ジエマにとっての身近な星
「星」「嫉妬」でワンライしたときの代物。
『ティトテゥスの改葬』本編終了後。
貴方、全然わかってないね。でもいいよ、と許すジエマとテトスの小話。当社比カップルしている。
嫌いなものなんて、ジエマは考えたことがなかった。
嫌悪を遠ざけて悪意や憎悪を一心に浴びることなく、恵まれて過ごしてきたからだ。
悪感情とほど遠い、無垢で物知らずの、純粋なお嬢様。
そうあれと育てられて、そうあるべきとやってきた。だから、それを自身に向けられたとき。ジエマはひどく傷つくというよりも、驚きが先に立った。
「ちょっと綺麗だからって、調子に乗るなよ」
これを言われたとき、遠まわしな誉め言葉かと思った。
何せ、ジエマに好意を告げてきて自分はどうだと売り込んできた男が言ったのだ。学園構内を歩いていたら、呼び留められて人気のないところで告白された。
ジエマがはっきりとすでに己の身はチャジアであり、不貞にあたる交友はしないと断った途端、男は顔を真っ赤にして怒り出した。
「都貴族の下でしか生きられない平民風情が、よりにもよって辺境の僻地のあいつに? 商家だというのにとんだ節穴の審美眼しか持たないものだな」
「まあ」
「くそ、カロッタたちがいなけりゃどうとでもできるのに……時間の無駄だった!」
悪しざまにののしって、ジエマが呆気に取られている間に男は肩を怒らせたまま離れていった。そこまで言われたらさすがにジエマだって気づく。
(私がテトス様と縁づくことをよく思わない方もいらっしゃるのね)
ジエマは目をぱちぱちと瞬かせた。
本人同士も納得済で思いもあり、双方の親兄弟に認められた。さらには都の上位貴族にまで認められた関係だというのに、否定する人物は存在するらしい。
どうして出来上がった関係に割って入って成功すると思えるのだろう。ジエマにはよくわからない。
(……モナ様からお借りした恋愛のお話にも、こういう場合があったかしら)
モナ・ランフォードは、寮は違うが何かと気にかけてくれる新しい友人だ。恋や愛の話が大好きらしく、ジエマ達のことを聞いてきて以来、仲良くさせてもらっている。
ジエマよりよほど世俗に詳しく、口に憚られる恋愛の噂話や艶話を面白く話してくれる。モナがする話の輪に混じれることは、ジエマにとっても楽しい時間だった。
女の子の友達と楽しいおしゃべりやお買い物は、小さなころからずっと憧れてきたことだったからだ。空想や物語だけの行為が現実でもできることの新鮮さと嬉しさは、ジエマの見えない宝物となっていた。
(ええと……華々しきアンネリーのお話、第三の男編)
過去の歴史にあった恋愛話を集めた本だ。内容は伝説や伝承を脚色して、読みやすく翻訳した娯楽に傾いたもの。家にあった古い詩集たちも楽しいが、今風の軽い読み物にはこんなものもあるのだとジエマはモナたちの女子会から学んだ。
男と別れてから、ジエマはそのままそこに留まって近くのベンチに腰掛けた。広い構内には休憩用のベンチがあちこちに点々とある。人もまばらだし、今日は読書にも絶好の好天気だ。
一呼吸おいてから、ジエマは自分のカバンから本を取り出した。ぱらぱらとめくるとすぐに目的のページが現れる。
「納得できない男は、よりすごい贈り物をしたあかつきには付き合おうと……まあ、そんなこと」
「現実的ではないですね」
「ええ、本当。そういう方もいらっしゃったということなのかもしれません」
答えて、ジエマは自分の前に影がかかっているのに気づいた。
なんとなく来てくれると思っていた相手だ。膝で開いた本から視線を上げて、ジエマは微笑んだ。
「テトス様。ごきげんよう」
「はい。貴女に会えたのでご機嫌です。隣に失礼しても?」
「もちろんですわ。どうぞ」
一つ分開けると、大きな体を屈めてテトスは隣に腰かけた。
