それからの、万屋荘5
『万屋荘は、にぎやか』の本編後日談。水茂の次世代計画な小話。
【201号室、八年~十年後 】
八頭千代の主。
位の高い水神である泉源の後見を得て、座した年若い水神。それが、水茂である。
もとは奥田舎でひっそりと暮らしていた化けカワウソの一匹が、修行を重ねてここまできた。土地神としては新参もいいところの見習いみたいなものであるが、水辺に遊んでいた昔に比べれば、はるかに高い地位に立っている。
地位を盤石にするため別の神の力を取り入れて婚姻を果たし、着実に力を得てきた。
つまり、とっても偉くなった。
そんな偉くなった水茂には、とある野望がある。
万屋荘という社に祀られて早くも十年以上が経過した。
下界の年数は大雑把に勘定していた水茂であったが、皓子という心の置けない友を得て以来、丁寧に年数を重ねている。
皓子はここ三百年少し生きてきた水茂の出会ってきた人間の中でも、殊更気に入っている。なにせ友だ。
年端もいかない幼い皓子と遊んだあの日。あれは運命の出会いだったと水茂は今も思っている。皓子曰く、単純にお歌の練習してただけだ、とのことだが純粋な子どもの愛の鳴き声は水茂の心を揺さぶったのだ。
舌ったらずの、ふわふわとした砂糖菓子みたいな甘さは衝撃的だった。その後、一緒に過ごしてその居心地のよさに嵌まってしまった。
あれから十八年が経過しただろうか。
幼稚園という小さな人の子が通う学び舎にいた皓子も、大学を卒業して、すっかり娘盛りを迎えた。
そして働き始めた二年後、ついこのあいだのことだ。祝言があがって、水茂みずから祝福を送ったのである。末端とはいえ神の祝福だ。きっと道行きは善くなるだろう。
本当ならば、皓子の隣に立つことは、水茂がなりたかった立ち位置である。腹立たしいが、水茂では与えてやれない伴侶からの愛を受けた皓子は、友の贔屓目を抜いたとしても幸福で美しい娘であった。
だがその代わりに、一生ものの女の友という立場にもなれた。非常に口惜しいが、現状はそれで満足をせざるを得ない。いかな神とて欲はある。だが、過ぎたる欲は出しすぎてはいけないのだ。
こぢんまりだが慣れ親しんだ社が鎮座する部屋に、幼いころから遊んできたように今もなお気軽に訪れてくれる人間の友へ向けて、水茂は努めて真面目に言った。
野望の成就の第一歩となる言葉だ。
「こっこ、わしは休暇をとるぞ」
「お休み? それは、いいと思うけれど……水茂、どこかへ行くの?」
水茂のズッ友こと織本皓子は、相変わらずの穏やかさでのんびりと相手をしてくれている。物怖じもせず、普通に応対する図太さもお気に入りの理由の一つだ。奇しくも皓子の伴侶となった小憎らしい男ことアリヤと意見が一致している。水茂としては、こちらが先に見つけた皓子の良いところなので同じと言われると納得しがたい。
思い返してむすりとした心地がわいたが、今回はそのアリヤとも関係があることだ。というよりもアリヤにはぜひとも頑張ってもらいたい事柄である。
(……こっこ……うう、口惜しい)
きょとんとこちらを見る皓子を見返して、変化した童姿でぽんと自身の胸元を軽くたたく。
「うむ、又三郎のところじゃな。いわゆる、妊活をしにいくのじゃ」
「にんかつ」
おうむ返しをした皓子が言葉の意味を飲み込んで、丸い目をぱちくりと瞬かせた。
「わしは可愛いこっこと番うことは叶わなんだが、子の代には託せるのでな。そういうわけじゃ。万屋荘の守に関しては問題がないようにするゆえ、しばし留守にする」
「託すって、そんな……水茂、妊活はいいけど先々のことを決めるの早計すぎるんじゃ」
「早計ぐらいがちょうどよいのじゃぞ! アリヤのような輩にかっさわれてなるものか!」
鼻息荒く返せば、皓子が苦笑いをする。
こういうところがもどかしい。水茂みたいな神と違って、人は先を見づらいのだ。
(千里眼には程遠いが、泉源様の指導によって見えたのじゃ。こっこが生む子は珠のごとき女子! 狙わねば!)
