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番外小話置き場  作者: わやこな
万屋荘
18/42

それからの、万屋荘6

『万屋荘は、にぎやか』の本編後日談。ずっと後の次世代の日常一コマ。世流一家の愛娘スーリとそれに絡むアリヤの年の離れた弟ユードの小話。


【103号室、十五年後 】




 世流(よながれ)スーリ、十六歳。

 県立高校に通う、高校一年生。


 ごく普通の女子高生と言いたいところだが、生まれも育ちも環境も一般的とは言い難いことをスーリは自覚している。

 なにせ、元異世界の皇女様な母と凄腕霊能力者で作家な父の一人娘として生まれ、両親をはじめとした一味も二味も癖がある住民たちが暮らすアパートで育ってきた。元悪魔だとか元天使だとか、元魔法少女に宇宙人や勇者という名前の便利屋さんだっているのだ。普通とは言えないだろう。

 変わり者が多いからこそ、周囲から浮くことなく健やかに成長できたのだとスーリは思っている。

 外国人と日本人のダブルだと認識されているため、田舎であるこの地域ではあれこれ言われるものの、幼いころから暮らしていれば慣れもする。

 異世界の尊い血筋だといわれたって、スーリはもはや日本育ちの日本人という意識が強い。真っ当で善良な一般市民である。

 母譲りの美貌は残念ながら引き継げなかったスーリであるが、父に似た細目の地味な顔立ちも嫌いではない。母からの絶賛を受けているからだ。

 それに、過ぎた美貌は持つものじゃない。そう思う。

 今でも妙齢の淑女だともてはやされる美しい母は、スーリの覚えている限り、周囲の視線にさらされて大変そうだった。もし自分の立場だったらと考えるとあんまり歓迎したくないものである。

 ただ、本人は慣れたものなのかものともせず父にべったり甘えたり愛でたりしている。そんな両親がスーリは好きだ。


「いってきまーす」


 今日も今日とて仲良しな両親へ声をかけて、玄関から出る。

 ホームルームが始まるよりも早く家を出るのが、スーリの習慣だ。それにはわけがある。


「あ、スーリちゃん。おはよう」

「おはようございますっ」


 わけの一つは、目の保養たる人物と顔を合わせる絶好の機会だからだ。

 管理人室から出てきた男性。手には家庭ごみが入ったごみ袋を持っている。その指先に嵌められた結婚指輪が今日もまぶしい。ゴミ袋を持たないもう片手には、幼稚園服を着た可愛らしい女の子が手を繋いでいる。


「あかるちゃんも、おはようっ」

「スーリちゃんおはよう」


 たどたどしく返した幼い女の子こと、あかるがにこにこと笑う。


(はあああああっ、かぁんわいい!)


 幼いながらも将来有望な六歳の女の子。スーリの住む万屋荘の最年少な子どもが、スーリは可愛くてしかたない。

 くりっとした瞳はたっぷりとしたまつ毛に縁どられ、ふくふくした頬は薔薇色。小さな桃色の唇からは白く形のいい歯並びが見える。健康的で、完璧な美幼女。

 年の離れた妹みたいなあかるを、スーリはそれはもう可愛がっていた。

 あかるは、現在の万屋荘管理人の母親と元天使の子でとてつもない豪運を持つ父親との娘だ。


「あのね、わたしね、パパのてつだいのおしごとしてるよ」

「そうなの~、あかるちゃんえらーい! すごいなあ~」


 視線を合わせて、間髪おかずに褒める。相好崩したデレデレさ加減だが、可愛さの前では表情筋は無力なのだ。

 実際、手を繋いでいる父親である織本アリヤも、娘にとろけるばかりの愛情たっぷりな視線を注いでいる。


(ああ……親子そろって、とても目の保養……こっこお姉ちゃんもいたらよかったのに)


 スーリは、万屋荘管理人一家こと織本一家が好きだ。

 もしアイドルだったら小遣いをはたいて箱推ししているだろうくらい好きだ。家族の好きとはまた違うベクトルの尊さをスーリは織本一家で知った。

 もともと小さいころから一緒だった織本夫妻こと、織本皓子と織本アリヤにはよくしてもらっていた。子どものころから仲良くしている年の離れたお兄さんとお姉さん、可愛い妹という気持ちと、小中高通して二次元やオタク文化を知ったことからの推しへの愛情をないまぜにした感情をスーリは持っていた。


 まさに理想の家族なのだ。


 もちろん、自分の家族も理想だって思える。しかし、異世界転移してきて結婚したというとんでもエピソード持ちの両親よりは、高校で出会って好きあって大学卒業して働き出して結婚するという理想のコースを駆け抜けた織本夫妻のほうが、現実的で憧れ度合いが強い。

