余話 せまる話
本編後。あます話の続きです。ぬるいR15描写あります。
サエが寝床に入り込んでくる問題を考えに考え抜き、どうか勘弁してほしいと結論を出した。
決して、嫌だとかそういうわけではなく、できるなら……いや、違う。それは考えるな。今はそんなことはいい。
単純に、私が耐えられるかどうかの瀬戸際まできているのだと改めて自覚しただけだ。情けないことだ。
サエ曰く、元は私がうなされていたから寝かし付けているということだった。
サエが嘘をつくわけもないのでうなされているのは本当なのだとは思う。だから、断ることは、そんなサエの親切を無下にするみたいで気が引ける。
だが、もしこのまま行けば代わりに信用を失うかもしれない。それは嫌だ。仕方のない犠牲と割り切ろう。
しかし、彼女が忍び込んでくる頻度を数えるに、私はそんなにも寝ながらうなされているのだろうか。
悪夢を見るようなことや、過去を思い返すことも減ってきた気はするのだが。
人の気配で目が覚めるのは昔と同じ。ただ、同室になってからは、目を開けて真っ先に視界に入るサエの姿に度肝を抜かれていることのほうが、間違いなく多い。
おそらく、サエは私を安心できる場所と思っているようだ。
異性として、恋人として、安易に手出ししない……そういうことを望まない男だと思われているのかもしれない。
そんなことはないのだが。私だってそういう欲はある。でないと何度我が身を言い聞かせるために燃やすものか。
もしくは私にそこまで魅力を感じていない可能性もある。
……考え出すと、どんどん自信がなくなりそうだ。
いや、しかし、サエはゆくゆくはと言っていた。サエの世界では恋人との口づけは普通らしいから、もう少し先くらいのことも許されるのでは?
また、自分に都合よく考えてしまった。だから私は駄目なのだ。
これ以上自分が嫌いになる前に、サエが戻ってきたら主張してみよう。
私はあなたを恋しく思っているのだから、もう少しわが身を大事にしてくれと。
何度も言いたいことを反芻して、サエを前にしてもどもらずに言えるように想像する。
そうしているうちに、軽やかな足音がした。
せわしない小走りをするかのような軽い足音は、サエに違いない。
呼吸を落ち着けて、やがてドアを開けて入ってくるサエを迎えるべく、ベッドから立ち上がる。
同じ部屋でも互いに個人的な場所があるように。そういったサエの申し出によって、私とサエの寝床は帳で区切っている。
帳を開けると互いの寝床と共同生活の場に繋がる。気持ちばかりの心もとない仕切りだ。
部屋をロクタックの方々から与えられたときに、もったいないほどの家具家財もつけて渡された。なので、広い空間が寂しすぎることはない。
むしろ、最初のころは充実しすぎていて落ち着かなかった。
ああ、違うな。それだけではなかった。
最初はサエと一緒の部屋にいるだけで舞い上がっていて、そのせいもあったか。まあ、ようやく慣れたかと思えば、同衾されるという出来事に当たってしまったわけだが。
またよからぬことを考えそうになって、浮つきそうになったので腿をつねって落ち着ける。私は本当に駄目かもしれない。
広い居室のなかを出来るだけ足早に歩く。なんでもないように見せるべく、長机のところの椅子に座って態勢を整える。
どうにか間に合ったところで、ドアが開いた。
「あっ、ルン。もう平気?」
入ってきたのは、やはりサエだった。
サエは私が出歩いているのを見つけて、ほっとしたように声をかけてくれた。私の怪我を自分のことのように痛がってくれるたび、嬉しくなってしまう。いけない癖になっている気がしてならない。
そのまま私のほうへと寄ってきたサエが、躊躇なく手を伸ばして頬に触れてくる。
「うん、きれいな皮膚になってる。まったく、どうしてあんなことしたの」
「……申し訳ありません」
言えない。
サエとのあれやそれやを想像してたまらなくなって動揺しきったなんて言えない。
しかし、意識するたび勝手に顔は熱くなってしまう。
前みたいに涙は出なくなったが、こうしてサエに触れられたり好意を確認するたびにうろたえる。これはまだまだ直らなさそうだ。
「んふふ」
そして、サエはそんな私の様子を眺めるのが好きらしい。
嬉しそうに笑ってこっちをじいっと見るのだ。それから決まってこう言われる。
「可愛い」
たぶん、サエは無意識に言っている。
こんな男のどこが可愛いのかわからないけれど、サエが満足そうならまあいいかという境地だ。
本当は、あまり嬉しくはないのだが……そういうサエの顔こそ可愛いし、至近距離で見られるので最近は大人しく受け取っている。
されるがままでいたら、撫でられた。頬をゆっくりと撫でるのは、ぞわぞわとする。さすがに耐え切れなくなって止める。
「あの、サエ。心配は嬉しいのですが、もう」
「ね、ところでルン。コモス様が相談にのってやったって言ってたの聞いたんだけど」
そして停止を求める言葉はサエの質問によって遮られた。
心臓がいやな音を立てる。
コモス様がサエに話してしまったのだろうか。では、サエは知っている?
