避けては通れない
使節団の皆様がトルマ王国に帰って数日、仕事はほどほどに忙しいながらも平穏な日々が続いていた――そう、この時までは。
「よろしければ、近いうちに我が家で食事をご一緒しませんか?」
そう切り出したのは、この執務室の主で私の上司、そして先日私の婚約者にもなった、レイモンド・ヴィレット公爵である。今はお茶を飲みながらの休憩中なので、私的な会話をしても問題ないのだが…
「公爵家でお食事、ですか?」
「ええ、実は…私が婚約したことを知った両親と妹が、婚約者である貴女に会いたいと手紙を寄越しまして。」
ヴィレット様のご両親――先代の公爵夫妻は家督をご子息である現公爵(レイモンド・ヴィレット公爵)に譲って、今ではご令嬢と共に公爵家の治める領地のお屋敷でのんびりしているらしい。
「ヴィレット様のご両親と、妹君が…。」
「ああ、それほど深刻に構える必要はありませんよ。ただ貴女の顔を見たいだけだと思いますので、気軽に考えてください。」
ヴィレット様はそう言うけれど、婚約者の家族との顔合わせ、それも相手は公爵家の方々…緊張するなという方が無理な話である。
「それで、どうでしょう?」
「ええ、そういうことでしたら、ぜひご一緒させてくださいませ。」
正直、不安しかない。だが、ヴィレット様の婚約者となった以上、避けては通れない道であるのも事実だ。一度きちんと挨拶もしておきたいので、いい機会だと思うことにしよう。
「そう言っていただけて安心しました。実は、できるだけ早くと両親たちに急かされているのですが、ご都合はいかがですか?」
「皆様が領地からいらっしゃるのでしたら、長旅でお疲れになるでしょうし、ご都合もあるでしょう。日取りはそちらのご希望に合わせますわ。」
「ありがとうございます。それでは、決まり次第お伝えしますね。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
そろそろ休憩も終わりの時間だ。話もまとまったので、ティーカップを片付けよう。そうして立ち上がったところで、ヴィレット様に呼び止められた。
「ああそうだ、もう一つよろしいですか?」
「はい、何でしょう?」
ヴィレット様の言葉に、ティーカップを載せたトレーを持ったまま振り向いて答える。食事会の件以上の難問は、もうないだろう。
「可能であれば、ですが…いずれは私のことを名前で呼んでいただいてもよろしいですか?婚約者なのですし、食事の席では両親も妹も“ヴィレット”で、紛らわしいですので。」
まさかの言葉に驚いて見開いた私の目に映るのは、サラサラと黒髪をなびかせ、透き通ったアイスブルーの瞳を微かに細めた、相変わらず美しい容貌の婚約者。彼は、すっかり気を抜いていた私の元に、本日最大の爆弾を落としたのだった。
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