 スーリの通う高校でも、まことしやかに語り継がれてる伝説の一つになっているくらいだ。

 大都会の彼氏がわざわざ校門まで来て、彼女とデートする、仲睦まじいカップルがいた。大都会の高校なのに何度も頻繁にくるくらい熱烈だった……と。

 実際は、万屋荘の便利な転移機能で都会と田舎を行き来して気軽に会いに来ていたという落ちだが、それくらい昔から仲良しなのである。現在も大変に仲睦まじいようで、見かけるたびにスーリの心を癒してくれる、現実で会える推し一家なのだった。


「あ、そうだ。スーリちゃん」

「はい?」

「昨日も、ユードが迷惑かけたみたいで。ごめんね」


 出てきた名前に、一瞬体がはねたが、即座に取り繕って首を振る。

 アリヤは悪くないのに、兄弟だからと申し訳なさそうにいうのが、逆に申し訳ない。


(アリヤお兄ちゃんは、ほんっとうに素敵なのに……)


 だからこそ、なおさら残念さが際立つ。

 アリヤの弟、御束ユード。年の差が離れた兄弟で、アリヤの十八歳ほど下の現在十四歳。スーリの二つ下だ。

 あの兄にしてこの弟ありと言えばいいのか、この地域において初恋キラーと名高いアリヤと比べても遜色ない中性的な美少年である。

 ばさばさのまつ毛に色素の薄さが儚げで、愛想を振りまくだけで周囲から黄色い悲鳴があがるほど、外面がいい。

 そう。外面だけは、いい。


 ユードとはかれこれ六年ほどの付き合いで、幼馴染のようなものだ。

 出会ったきっかけは、ユードが万屋荘に姪っ子であるあかるを見にやってきたことからだった。

 年の離れた弟だったユードはそれはそれは可愛がられて育てられたためか、非常に自信家な性格であった。とはいえ、尊大であったわけではない。

 可愛いともてはやされて「僕、カワイイ!」と自負する男になったのである。なおその性格は残念なことに今も直っていない。

 そんなユードが、皓子に「あかると一緒のユードくんも可愛いねえ」と言われ、アリヤにも肯定され「じゃあ僕あかるちゃんと結婚する!」と思考回路が働き口走った。

 無論、できるわけがない。

 アリヤに容赦なく否定され、ユードは初めての兄の拒絶と自分の思い通りにいかないことにショックを受けて家を飛び出した。そして、万屋荘の裏庭で大泣きしたのだった。

 ちょうど103号室、スーリの家の裏側で泣いていたものだから、つい気になって窓を開けて声をかけた。それが始まりだ。

 泣いていた八歳のユードは、確かにとても可愛らしかった。

 しおらしくしょげて、外で遊びながらも弱弱しくスーリのスカートを握ってきたので、ついつい目一杯あやして面倒をみてしまったほどだ。以来、何かとこちらに来るたびに絡まれている。


 成長するにつれて、スーリに対する可愛げはだんだんなくなってきたのが悲しい。思春期に入ったらしいユードは、周囲の女の子たちからも案の定モテているようで、ことあるごろに「スーリちゃんは地味だ」だとか「僕のほうがカワイイよねえ」と言ってくる。事実なだけに適当に流しているが、そのたびにアリヤをはじめとしてユードに注意をしてくれているのだった。

 今日の謝罪もまた、先日されたことを知ったからなのだろう。


 秋の文化祭で、スーリのクラスは出し物をした。端役だが、クラスのためにスーリも頑張った。

 その出し物の出来がよかったのか、別クラスの男子生徒から呼び出しをくらって、初めて告白をされたのだ。

 なんとプレゼントつきだった。

 母と町中を歩いていても、母に求愛やナンパが集中するから、自分がまさか受けるとはと驚いてしまった。

 申し訳ないながらも断ったが、せめてもらってほしいとプレゼントを受け取って持ち帰った後、ユードがそれを奪い取っていったのだ。つい自慢混じりに話してしまったのがいけなかったのかもしれない。

 帰ってきて顔を合わせて今日あったことを話して、もらったものを見せた瞬間のことだったので、理由も追及もできないまま。

 そのまま姿をくらましたユードには、その日以来会えていない。おそらくアリヤの実家である大都会の家に戻っているのだろう。そして現在になって兄であるアリヤにばれたに違いない。

 アリヤは優美な面差しを憂鬱そうにゆがめて、息を吐いている。同じとんでも美貌持ちだというのに、どうしてこうも性格が違うのかとスーリは思わずにはいられない。母やアリヤに比べると、ますますユードの性格に難が見える。


