余話 見守る話
本編後、ハリオス視点でつらつら。
時は流れ、周囲の煩わしい者たちがいないだけでこうも解放感にあふれるとは思わなかった。
人生何があるかわかったものではない。
羽ペンを遊ばせながら、懐に入れていた手鏡を眺める。あちらこちらと角度を変えても僕の顔は映らない。
そのことに安心してまた懐へと戻す。
素晴らしい! なんと気楽なことか。
姿かたちは人と離れてしまっても、沈んだ気持ちにはちっともならない。愛しの家族からすれば、僕の姿はそれほど異様ではないとのことだが、まあそれは確かに。
脛から下が金属質に変化して、他の体の部位は見えなくなっただけ。触れれば形はわかるし、父上のように不定形でもない。ごくまともなほうだろう。
それでも僕は嬉しいのだ。
──僕は、自分の容姿が好きだが嫌いだ。
栄えあるロクタック一族として受け継いだ容姿に文句はない。ロクタック家史でも名うての武人だった曽祖父譲りなのだ。誇りがある。
ただ、それに付随してもたらされた厄介ごとにうんざりしているだけ。
僕の容姿は、整っていると自負している。
くわえて、あの時代においては特に素晴らしく価値あるものだった。神々が選りすぐり作りたもうたなどと宮廷詩人が歌にするくらいには持て囃された。
面倒ではあったし嫌な思いも多くしてきたが、好きだからこそわざと顔を隠すなり損なうなりの手段は選ばなかった。社交での手段として重宝もしていたし、父上たちのお役に立てるのは僕としても喜ばしいことだった。
しかし、僕の顔一つで刃傷沙汰や領地侵犯が立て続けに起きることは今でも苦々しい記憶と化している。相手の弱みを握れることもあれば、無暗に相手を傷つけるだけの場合もあった。
最初の妻は、そんなことを気にしない相手を選んだ。
僕の容姿になびかない妻だったのは良かったが、金銭と権利になびく妻だった。冷静で利権に目ざといところが好ましかった……と思う。
政略的には旨味のある相手だったはずが、あっさりと政敵に付いたのには散々家族になじられたものだ。今では笑い話だ。うん、笑って話せるはず。
次の婚約者は、僕を裏切らないと言ってきた相手だった。
前回の反省をこめて、ことさら優しく接したつもりだったが、だめだった。良い人すぎて辛いのと言われて逃げられ、どうしろととあの時は荒れたっけ。ヌワやコモスに付き合わせて吐くまで飲んだのはあの時くらいなものだ。
それから、次とその次と……うん、やめよう。どんどん悲しい思い出しか出てこない。次第に他人を信じきれなくなって、家族以外に試し行動をしてはさらに離れることになる悪循環の繰り返し。仕舞いには出不精になって。おっと、もっと古傷が痛んできた。
オウィノーに「お兄様は見目とダンスこそいいのに」と哀れまれたのも蘇ってきた。
人を見る目がないわけでは、ないのだけども。
現に、ヌワとオウィノーの仲を後押しして周知や斡旋など取り持ったのは僕だったし、領地の民たちの世話役や適職相談なんてものもしていた。
本来、次期領主がすることではないが、先祖代々ロクタック領はそんな距離感でやってきたところだ。
ロクタック領においては正しい次期領主のあり方なので、僕はそういう意味でも優秀な跡継ぎだった。
まあ、今はもう叶わないことだけど。
遊ばせていたペンを止めて、机に置く。
長い時を経て引き継いだ執務室。部屋の窓から見える景色は、いつか見た景色と変わりなく見える。
だが、城から繋がるはずの町々はもうない。領民もすべて遥か過去。かつて有していた権威も地位もロクタック家はなくしてしまった。
僕らの政敵だった相手も無理難題や理不尽な圧力をかける王家はもとより、国すら残っていない。うん、これは嬉しいことだ。元々殺されたも同然だったので、ざまをみろという気持ちが大きい。