「星の贈り物ですか」
「凛々しい騎士たちが主家のお嬢様に、こぞって贈り物を贈るのです」
「物の価値で順序を決めたと」
「いいえ。物の価値ではなく込められた想いをお嬢様は汲んだのです。だって選ばれたのは小さなお花を選んだ騎士だったのですもの」
「へえ」
そこで言葉を区切ったが、テトスはなんとなく腑に落ちない様子だ。見た目にはきりと黙ったままだが、わずかに眉が寄っている。
ジエマはそれに気づいた自分が、ちょっとだけ誇らしくなった。
「結局、価値で決めたのではとお考えになっていらっしゃるでしょう」
「……まあ、そうですね」
「確かに他の騎士たちもお嬢様を想って、努力をしていると考えられますわ。でも、本当にそれが欲しいかを理解できなかった。ですから、選ばれなかったのです」
「言わなくても理解し、察した者が勝ったと。なるほど」
テトスの中で納得がいったらしい。顎を引いて小さくうなずいている。
にこにことその様子を見つめていると、テトスはしみじみと呟いた。
「察せない男は嫌われるとナーナが言っていたが、そういうことか。欲しいのは理解と共感であって、事実でないと」
「人によるのではと思いますけれど」
一応の訂正は入れたが、テトスはすっくと立ちあがった。そのまま真面目な顔で聞いてくる。
「ちなみにジエマさんは、この話のように思われますか」
「ええ、と?」
「星の欠片くらいなら行けますよ。好きですか?」
「まあ、お星さま」
ジエマの反応に、テトスは一瞬黙って、それからにこやかに笑みを浮かべた。
「任せてください。みなまで言わなくても大丈夫です」
「あの、テトス様」
「じゃあちょっと行ってきます」
「……ええ。いってらっしゃいませ」
ジエマの欲していることは多分、テトスが考えているようなことではないと思う。それだけはわかる。しかし、きらきらと目を輝かせたテトスが、あまりに得意げなので見送ってしまった。
(だって、あんなに子どもみたいなお顔をしているのですもの。止められないわ)
本当はもう少し傍にいてほしかったのだが。結局口に出せないまま止めてしまった。
今はない隣の空間が広く見える。
(ちょっとって、どれくらいなのかしら。テトス様のことですもの。きっと本当にすぐのはず)
開きっぱなしの本に視線を再び落とす。いつの間にか栞が増えていた。というよりも栞と一緒に生花が置かれている。
「アニエスのお花」
リボンが茎に巻かれて、数束のアニエスの花をまとめている。見ればタグがついている。
手に取ってタグに書かれた文字を読み上げる。
「どうせなら貴女の手で。お手柔らかにお願いします……ふふ、もう」
ジエマが前に橋の街で、買った飴玉の件になぞらえての返礼だと理解した。
飴玉にはこの花のエキスから作られた香油が混ぜられていた。既製品で、人体に害もなく、ただいい気分にちょっとさせて一瞬前後不覚にさせる代物である。
テトスがあまりに医務室往診を避けるので、あえてジエマが医務室行きになるように贈ったのだ。もちろん、それとは別口で土産は用意したが、テトスにとってはこの印象が強かったらしい。
ジエマの手ずからの物なら喜んで受け取るという意味だろう。それがおかしい。
笑いがこみあげて、静かに息が漏れる。大事に花束をページの上からどかして、ジエマはゆっくりと続きを読み始めた。
短い話を二つ三つ味わったくらいのころ。
ぎし、と隣から音がした。区切りのいいところまで読み終わって、ジエマは栞を挟んで本を閉じた。
まず横に視線を向けると、テトス……ではなく両腕一抱えくらいの鉱石が置いてある。
そして顔を前方に向けると、他にも何か抱えたテトスが立っていた。
「お帰りなさいませ」
「はい、ただいま戻りました。お待たせしましたか」
「いいえ。講義までの時間もまだたっぷり残っていますわ」