もちろん、確定事項ではない。だが、垣間見えた未来の可能性に水茂は野望を定めたのであった。
さきほど言った通り、水茂が生んだ我が子と皓子が生むだろう子と仲良くさせ、あわよくば血を繋ぐのである。
幸いにして、水茂たち化生は性別を確定するまでどちらにでもなれる。皓子の子の好みにだって沿えるはずだ。
ただし自身が生む子の将来を狭めるつもりはない。最初からうまく、誘導するつもりだ。ちゃんと子に選択の余地だって残すつもりである。
しかしながら水茂には確信があった。自身の子もまた、皓子の血筋に間違いなく惹かれるだろうと。
ただでさえ、かつて水茂の見合いで神々に目通りしたとき、妙に気に入られていた皓子たちである。アリヤだって女神連中に色目を向けられていた。間違いなく人外に好かれる要素が盛りだくさんだった。
付け加えるならば、ここ最近も狐の穂灯や蛙の田衛門も二人に会いに行って良いかと水茂のもとへ訪ねてきたほどだ。万屋荘は水茂の縄張りのため伺いが必要なのである。
当然だが、断っておいた。会えばきっと水茂と似たように考えるかもしれないのだ。競争相手は少ないほうが良い。
(勝算は高いのじゃ。アリヤに及ぶ阿呆らしいほどの加護を持つ男は、そうそうおらぬしの)
タカをくくって、水茂は胸を張り「わしは本気じゃぞ」と言う。
皓子はそれをしょうがないな、とでも言いそうな顔でため息をついた。
「水茂が後悔しないならいいんだけど……出かけることは、ばばちゃんには私からも言っておくね。いつから行くの?」
「うむ。吉祥には前にちらと話しておいたが、頼むぞ。行くのは、今からじゃな」
「また唐突な……」
む、と眉が寄っているが、愛らしいだけでさして怖くもない。だが皓子に文句を言われるのはかなわない。本性であるカワウソの姿へと変じて、部屋の社へと走る。
「アリヤにもくれぐれも励めよと伝えるのじゃ!」
「うん? なんでアリヤくんが」
「悔しいがあやつの頑張りにかかっておるからの。こっこはありのままでよいのじゃぞ?」
「……あっ、ちょっともう、水茂!」
暗に子作りの激励をしたのを理解したのか、さっと皓子が顔を赤くする。
「現世と時の流れは異なるゆえ、さほど待たせはせぬはずじゃ。なんなら又三郎も遣いによこすからの。しばしの別れじゃ、こっこ」
手を振れば、赤らんだ顔のまま皓子が振り返す。
ひとつうなずいて、水茂は満足感を抱いて社から常世へと飛び出した。
*
「嫁さんの無茶ぶりは聞くものだと泉源様から言われはしましたがね。お前さん、それは無粋にもほどがあらァな」
又三郎は根無し草の風の神とはいえ、社がないわけではない。
仮の住まいとして居座る、紫雲たなびく高山の中腹あたりの大木の洞がそうだ。
本性である大イタチ姿が楽なのか、又三郎はほとんどそのまま過ごしている。水茂が訪ねれば、その毛むくじゃらの体を揺らしてのそのそと動いてで迎えてくれた。
洞の中には以外にも雑誌や本が積まれていた。世流の作品に感銘を受けて、妖怪や神仙界隈でも流通させるべく編集を受けていると聞いていたが、熱心に活動を続けているようだ。
じろじろと観察した後で用件はなんだと聞かれ、胸を張って「子作りじゃ」と答えたところで又三郎は先のように言った。
(ぬぬぬ……たかだか150年ほど先に生まれたからと言って、大人ぶりおって)
又三郎のことは嫌いなわけではない。
たとえ消去法で選んだ見合いの結果だったとしても、水茂も納得している付き合いだ。泉源のもとできっちりと契約を行った夫婦である。数年足らずで打ち解けるくらいには仲も良好だった。