「あいつが取った物は、あいつからちゃんと返させるから。もちろん、謝罪もしっかりさせるよ。本当に、考えの足りないバカで申し訳ない」

「ゆーくんのはなし?」

「うん、そうだよ。あかるも叱ってくれるかな?」

「わたしのおしごと?」

「そうだね、あかるのお仕事だ。がんばったらママとばばちゃんにおやつもらおうね」

「がんばる!」


 あかるの最近のブームはお仕事らしい。お手伝いをお仕事と言い張って、懸命に頑張る姿は非常に愛らしい。

 ともあれ、おやつにつられて元気よく返事をするあかるに、スーリは苦い記憶を思い切り流した。

 可愛さは嫌な気持ちも洗い流してくれるのだ。おかげで爽やかな朝の登校ができそうである。

 カバンを持ち直して、二人に向かってにこやかに手を振る。


「あかるちゃん、アリヤお兄ちゃんもありがとう。じゃあ、私、そろそろ行かなくちゃ。いってきます」

「気を付けて、いってらっしゃい」

「いってらっしゃーい」


 足取り軽く裏庭から自転車に乗り、漕ぎ出す。

 背後で「ゆーくん、めっ!」とたどたどしく叱る声が聞こえて、小さく笑いがもれる。親に似たのか、幼いながらにしっかり者である。

 練習しているのだろうか。もしくは早速電話してくれているのかもしれない。

 次いで、カバンから短い間隔でメッセージの着信音がした。

 送り主は簡単に想像できる。学校に向かう途中で適当に自転車を止めて、カバンから携帯端末を取り出して確認をする。やはり、ユードからであった。


(僕は悪くない? 本当にそう思ってるならめでたい頭ですこと。だからアリヤお兄ちゃんにお馬鹿さん扱いされるのよ、ユードは)


 兄の愚痴と、スーリには似合わないからいらないはずだなどと、反省の色が見えないメッセージが昨夜から数件きている。既読がつかないことにじれたらしい、先ほどのメッセージにはようやく謝罪があった。スタンプですましたあたり、スーリには誠意が見えないと感じ取れるものだ。


(あかるちゃんにチクった、ですって? んなわけないでしょうに! 私の天使ちゃんに近づけたくないくらいよ)


 あとやはり、つい先ほどあかるに叱られたようだ。そのことも書いて送ってきている。

 いくら自分がカワイイと言い張るユードでも、真実可愛らしい姪っ子には弱いらしい。

 腹立ちながら何か返信しようか迷ったが、とりあえず物を奪ったことには怒っていることは伝えるべきと、画面に指を滑らせる。


『次、物を私からとったら、呪いを送ってやるわ』


 両親の血を受け継ぐスーリには簡単なことだ。

 万屋荘は様々な変わった人々がいるが、スーリだって変わっているのである。母由来の異世界の魔法じみたものと父由来の陰陽術らしき何かが合体したような能力。すなわち、異界の扉を開けて異界の霊体を呼べる力。

 この力のおかげで、護身には事足りるし、なんだったら父の跡を継いで霊能力関連のお仕事だってできるだろう。最近は呪術も学んでいる最中だ。

 半ば本気で送れば、即座に追加の謝罪が来た。


(相変わらず、勘がいいのね)


 ユードはどうやら危機管理察知能力が大変秀でているようで、自身の危機にかかわるなら未来予知まがいだってできるのだ。大方、そのおかげでスーリの本気を感じ取ったのだろう。


(謝るくらいならしなければいいのに。本当に、お馬鹿さんね。子どもだわ)


 呆れながら端末をカバンにしまって、スーリは学校へ向けてペダルをこぎだすのだった。





***



 一方。

 愛娘のあかるを幼稚園へ送ってしばらく。万屋荘の電話が鳴って、アリヤは手慣れた様子で子機を取った。


「はい、万屋荘で……学校じゃないの、今日は」

『学校記念日で休み。アリヤ兄、スーリちゃんから返事来ないけど、そんなに怒ってた?』

「ユード……お前ね、好きな子にいじわるするのは小学校入る前に卒業しなよ。毎度毎度アホの世話をする暇なんてないんだけど」

『いじわるじゃないし! 事実だし! それより、怒ってたの? そうじゃなかった?』

「面倒だから、直接会って話せば。俺は忙しいの」

『こっこ姉のおやつ食べるだけじゃん! 今日仕事休みだって聞いてんだけど。てか、おやつ僕も食べる。それ口実に行くね。今から行くから。あっ、そうそう、ついでに高校行くとき住みたいから保証人になって。よろしく!』


 言うだけ言って切れた電話の子機を片手に、アリヤは息を吐く。

 絶対に電話に出るだろう万屋荘へと電話を掛けてきてまでして、聞きたいことと話したいことがしょうもなさすぎる。

 甘やかしたからか、いまだに甘えたな弟に頭が痛い。

 そしてそんなアリヤを見ていたのか、ひょこっと台所から顔を覗かせた妻の皓子は、笑いながら台所の奥を指さした。


「そうだろうと思って、いっぱい作っておいたよ」

「……さすが」


 せっかくの二人きりが台無しだ。

 内心毒づきながら、アリヤはまた一つ重たい息を吐くのだった。



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