その必要はなさそうですよ
「いや、貴族令嬢っつーと大抵そんなモンだろ。少なくともこんな腕っぷしは強くねえよ。あんたが異常なん…」
男の言葉が途切れたと思ったら、ベンが彼の首筋に手刀を落としたところだった。
「ロベール伯爵家の自慢のジュリアお嬢様に“異常”とは聞き捨てなりませんね。お嬢様はたゆまぬ努力でこれだけの力を身に着けられたのですよ…っと、もう気を失っていますか。」
「ベン!」
「しばらく見ないうちに腕を上げられましたね、お嬢様。」
馬車から少し離れてしまったので、男を連れて戻るにあたって意識を奪うべきか迷っていたのだが、ベンが来てくれたのなら問題ないだろう。
「お褒めの言葉は嬉しいけれど、まだまだベンには敵わないわ。ベンの方はもうとっくに終わっていたのでしょう?」
「それは相手の力量によるでしょう。お嬢様の相手が一番の手練れだったようですし。さあ、彼は私が運びますので、馬車まで戻りましょう。ライラが心配しているかも知れません。」
ベンが持ってきていたロープで手早く男を拘束し、男を運んでくれる。少し歩いて馬車の所へ戻ると、ライラの姿があった。
「お嬢様、ベン、お二人ともお怪我はございませんか?」
「ええ、心配してくれてありがとう、ライラ。そちらは問題ないかしら?」
「はい。私とお嬢様が倒した4人と、ベンが倒した4人、合わせて8人は拘束済みです。あらお嬢様、お顔に汚れが…失礼いたします。」
そう言ってポケットからハンカチを取り出し、私の頬を拭くライラ。ついでにドレスの汚れを払ったりシワを伸ばしたりして整えてくれた。ロベール伯爵家の使用人である二人以外は誰も見ていないとはいえ、身だしなみは大切である。
「ありがとう、ライラ。」
いつの間にかベンは一人で馬車の所へ行き、馬を落ち着かせ、馬車に傷や不具合がないかなどを調べている。御者としての作業をしながらベンが口を開いた。
「今後はこういった襲撃に備えて、馬車に武器を常備すべきかもしれませんね。素手での制圧には限度がありますし、相手の武器を奪うとしても、使い慣れない武器はかえって危険です。」
確かに、ライラたちロベール伯爵家の使用人は有事に備えて常に武器を携帯しているが、肝心の私達が無防備だった。
「名案ね。私はもちろん、お父様やお兄様にも扱いやすい武器だといいのですが…」
「今回の報告も兼ねて、旦那様に進言致しましょう。」
おっと、つい話し込んでしまったが、こんなことをしている場合ではなかった。
「忘れるところでした。警備の騎士を呼ばなくてはなりませんね。」
「その必要はなさそうですよ、お嬢様。」
ライラの言葉に疑問符が浮かぶ。結果的に未遂に終わったとはいえ、彼らは貴族の馬車を襲撃したのだ。王国を守護する騎士達に引き渡さなくてはならないはず。
「どういうことです?」
ライラが手で示した方向へ目を向けると、そこには――
私の婚約者、レイモンド・ヴィレット公爵が立っていた。
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