誤魔化し
…は?
お父様から婚約の許可を貰っている?私とヴィレット様の婚約をお認めになったお父様がそんな不誠実なことをするなど、有り得ない。チラリとお父様の方に目を向けると…肩が微かに震えていた。
見ようによっては“怒りに震えている”ように見えるかも知れないが、身内である私にはわかる。あれはそういった類のものではなく、笑いを堪えて震えているのだ。
ベルクマン侯爵が苦し紛れに放った言い訳が可笑しくて仕方がないのだろう。
そんなお父様の様子を知ってか知らずか、ヴィレット様がベルクマン侯爵の失言を指摘する。
『おや、先ほどと仰っていることが違いますね。』
『なにぃ?』
『先ほどの“誰の許しを得てジュリア様の婚約者を名乗っているのか”という私の問いに対して、貴方は“ジュリア嬢だ”と答えました。しかし今、貴方は“彼女の父親から婚約の許可を貰っている”と答えた。この相違は何なのでしょうね?』
『そっ、それは…お前の聞き間違いだろう!?』
これだけの証人を前に、それはさすがに苦しいのでは?
お父様はまだ肩を震わせているし、今度は殿下まで笑いを堪えている様子だ。ラインハルト公爵は…お気の毒に、顔を青くしていらっしゃる。
『聞き間違い…ですか。ということは、ジュリア様の父君――つまりロベール伯爵から婚約の許可を得たということこそが事実だと?』
『ああそうだ!さっきからそう言っているだろう!』
ここでヴィレット様はお兄様に目配せをした。それを受けて、お兄様がベルクマン侯爵に質問をする。
『なるほど。では、それは書面でのやり取りですか?それとも直接面会して?』
『何だ、まだワシを疑っておるのか?』
剣呑な雰囲気を纏ったヴィレット様ではなく、人当りの良い笑顔を浮かべたお兄様からの質問だったためか、いくらか落ち着いた様子で返事をするベルクマン侯爵。
『ただの事実確認ですよ。貴方がジュリア・ロベール伯爵令嬢の真の婚約者だというのなら、彼女らには度量の大きさを見せませんと。』
『…それもそうだな、ふむ。伯爵とのやりとりは確か、書面でだったかな。』
さすがはお兄様。厄介な相手を言いくるめるのがお上手だ。いや、ベルクマン侯爵が単純すぎるだけかも知れないが。
『では、そのときの手紙などはありますか?』
『手紙は処分して手元には…いや、違ったな。やはり直接会って話をしたのだった。』
またもやボロが出てきた。これで誤魔化しきれているつもりなのだろうか、この人は。
『伯爵に直接お会いして婚約の約束をした、で間違いありませんね?』
『ああそうだとも!何度もしつこいぞ!』
『はて、全く覚えがありませんな。』
ここへきてようやく口を開いたお父様――ルーカス・ロベール伯爵は、小首を傾げながらそう言った。よかった、先ほどの笑いの波は収まったようだ。
『何だ、貴様は!?これはワシとジュリア嬢の問題であって、貴様には何の関係もないことだ!』
『言うに事欠いて“何の関係もない”ですか。ま、歓迎パーティーの折に二言、三言、挨拶を交わした程度の相手では、覚えていられないのも無理はありませんか。改めて名乗りましょう。私がルーカス・ロベール伯爵、そこに座っているジュリア・ロベールの父です。』
『なっ!?』
『それで、どういったお話だったか…あぁそうそう!貴殿が我が娘と婚約する許可を、私が出したとか何とか…それも直接会って、でしたかな?』
『あ…う……そ、それは……その…』
しどろもどろになってきたベルクマン侯爵に対して、さらに畳みかけるお父様。普段は温厚なのに、こういう時は容赦ない。
『可笑しな話ですな。そのような重要な話をしたにも関わらず、貴殿は私の顔をご存じない。おまけに、そのような記憶も私にはないとは…大いに疑問ですな。』
『え、ええい煩い!とにかくワシはジュリア嬢を妻にするのだ!きさ…貴殿が彼女の父だというのなら、今すぐにでもワシとの婚約を認めよ!』
『お断りします。娘は既に婚約者のいる身ですので。口約束ではなく、証書もある正式な婚約です。どうぞお引き取りを。』
開き直って怒鳴るベルクマン侯爵に怯む様子もなく、バッサリと切り捨てるお父様。そこへヴィレット様もトドメとばかりに追い打ちをかける。
『ロベール伯爵の仰る通りです。私の婚約者をこれ以上煩わせないでいただきたい。』
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