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星廻りの夢30「前夜」

一日一章投稿しています。

お付き合いよろしくお願いします。


今もう一本書いている「オタクの青春は異世界転生」と登場人物がかぶります。

そちらはかなり読みやすく書こうと試行錯誤しているので、

よろしければご一読ください。


        ※


「野営ってのは本当は、テントを張るんですけれど」

 風が強くなってきているので、宿屋に入りましょう、とトーボウは言った。


「全て閉まっているみたいだが?」

 サナレスが首を傾げると、トーボウは任しておいて下さい、と胸を張った。


 そしてこの後、彼との生活力の違いを思い知ることになった。

 一軒の宿屋らしい店に着くと、彼は裏口に回り込んだ。微かに漏れる灯りから、中に人がいることはわかるが、呼び掛けても反応してくれそうではない。


 にかっと笑って、トーボウは暴挙に出た。

 裏口に置いてあったゴミ箱を、勢いよく蹴っ飛ばしたのだ。


「何をする!?」

 気でも狂ったのか、と止めに入ったが、トーボウは片目を閉じて合図した。


 カチャ。

 小さな施錠を外す音がして、少しだけ扉が開いたのを、トーボウは見逃さなかった。


 右手を扉の端にかけ、外開きの扉をこじ開ける。強盗さながらの乱暴さで、トーボウが手をかけた扉を力で押し開くと、勢いに引っ張られた小太りの男が、つまづきながらそとへ転がり出た。


「宿を取りたい」

 体勢を崩して、外へ引っ張り出された男を前に、トーボウは少し顎を上げて凄んだ。


 最初反論しようと何か言いかけた男を前に、トーボウは斜め上から男を見た。

「頭が高いようだが」

 らしからぬ横暴さで、トーボウは言った。


 男はトーボウと自分を交互に見て、ひっと声を上げ、地べたに頭を下げた。

「お貴族様ーー!」


 震え出す男は、両手を頭の前でこすり合わせて顔を伏せる。

「いかにも。私はラーディア一族の子爵。こちらは一族の皇子だ。宿を用意してもらおう」


 小太りの男の体が、小さく縮み上がったように見えた。

「申し訳ございません。命だけはお助けくださいーー!」

「早く、支度しろ!」


 サナレスだけが目を白黒させていた。

 想像以上の瞬足で、宿泊の準備が整えられた。


 なんだこの状態はーー!?

 急に食事を振る舞われ、湯を入れた桶が準備され、おそらくは(サナレスはそれとは気づかなかったけれど)最上級のもてなしを受けることになった。


「なんだこれは!?」

 理解の範疇を超える待遇に、サナレスがトーボウを問い詰めると、トーボウは軽く笑った。


「どうでしたかサナレス殿下? うまくいったでしょう?」

 確かに風が強くなり、宿屋がないことについては困惑していた。けれどーー。


「人というのは、ここまで貴族に迎合しているのか?」

「迎合? ちょっと違いますよ、サナレス殿下。彼らにとって貴族は神、いっとき一緒にいることですら恐れ多い存在なのです」

 合点がいかなかった。初めての体験だ。


「……元は同じ、人であろう? 実際私にはなんの力もない」

「もちろん、右に同じで、私にも不可思議な力なんてございませんよ」

 両手を胸の前で広げて、これが今の現状だと、トーボウは悪びれもなく言った。


「この手法、よく使うんですよ。私たち貧しい貴族にとっては、こうした宿屋の食料ですら必要な時があるものですから、時々貴族の権威を嵩にきて、お布施を頂戴しています」

 サナレスは頭を抱え込んだ。


「ーーまさか、宿代も払わないのか?」

「払える金があるときは、そんなことしませんって。食うに困った時だけ、必殺技みたいにお布施を求めます」

 結局は民に貢がせるということになる。


「ーーおまえ、そんなことをして恥ずかしくはないか……?」

 なんの力も持たない神子の貴族というだけで、この待遇を受けるなど、後ろめたくて情けない。サナレスが吐息をつくと、トーボウは憮然と言い放った。


「世の中、金でしょ!?」

 キッパリと言い切る。

「プライドとか道徳心とか、もちろん大事だけれど、食べるものに困ったら生きられないでしょ? 力ってのも、財力と知力でしょ? 世の中は不公平にできている」

 真剣な表情だった。


「恥ずかしいですよ、そりゃ。貴族ぶっていても、金なきゃ生きていけない。ーーサナレス殿下からすれば、これって物乞いと同じ行為だもんな。ーーでも、そうやって日々を生きる下々のものがいるってこと、皇子はわかってないとダメなんじゃないですか?」

 歯に絹着せぬ言い方でまくし立てられて、サナレスは言葉を失った。


 サナレスは常に、今ある王族という柵を捨てたかった。けれど柵は同時に恵でもあるのだと、横っ面を殴られたような気持ちになる。


『あなた殿下なんですよね? お金あるんでしょう?』

 リトウ・モリには才覚があった。

 けれど知識や能力を使うことができても、実現する財力がなかったのだ。だからサナレスに、持てる力を何なりと使わないのは、もったいないと教えてくれた。


「トーボウ、おまえが気分を害することを承知で、一つ聞きたい。おまえは、この宿屋の誠意に対してなんら報いることはできない。これをどうするつもりなんだーー?」

「はぁ??」

 大仰に反応し、彼はサナレスを睨みつけた。


「そんなの先で、自分が認められるような貴族になったらいいってことでしょ? そして人々に恩恵をもたらすようにする。これは神の氏族に言える一番大切なことだと思うけれど」

 人の期待や願いに応じるってこと。


 サナレスが全く考えてもいなかったことを、トーボウから教えられた気がした。


 与えられたら、与え返す。

 そのことわりは、常に相手とのキャッチボールでなくてもいいのだと、少しだけ心が軽くなる。与えられたものは、先に誰かに返していく。それでいいのだと胸に刻んだ。


 トーボウには、私よりも貴族らしい考えが身についていると感心した。


 そしてサナレスの前に、しばらく目にすることがなくなっていた焼魚が並べられていた。

 おひつに山盛りのご飯と、野菜の酢漬け、海藻のスープなど、お世辞にもご馳走とはいえない食事だったけれど品数が並び、この宿ができることの精一杯だと伝わってくる。


「ーー雨土と人の働きに感謝し、いただきます」

 サナレスは手を合わせた。

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」

星廻りの夢30:2020年9月15日

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