強さ【ヴィレット公爵視点】
仕事が終わったリアを先に帰らせ、フランシス殿下の執務室で文官の採用試験に関する話し合いをしていたとき。不意に扉をノックする音が聞こえた。
息を切らせて入ってきたのは、用心のためにリアにつけていた見張りの1人だった。
「失礼いたします。旦那様に火急の用件なのですが…」
ということは、リアに何かあったのだろうか。殿下の方をチラリと見た様子から、このままここで話していいのか迷っているようだ。
「ああ、僕には気を遣わなくていいよ。それとも、レイモンドが聞かれたくない話なら席を外そうか?」
「いいえ、このままで構いませんよ。続けて。」
「はい。ジュリア・ロベール伯爵令嬢の乗った馬車を追う不審者2名、またその先の路地裏に8名ほどの人影を確認いたしました。相手の正確な人数や装備が不明なため我々だけでの制圧は避け、ご報告に参りました。緊急時には伯爵令嬢の安全を最優先するよう、残した者には言い含めております。」
なるほど。相手は少なくとも10人、武器の有無や目的は不明。その上馬車に気を配りながらとなると、2人での制圧は難しいだろう。貴族目当ての野盗なのか、それともリア個人を狙ったものなのか…
「実際に馬車が襲われたわけではないのですね?」
「はい、現在のところは。」
となると“賊”として報告するのは尚早か。馬車を追う、路地裏に集まっているというだけならば“不審者”がせいぜいだ。
「では騎士団には賊ではなく不審者として連絡したのち、すぐに向かいましょう。案内を頼みます。」
「おっと、騎士団への連絡は僕がしておくよ。レイモンドは早く大事な婚約者の所へ駆けつけてあげなきゃ。」
「よろしいのですか?」
「もちろん。詳しくは今度聞かせてもらうことにするよ。場所はどの辺りだい?」
「は!西の2番地区の辺りです。」
「わかった。こっちは僕に任せておいて。」
「では、騎士団の方は殿下にお願いします。失礼いたします。」
◇
案内に従って現場に到着すると、丁度リアと御者らしき壮年の男性が話しているところだった。この距離では何を話しているのかまでは聞き取れない。
――と、その時。
リアと御者らしき男性それぞれ逆方向に駆け出した。何事かとリアの向かう先に目をやると、ナイフを持った賊らしき男がいた。彼女が危ない――腰の剣を抜いて私も駆け出そうとしたが、次に目に飛び込んできた光景に、驚いて脚が止まってしまった。
「っ!!!」
彼女はナイフを振るい、石を投げ、男を圧倒しているのだ。瞬く間に男にナイフを突きつけ、勝敗は決したかに見えた。今のうちに男を取り押さえるべきなのだろうが、二人の間に流れるピリついた空気がそれを許さない。
リアの身を案じる気持ちと、リアの邪魔をしたくない気持ちとがせめぎ合う。いや、下手に私が介入すると、彼女の意識が逸れて思いもよらぬ危険を招くかも知れない。もしもの時は助けに入れるよう剣を持つ手に力を込め、息を殺して見守る。
その後、男が素手でナイフを弾いたのには驚いたが、それでもリアが優勢だった。今の彼女の姿は勇ましく感じられるはずなのに、品のある所作に流れるような無駄のない動作、戦っている姿さえも優美だ。見惚れる程のその動きは、東方の文献で読んだ“剣舞”とやらを彷彿とさせる。
最終的に男を取り押さえ、御者らしき男と合流したようだ。周囲を探ってみても、他に潜んでいる賊はもういなさそうだ。
丁度見張りの者と合流したので、報告を聞くと、その内容に更に驚いた。
――リアは素手で男2人と今の1人を、侍女は手持ちの小さな武器で男2人を、そして御者の男性は素手で男4人と追加で1人を倒したというのだ。それも、男たちは全員ナイフを所持していたにも関わらず、である。
貴族の中には身の安全のために護衛を雇う者もいるが、護衛を兼ねた使用人を雇っているものもいる。ロベール伯爵家は後者だったということだろうが、それにしても…
いや、何より驚くべきはリアの強さだ。一般的な貴族令嬢は、あのように戦うことはしない。リアが特別なのだ。なるほど、“横に並び立つ”“共に支え合う”という彼女の言葉は、上辺だけのものではないのがよくわかる。リアは、ただ守られるだけのご令嬢などではないのだ。
美しく聡明で、仕事が速く、そして心身ともに強い、私の婚約者。彼女のことを知れば知るほどに、どんどん惹かれてしまう。
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