僕らロクタックの一族のかつての国への恨みは根深い。これはきっと風化しないだろう。
そういう思念から成り立って蘇っているのだから当然だ。
だからこそ、恨みつらみのない者が僕の次を継いでくれるといいなと思う。
僕ら一族を自由にして、再びの人生を与えたに等しい子たち。
僕の新たな愛しい家族。
警戒するにもあまりに無防備で単純で分かりやすいサエと、それを補うように警戒して疑う慎重なルン。
サエはロクタック一族に伝わる記録から、早々に身内だと判定していたのでそこまで僕の不信に引っかからなかった。
いささか……だいぶんと落ち着きが足りなく、淑女とは程遠い子けれども、オウィノーのお転婆ぶりで見慣れていたので可愛いものだ。何より彼女の心根はまっすぐだし、腹であれこれ考えないすっきりとした性格が好ましい。
ルンは、彼の世界観と価値観が気に入った。
特に容姿の基準。大体が同じだったが、その理由が面白い。なんでも「元から良ければ整える手間が省けます。費用もかかりませんし」ということらしく、それがまた新鮮だった。良すぎても悪すぎても整えて均一にできるという。彼の世界の技術が気になるところだ。
それに加えて、ルンは身内であるサエを一心に思って行動しているところが良い。最初こそ警戒してみたけれど、そんな必要がないくらいサエばかりだ。だから安心した。
純粋で、まぶしいくらいで、見ていてとても楽しい。
在りし日の無垢な領民を彼らを通して見ている……というのもある。
まあ、多少は娯楽のないなかでの悪趣味な楽しみというのも、否めない。
僕は彼らのことが好きだ。もちろん、身内として。
なので、変化にだってすぐ気づける。優秀な次期領主であり、家族なのだから当然のこと。
こうして休憩する振りをして、過去に思いをはせつつ彼らのちょっとした失態も見逃すことくらいはたやすい。
「……はあ」
僕以外の溜息が部屋に響く。
ちらと視線を向けるが、どちらも気づいた様子はない。それもそうだ、ずっと心あらずなのだから。
──とにかくわかりやすいんだよ、君たちは。
ルン、夢見心地なのだね。書類をまとめているつもりのようだけど、順番がバラバラだよ。城内の備蓄整理簿なのだから、順々にしていないと。
サエ、眠いのなら休みくらいいくらでもあげるから、計算している手をとめなさい。紙だって限りがあるのだからね。
なにか進展あったのだと一目瞭然だ。
言ってあげたほうがいいのだろうが、見ていて和むのであえて突っ込まないでおこう。僕よりもコモスに散々言われていそうだし、ここは兄として優しく見守ってあげるべきだろう。
ああ、本当に、煩わしい者たちと関わらざるを得ないあの頃と比べると、実に楽しく長閑な時間だ。
「つかれたから、今日はここまでにしようか」
それとなく声を張り上げて椅子から立ち上がる。ようやく我に返ったルンが、サエを揺すって起こした。
ああサエ、こちらをバツが悪そうな顔で見なくてもいい。わかっているから。
ルンはサエのことでいっぱいのようで僕を気にするべくもない。浮かれてるのだろう。
しばらく愛するものしか考えられなくなるような、天上の感覚を味わっている最中といったところか。
普段はサエより注意を払うルンだが、こういうときはサエのほうが余程胆力があり堂々としている。
この空間を切り取れば、さぞ美しい肖像となるだろう。肖像……いいな、家族画でも描くことに挑戦してみようかな。時間だけはあるのだから。
「ありがとう二人とも」
いろんな意味をこめて呟けば、サエが胸を張る。そしてルンへ褒められたと笑いかければ、つられてルンの表情も和らいだ。
平和だ。
願わくば、今後もこのように優しい世界であればいいと思わずにはいられない。
それにつけても、次代が楽しみになってきた。
部屋から出て行く二人を見送って、僕はひときわ優しく愛を込めて手を振った。