だが、サエのこの様子では私を嫌っているようには見られない……だが。
平静を装うことに務めながら、サエの続きを待つ。
「ずるい」
「……ずるい?」
ぽかんと思わず聞き返してしまった。
しかし、サエは真剣そうだ。
「私は聞いてないわよ。ルン、私には言えないこと? 頼りない? 何か悩みがあったなら言ってよ」
「え、あ、いえ。そういうわけでは」
ずいずいと近寄ったサエは不機嫌そうだ。
咄嗟とはいえ、貴女が頼りないなんてことはないと否定が口をついて出る。
けれど、それでおさまるサエではない。なおも私の頬を弄りながら拗ねたような声で言う。
「夜にうなされてる話だって、私だけしか知らなかったのに。もう皆知ってるし。皆に気を許している証拠だってわかるけど」
「それは、その」
「私だけ知ってるルンの特別だったのに。それに、相談もコモス様に先をこされるとか、なんか悔しい。ここの誰よりも私が一番ルンを思ってるわよ」
「サエ、それは」
文句を言われていたはずなのに、私を喜ばせることを言っていないか。
間近にいるサエをまじまじと見れば、真っ直ぐ堂々と見返された。
「なによ。嫉妬しちゃ悪い? 私だって、嫉妬くらいするわ。あなたのこと好きだもの」
そして、もう一度「ずるい、好き」と言ったサエに、抱き着かれた。
つい、体が竦んでしまったのは仕方がない。
及び腰になって恐る恐るサエの背中に腕を回せば、さらに強く体を寄せてくる。
どうしよう。
話をする前に、私がおかしくなるかもしれない。
私と比べて柔らかい体の感触にどきどきする。心臓がうるさい。
何より、サエが言ってくれる言葉が頭に渦巻いている。じわじわと理解するにつれて、嬉しくてどうにかなりそうだった。
サエに好かれている。思われている。
私の唯一の人が私のことで胸を焦がしてくれている。
嬉しい。
私もあなたが好きで、苦しくて、愛おしくてどうしようもない。
「サエ」
その衝動が頭まで上ってしまえば、あっという間のことだった。
タガが外れるのは本当に一瞬だ。
そう思い返すより先に、額を寄せて、そのままの勢いで向きを変えて口づけた。何度も、何度も。
触れて、食んで、のけぞって背を逸らすサエを追う。離れていかないように追いすがって、さらに深く唇を重ねた。
どちらのものかもわからないくらいの熱を互いの舌で絡めてなぞる。
わずかに離した合間の息は、互いに弾んでいる。
熱に浮かれた視界で、うっとりとした表情のサエと見合って。世界がそこで完結したみたいな心地になった。
外れたタガは戻ることなく、これまで耐えた反動が体を突き動かしてしまった。自覚も理性も全てが置き去りになる感覚は初めてだった。
「ルン、ねえ、ルン」
うわ言みたいに名を呼ばれて、意識が戻る。息苦しそうにしているサエにどうしたのだろうと思ったことが、我を返させた。
サエを望むがまま押し倒していた自分に、血の気が引いた。
まだ抱く前とはいえ、我を忘れてしでかしかけた。
「さ、サエ。私は」
「ちょっと。今謝るのはやめて」
咄嗟に謝罪をしようとした私を遮って、寝そべったままのサエは息を整えた。それから、ぷいと横を見ながら火照った頬を手で仰ぎながら言った。
「わ、悪くはなかったし……その、積極的なのも新鮮というか、よかったというか」
今のサエは常より増して、とても魅力的だ。でも、素直に喜べない。
私は結局耐えきれなかった。浅ましい欲を完全に抑えつけられなかったのだ。
情けなくてうつむきそうになる。しかし、私の卑屈な心もサエはわかっていたのだろう。いつの間にか握りしめていた手を取って重ね、自分の手で包み込んだ。
「あのね、ルン。聞いて」
「はい」
どうにか返事をする。
今なら、言えるかもしれない。ああなるから、夜に潜り込むなと。
でも、うまく言えないうちにサエに先を越されてしまった。
「さっきみたいなの、急でちょっとびっくりするけど、嫌じゃないから」
私が望む以上の言葉を与えてくれる。そんなサエに、私は。
「ですが」
「聞いて。ルン、あのさ。私はね」
暖かく、柔らかくつつむサエの手を見下ろした私に、サエが一歩近寄った。
そして額を寄せて、言った。
「ルンになら、何されても良いよ」
声が出ない。息ばかりが、ひゅうとでた。
向かい合うサエの表情はどこまでも優しくみえた。
直向きにこちらへと目線を向けられて、素直な言葉が突き刺さる。
「だからね、そうやって思い悩むくらいならさっきみたいにぶつかってきて。いくらでも胸を貸すから」
私の好きな人は、どこまでも眩しくて美しい人だ。
「夜寝かしつけてるんだから。こうされるかもってこともわかってるわよ」
「サエ……」
嬉しいけれど、それは、確信犯だったのか。
私の思い悩みはいったい。
コモス様のお言葉が当たっていたことも複雑になる。
「いや、最初はめちゃくちゃ眠くて戻るの面倒だったし、一緒でもまあいっかだったんだけどね。でも、こう、好きな人から求められちゃうのもありかなーと」
「サエ……」
呆れと恥ずかしさでぐちゃぐちゃだ。
言いながらサエも照れてきたのか、赤らむ顔で「それで」と仕切り直した。
「これからも、入り込んでいいかしら。ルンが嫌ならやめるけど」
「嫌、では……」
「いいの?」
私はこれからもサエには敵わないかもしれない。
サエにあてられて、顔どころじゃなく全身から火が出そうな心地で頷いてしまった。
結局、これからも不定期に寝床に入り込まれるのは続くことになってしまった。
けれど、どうしよう。
幸せだ。




