後にあなたのためと彼女は言った
「お菓子」「幻覚」でワンライしたときのもの。
『ティトテゥスの改葬』本編終了後。
ヨランとテトスが話して、テトスが医務室送りになるだけの小話。
「もらったってことですけれど。これはやめたほうがいいと思います」
そう言って目の前に返されたのは、光に透けるときらきらと反射する美しい色合いの飴玉だった。
半透明の包み紙にくるまれて、ころころと机を転がって止まる。落ちないように手を添えて、ヨランは静かに聞いた。
「食べていませんよね?」
疑いの眼差しが向けられる。秀麗な面持ちは心配そうというよりも、やらかしていないだろうなという不審が顕わであった。
心外である。
テトスは「まさか」と短く返した。
「ジエマさんが手ずから作っていただいたとわかるならともかく、そうでないなら食べない」
「いや、姉さんからであっても大丈夫じゃないの、ありますからね」
しみじみとヨランは言った。実に真に迫った言い方である。
「人体に直ちに影響がないからって、家で何度僕が実験台になったか……兄は跡取りだからとうまく逃げるから、そのたびにいつも……!」
嫌な記憶を思い出させてしまったらしい。口元を手で覆って、気分が悪そうにヨランが呻く。
「すみません。でも、まあ、姉さんからのであっても一応気にしておいたほうがいいですよ。怒らせたときとか、怖いので」
「なるほど」
それは大いに参考になる。ヨランとテトスでは立場も違うだろうが、ジエマの怒りの怖さについては心当たりがある。そもそも仮にそうなったら、テトスは這いつくばって謝るしかできないだろう。好きになった方がいつだって立場は弱いのだ。
「テトスは前科がありますからね。予想ですけど、身動きとれなくなる薬とか平気で使うと思いますよ」
「お望みなら構わないんだが、拘束期間によっては困る。そのときはうまく治してくれ」
「なる前提で言わないでくださいよ」
呆れた様子でヨランが息をつく。「それで」と飴玉を指さした。
「これ、どうするんですか」
「ナーナがいたら送り主の特定もできるだろうが」
「ナーナティカはランフォードたちと橋の街ですよ」
「知ってる。ジエマさんも喜んで向かったからな」
仲良くなった女子たちで買い物にいくのだ。そう言ってはしゃいでいた姿が浮かぶ。辺境から戻ってきてから、活発な交流をするようになったジエマは毎日が楽しそうだった。実に喜ばしいことだ。
わざわざ行く前にテトスをつかまえて、お土産があるから楽しみにしていてほしいと告げてきたくらいである。
こっそりついていこうかと思ったが、ナーナが来るなとうるさかったのと、秘密だから駄目だとジエマからも念押しされた。なので、テトスは大人しく待機を選ばざるを得なかった。
「まあ、おかげで心配させることなく妙な代物を回収できたからよしとするか」
そんな暇な休みを謳歌している間、配達物を受け取った。そしてその送り付けられた物品の中に、ジエマ名義でこの飴玉があったのだ。
呪物であれば、学園事務室が気づかないはずがない。手紙や道具の収受と発送は事務室が一括して管理している。検査も綿密に行い、生半可な代物では即座に弾かれる。学生や素人がやらかすとすぐにばれる。
なので、優秀な捻くれた者は、いかにその目をかいくぐっていやがらせをするかという進化を遂げた。それは薬の飲み合わせで効果を狙うこと。もしくは、合法な魔法を組み合わせて回りくどい効果を発揮させることである。
「そういうの、増えましたね」
「絡め手でどうにかしたいという気持ちは買ってやらなくもない。俺は強いからな」
「テトスが堪えていないならいいんですけど。ひどくなるようなら言ってくださいよ」
「こういうのは前からあるから別に。で、どんな効果かわかるか」
一粒つまんで掲げてみる。親指の一関節くらいの大きめの飴玉は、持って香るくらいは平気そうだ。
テトスが尋ねると、ヨランはううんと思案気に視線をさ迷わせた。
偶然事務室で居合わせてから、暇人同士で図書館のいつもの小部屋に来た。あたりに気を配る必要がないからか、ヨランは椅子に深くもたれて「うーん」と気だるそうにしている。
「ちゃんと調べていないので、匂いと色からの予想でいいです?」
「いいぞ」
「嘔吐薬か、下剤。それか、神経作用に絡む……幻覚とか」
指を折り曲げて、一つ一つあげていく。
「ちなみに過去の姉関係で起きたときは、興奮剤で暴力沙汰でしたね。でも興奮剤はスパイスみたいな香りがするので、これは違うと思います」
「甘ったるい匂いだな、どっかで嗅いだことある気がする」
「あんまり不用意に嗅がないでくださいよ。効果が出てからじゃ遅いんですからね」
体を起こしたヨランが文句を言う。飴玉をヨランの方に向けると嫌そうに顔が逸らされる。
「ちょっと、やめてください」
「でも嗅いだことあるだろ」
「まあ、確かにどこか……」
ヨランは「あ」と口を開けた。
「それ、流行りものだ」
「流行り? これが?」
「飴じゃなくて、その匂いです。ほら、釉薬の匂いと同じなんです。ええと、血の釉薬の香水。それを混ぜたんじゃないですか」
途端にやばい代物に見えてきた。
テトスはそっと机に飴玉を戻した。
「その香水は誘惑効果があるとかいう噂、あったでしょう。そこからそれを入れた贈り物を意中の相手に渡すことで願望成就するという噂に発展したようで……それかもしれないですね」
「とんだ流行だろ。大丈夫なのかよ」
「香水は多少なら口に含んでも死にはしませんよ」
「健康に害はありそうだな」
ヨランが曖昧に笑った。
「まあ、食用じゃないですし……ちょっとふわっと意識が飛んで、視界が鮮やかになるそうですよ。医務室に来た患者が言っていたので間違いないです」
しっかり被害が出ている。
余計に触りたい代物ではなくなってしまった。テトスは黙ってハンカチを取り出すと飴玉をまとめて括った。簡易的に魔法で封もしておいた。
それを見届けてから、ヨランがそっと言った。
「スピヌム先生に僕から渡しておきます。解毒に利用すると思いますから」
「任せた」
「しかし飴玉かあ……僕の時は、果物に偽装していました。あと焼き菓子にジャム。おかげでしばらく甘いものは見たくないです」
はあ、と大きくため息をついて、ヨランは飴玉が入った包みを手にした。
「甘ったるい食べ物をもらっても困るというのはわかる。どうせなら長期保存可能なものだと助かるんだがな」
「余計なものが入っていたら台無しですよ。じゃあ、預かります。このまま渡しに行くつもりですがテトスはどうします」
「俺は行かない。任せた」
好んで医務室という名前の魔境に行くつもりはテトスにない。手ぐすね引いて待つ危険生物より怖い老医がいるからだ。
その答えもわかっていたのか、ヨランは椅子を引いて立ち上がると「それじゃあ」と部屋を出て行った。
なんとはなしに部屋の窓を開けて換気をする。甘ったるい匂いは残っていないだろうが、気持ちの問題である。
それからしばらくして、テトスもまた部屋を出た。
しかしその数時間後。
やがて戻ってきたジエマの手に、似たような飴玉がたっぷり詰まった瓶があるとは、テトスは思いもしなかった。
食べるか。食べないか。
愚問である。
大人しくテトスは医務室に向かう羽目になるのだった。
※)ジエマは効果と中身が分かったうえで、あえて選んでいます。