だからこその内心の悪態である。
そんな水茂の様子も見通しているのだろう。又三郎はやれやれと言いたげに立ち上がると、変化をした。
皓子をベースにしたという姿は、確かに面影を感じるもので水茂好みだ。素朴で愛嬌のある黒目黒髪の青少年が、呆れた表情を隠しもしないで水茂を見ている。
「どうせ嬢ちゃん絡みってとこかい。お前さんの入れ込み具合は、いっそ天晴れだ」
「ズッ友じゃからな」
「はあ、そりゃまあ……別れが辛くはなりませんかね」
「なるじゃろうの。じゃが、それもまた一興。継ぐ子らがおれば、またそれも楽しかろ」
「おやまあ」
又三郎の変化に合わせて、同じ年ごろくらいに姿を変える。服装も艶やかで美しい着物を選んだ。
童女姿は人の形へ変化するときに一番楽なのだが、水茂とて時と場合は理解している。
「私にも首ったけとは言わないまでも、情を傾けてくれたら嬉しいだろうに」
「情がなければ子などこさえぬぞ」
「お前さんは風情ってもんがなっちゃいねえや」
ぐいぐいと近寄れば、げんなりと又三郎がため息をつく。
「なんじゃい。お前も雄なら、男を見せぬか。泉源様ゆかりの先見の術で、わしが子を産むのはわかっているのじゃ」
「そういうとこですってからに。ったくよお」
「早ければ早いほどよいのじゃぞ」
「私はそう思いませんがねえ」
のらりくらりとかわす又三郎は、体よく水茂をあしらうつもりだ。なんとはなしに察した水茂は、さらに近寄って抱き着く。ぎょっとした顔に口寄せて、又三郎の着物に手をかけた。
淡い草色の着物にシャツと、いつか見た書生のような格好は脱がすのに手こずりそうだ。襟ぐりをくつろげたところで手を添えて止められた。
仕方がないので、言葉でも促してみる。
「ほれ、やるぞ!」
「……気が強いかみさんだこって」
「お前のかみさんじゃぞ。ぐだぐだするでない」
「はいはい」
ため息混じりの返事を、もう一度口づけで飲み込ませる。
数百年も生きていれば、これくらいは慣れたものだ。水茂に限らず又三郎も不貞腐れた顔をしているが、慣れた風に受け取っている。
そも化生上がりの神にはよくあることだが、本能に忠実なのだ。神に上がるまでに子持ちとなる化生仲間もいるくらいである。
流れに乗ってしまえばこちらのもの。
いかに百五十年先を生きていたとしても、閨においてはさしたる変わりがあるわけでもない。大人ぶってもやることは同じだ。
「目指せ! こっこの子の婿! じゃぞ!」
「本当にお前さんのそういうとこ、私と趣味が合いませんや」
そう言うわりには笑い混じりである。
きゅう、と喉を鳴らす。きいきい、と鳴き声が返ってくる。人の体で変化している分、少々間抜けな光景だが、伝わるものは伝わる。
互いに見合って、洞の寝床へとどちらともなく入れば、そこから言葉は不要である。
しばらくして、水茂の目論見は無事叶った。
さらに年月は過ぎたある日のこと。
万屋荘の一室に、すやすやと眠るあどけない赤子がいる。愛らしくふくふくとした女の子。
それを穴が開くほど見つめる小さな獣が一匹。
ひたすら無言であったが、隠しもできないほどの執着の気配を感じるばかりの見つめっぷりである。
その背後には、複雑な顔をした娘の両親と、してやったりと胸を張る万屋荘の神様が居るのであった。
水茂と又三郎の子にしては、大変に無口なハイブリッド神さまな子が誕生。
滅茶苦茶食い入るように娘を見ていることに、皓子はアリヤと顔を合わせ「選択権は娘にあげてね……」と懇願した模様。




