけれど、注意してって何度言えば」
「でも止めてって、モナは言わないだろう」
問いかければ、モナは鼻を鳴らした。
「何故わたくしが貴方の趣味に干渉しますの? 好きなことは堂々と好きになさいな。けど、貴方や周りの友人を害しない限りですわよ!」
「そうだね。その通りだ」
思わずヴァーダルは笑ってうなずいた。ますますモナは眉を吊り上げた。
「んもう! 何がおかしいのかしら! ほら、片付けが終わったら急いで戻りますわよ! ナーナにお礼を用意しなくっちゃ」
「もちろんだとも。頼りにしているよ」
「ええ、ええ。十分になさい。まったくもう」
言いながらヴァーダルの腕を取って、始末が終わった現場をモナが歩く。
きれいさっぱり、何事もなかったように整った、とある貴族の屋敷。
報告を受けてから、すぐさま車を飛ばして手を回した。そこでモナも来たのは予想外れだったが、概ねヴァーダルの願ったようにうまくいった。
夢は見ない。
見る必要をヴァーダルは感じない。
隣を歩くモナを横目に、視線を戻す。学園に戻る手筈を整えて、車に乗り込む。
窮屈な道の通りに沿って歩く人生だが、それでもいい。
これから戻る道のりに続いた先にある景色。そこにはきらきらと楽しいものが混じっている。今のヴァーダルにとっては、それだけでいいのだ。




