相談
紅茶を一口飲み、落ち着いたところでヴィレット様が口を開いた。
「それで、何を悩んでいらしたのですか?」
「…」
言えない。ベルクマン侯爵からのプロポーズや手紙が悩みの種だなんて、とても言えない。
パーティーでの応対でさえヴィレット様に任せっきりで申し訳なかったのだ。これ以上こんなことで迷惑をかけたくないし、文官としてこの程度のトラブルも上手にあしらえないのかと幻滅されたくなどない。
「私ではお力になれませんか?相談相手としてもお役には立てないのでしょうか?」
「そんな、そういう訳ではありませんわ。ただ…」
「ただ?」
うう、そんな突き刺すような視線を向けないでほしい。この目は“何が何でも話してもらう”と物語っているし……黙っていても仕方がない。一人で悩んでいても解決の糸口は見えないのだし、思い切って相談してみよう。
「このようなことを上司に相談するのは憚られるのですが…。実は、ベルクマン侯爵からこういったお手紙が届きましたの。」
そう言って先ほどまで見ていた手紙をヴィレット様に差し出す。これほど私的な内容をしたためた私信を本人や家族以外が見たり、勝手に第三者に見せたりするのは本来はマナー違反である。しかし、今回は事態が事態なので目を瞑ってもらいたい。
手紙の内容にざっと目を走らせたヴィレット様は、微かに眉間にシワを寄せて険しい表情になった。普段はほとんど表情の変わらない方なので、手紙ひとつでこれほど表情が変わるのも珍しい。
「これは…ベルクマン侯爵からこういった手紙が送られてきたのは、今回が初めてですか?」
「それが、その…この一週間、毎日届いていますの。」
「一週間?まさか、歓迎パーティーの翌日から毎日ですか?」
表情が変わっただけでなく、声まで低く鋭くなっている。訪問中の外交官でありながら職務に関係のない私信を何度も送る行為、あるいはベルクマン侯爵の無作法な文面がよほど気に障ったのだろうか。品行方正なヴィレット様らしい。
「ええ、仰る通りです。」
「そうですか…それで、父君は何と?」
「父は“ジュリアの好きなようにせよ”と申しておりました。」
「なるほど。ロベール伯爵家、あるいは外務長官としてこの婚姻を推し進めるつもりはない、と。」
さすがはヴィレット様、すぐにお父様の真意を見抜くとは。お父様の口からはっきりとそう聞いたわけではないが、ヴィレット様の見立てで正解のはずだ。しかし、私の口からそうだと返事をするのもどうかと思う。
私の沈黙を肯定と受け取ったのか、ヴィレット様は言葉を続ける。
「では、どのように対応するかは貴女次第というわけですね。…それで、ジュリア様はどのようにお考えなのですか?」
「私ですか?そうですね……私は、できれば穏便にお断りしたいと考えていますの。ですが、それらしい理由が見つからなくて。」
「それらしい理由、というと?」
「私に既に恋人や婚約者がいれば、それを理由にこのお話をお断りできるでしょう。ですが、今のところそういった方はいらっしゃいませんの。そうなると“断る理由はないでしょう”と押し切られてしまいそうで。」
そう。ベルクマン侯爵のあの強引さがお酒のせいでなく素なのであれば、生半可な理由では引き下がらないだろう。トルマ王国内の安定化を優先すべきだとか年齢差だとかを引き合いに出しても、些末なこととして取り合わないに違いない。
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