節穴
『この若造が!ジュリア嬢はワシの妻になるのだぞ!?それを邪魔するというのなら慰謝料を、賠償金を寄越せ!』
なんだ、結局はお金が目当てだったのか。いや別に、彼の求婚が純粋な恋愛感情からでなかったことが悲しいとか、そういった気持ちは一切、これっぽっちもないのだが。むしろお金目当てと言われた方がしっくりきたというか、腑に落ちたというか…
『一体何の賠償金だというのですか。貴方とジュリア様はパーティーで一度挨拶を交わしただけの間柄でしょう。婚約も結婚も、全て貴方ひとりが勝手に騒いでいたことではないですか。』
ごもっともである。
『いいや、そんなはずはない!本物のジュリア嬢をここへ連れて来い!本人に話を聞けば…』
そういえば(彼の中では)そんな設定ありましたね。
『ですから、彼女がジュリア・ロベール伯爵令嬢本人だと言っているでしょう?本当に貴方の目は節穴なのですね。』
侯爵本人の“節穴”発言を引用したヴィレット様の言葉に、お父様とお兄様、そして殿下はついに抑えきれず爆笑してしまった。
恥ずかしながら、私も我慢できずに少々笑ってしまった。ラインハルト公爵と騎士のお二人は肩を震わせてはいるものの、どうにか耐えているようだ。
『なっ……し、失礼だぞ貴様ら!ワシを誰だと思っておる!』
ヴィレット様に小馬鹿にされた上、一同に笑われたことも相まって顔を真っ赤にして激高するベルクマン侯爵。しかし、誰も彼の言葉に答えはしないようだ。やっと笑いが落ち着いたところで、今度は私から侯爵に話しかける。
『ベルクマン侯爵。私は間違いなく、ジュリア・ロベール本人でございます。』
『いいや、そんなはずはない!本人だというのなら証明しろ!証拠を見せてみろ!!』
まぁなんと無茶を。確かに歓迎パーティーのときの装いは、自分でもまるで別人だと思うほどだった。とはいえ、いつまでも偽物扱いされるのは気分のいいものではない。
『自分が自分である証明をせよとは、随分と哲学的な問いですわね。冗談はさておき…そうですわね、この手紙が証拠になるといいのですが。』
そう言ってベルクマン侯爵から届いた手紙の束を取り出し、そのうちの一通を差し出す。それを受け取ってざっと目を通したベルクマン侯爵は、手紙をビリビリと破いてしまった。
『ふん!こんなもの、何の証拠にもならんわ!手紙など、ジュリア嬢本人から預かってくればすむ話ではないか。』
確かに、それは否定できない。しかし“自分が誰か”などどうやって証明すればよいというのか。家督を継いだ貴族の男性ならば家紋の入った時計や指輪などを所持していることもあるが、私はそのようなものは持っていない。
どうしようかと困っていると、ヴィレット様が口を開いた。
『バカバカしい。そう言う貴殿こそ、本当にカール・ベルクマン侯爵なのですか?先ほどからの振る舞いを見るに、とても貴族の紳士とは思えませんが…証明できますか?』
『なんだと!?そんな必要などなかろう!ワシは間違いなくカール・ベルクマン侯爵その人である!ワシの身分はトルマ国王に保証されておるのだ!』
『ならば、彼女がジュリア・ロベール伯爵令嬢である証明も、必要ありませんね。彼女が本人であることは、婚約者である私と父君であるロベール伯爵が保証しますので。』
有無を言わせぬヴィレット様の圧力に、さすがのベルクマン侯爵も折れたようだ。
『ま、まあいい。そこまで言うのなら、その女がジュリア嬢であると、一応は信じてやろう。だが、ジュリア嬢の婚約者になるのはこのワシだ。』
前言撤回。全然折れていなかった。
『ですから、彼女と私は正式に婚約しているのです。貴方の割り込む余地などありませんよ。』
『そ、そんな婚約は無効だ!彼女はワシの妻になるというのに、別の男と婚約など、そんなことが許されるはずがない!』
もはや言っていることが滅茶苦茶だ。なぜだかわからないが、私が彼の妻になることが彼の中では決定事項らしい。断じてお断りであるが。
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