「それは良かった」
近くの屋外時計を見上げる。時間にしてもさほど経過していない。もともと今日の講義は空き時間がジエマにはある。それを知らないテトスでもないだろう。
テトスはまずジエマの横に鎮座する一塊の鉱石を指さした。
鈍色の中に濃い青と金が見え隠れする。
「中立特区のはるか上空に、空の星を食べる鳥が居まして。そいつから吐き出させてきました。ああ、洗浄はしています」
「まあ……」
光に当たると奇妙に輝く妖しさがある。加工すれば、驚くほど美しい宝石になるだろう。
続けてテトスは腕に抱えた細長い鱗を持つ尾を見せた。鱗が反射して艶めかしく虹色に光る。
「夜空を移す皮と例えられる、トカゲのしっぽです」
「この近くにいたのですか?」
「辺境産です。これはすぐ取りにいけなかったので、俺の私物から取ってきました」
「そうなのですね」
ジエマの反応に、満足そうにしながらテトスは尾をジエマの近くにそっと置いた。
「あとは、無礼を働いた奴がいたでしょう」
「無礼、ですか?」
「あとから嫌なお気持ちを思い返すなんてこと、あったらいけないと思ったので。やっておきました」
「やって……」
なんのことかわかりあぐねていたが、テトスが魔法のかかった誓約書をジエマに差し出してきたことで合点がいった。先ほどジエマを呼び留めて怒りだした男の名前がそこにある。害意や悪意を持って行動しないなど、宣誓させられていた。
「まあ、テトス様。そこまでせずともよいのでは」
「都の貴族ってのは体面重視でしょう。証拠書類を作っておいた方が面倒は少なくなるかと思います。ナーナの魔法つきなので、効力は間違いありません」
よくやったでしょう。そう言わんばかりに、自慢気に誓約書をジエマに渡さずテトスは自分のポケットにしまった。
「俺は貴女の交友に関して口を挟むつもりはないですが、貴女への害意には喜んで噛みつきます」
「ええ、そのようですわね。ほどほどになさってくださいませ」
「善処します」
そこで口を止めると、テトスは膝を折り曲げてジエマに目線を合わせた。
「お心にかないましたか」
自分ではよくできたと思っているに違いない。テトスの怜悧な面持ちには、後ろめたさや不安は一切見えなかった。
ジエマはちっともそんなこと考えてもいなかったのに。突拍子もないことをして、それでご機嫌伺いしてくることには楽しい驚きはあるが、それだけだ。
とはいえ、自分のためにあれこれしてくれて考えてくれる気持ちがありがたいのは確かだった。
ジエマは少し考えて、自分の横にある鉱物へ手のひらを向けた。
「隣には物でなく、テトス様のほうがよいので満点ではございません」
「あー……」
即座に鉱物がどかされて、テトスが言われたままに腰かけた。
「ですので、及第点です」
「以後改めます」
「そうなさって。それに、星というのならこちらのほうがいいのです」
ジエマがなすことに、無抵抗である。テトスはジエマが何をするのかじっと見つめている。
ジエマとの間にあるテトスの手をとって自らの耳に当てる。
「ごうごうと空を流れて、生まれる星の音がします。水の中で見上げる星の音」
ぱちぱちと珍しくテトスの目が丸くなる。それから余った自分の手を耳に当てた。
「する……ような? いや、するか? 星か、これ……?」
「今度水の中で聞いてみるとよろしいわ。お付き合いいたします」
「息を止める訓練しておきます」
そんなことをしなくても喜んで付き合うのに。
じ、とテトスをジエマは見つめてみたが、やっぱり気づきはしない。本に出てきた騎士とお嬢様のようにはまだまだうまくいかないらしい。
(でも、私はこれでいいもの)
大きな手にそのまま体をあずけて、ジエマはまた小さく笑いをこぼした。
「はい。楽しみだわ。とっても、とっても楽しみ」




