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ナナイロノミチ  作者: 涼音 星夜
それぞれの道
28/29

お兄ちゃん

 薄暗くなり始めた頃、晴希の帰りが遅くて気になった玉紀は、照人に連絡した。

「……うん、そうなの。学校には連絡したんだけど、もう帰ったって。でもまだ晴希、家に帰って来ないのよね……」

「わかったよ。戻ってくるかもしれないから、玉紀は家にいて。俺、これから付近を探しに行くから」

「うん……」

「大丈夫だよ。もし、帰って来たら連絡して」

「わかったわ。お願いね」

照人はすぐに事情を説明し、周りの警察官と共に捜索に出た。


 電灯が付き始め、だんだんと日が落ちてくる。見覚えのない道が続き、晴希は益々不安になってきた。見知らぬ男性は古ぼけたアパートの前で立ち止まり、晴希に向き合った。

「さあ、君のお家が見つかるまで、おじさんの家で待っていよう」

晴希はなんか変だなと感じた。

「もういいよ。僕一人で探すから」

「大丈夫だって。おじさんと遊ぼうよ」

男性の手に力が入る。

「離してよ! 僕、帰る!」

「コラ、聞き分けない子だな。来なさい!」

「嫌だ! 離して!」

晴希は必死に抵抗した。

「いいから、来い!」

男性は遂に怒りを露わにし、晴希を力任せに引っ張った。

「おい! 嫌がってるだろ。やめなさい!」

振り返ると一人の警察官が立っていた。その中年男性は、晴希の口を手で覆いながら立ち止まった。

「その子を放しなさい」

「いやー、この子は僕の息子なんですよ。最近、言う事聞かなくて困ってたとこなんです」

「息子ねえ……言う事聞かないのは確かにな」

「そうなんですよねえ。お仕置きしないとわからないようなんで、これで失礼します」

「わかった。じゃあ、その子は預かるよ」

晴希を連れて行こうとした男性を制し、警察官は晴希を強引に奪った。

「ちょっと! 何するんですか?」

「それはこちらのセリフだ。お前こそ、うちの息子になにするつもりだ!」

「お父さん!」

晴希は父を見た。いつも見ている優しい父ではなく、犯人を前に立ち向かう、今まで見た事のない怒りに満ちた顔だった。

「クソッ!」

中年男性は逃走を試みた。しかし、近くで待機していた警察官たちにすぐに取り囲まれ、呆気なく捕らえられた。

 照人はホッと胸を撫で下ろした。晴希は照人の服の裾を掴んだまま(うつむ)いている。

「晴希、知らない人に付いて行っちゃダメだと言ったろ。心配したんだぞ」

「お父さん……ごめんなさい」

涙ぐむ晴希を、照人は(ひざまず)いて抱きしめた。

「とにかく無事でよかった……。晴希、あのおじさんに嫌な事されなかったか?」

「うん。僕、帰り道分からなくなって公園にいたら、おじさんが僕の家、一緒に探してくれるって言ったから……」

「そっか。とにかくお母さんも心配してるから、一緒に帰ろう」

「うん……」

照人は晴希と手を繋いで家に向かった。


 玉紀は玄関の前で待っていた。照人と晴希の姿が見えると駆け寄り、晴希を抱き締めた。

「晴希ー!! もう、お母さん、心配したんだから!」

「お母さん、ただいま。遅くなってごめんなさい」

「晴希、おかえり。本当によかった……」

玉紀は晴希を抱き締めて泣いている。

「もう大丈夫だよ。犯人は晴希のおかげで捕まえられたからね。俺は仕事が残ってるから片付けてくるよ」

照人は晴希の頭を撫でる。

「晴希、お父さんが帰ってくるまでお母さんをよろしく頼むな」

「わかった!」

照人は微笑みを残して仕事に戻って行った。


 星と月が綺麗に瞬く夜、やっと残業を終えて照人は家に着いた。

「ふう、ただいまーっと」

遅くなってしまった照人は、静かにドアを開けて家に入る。もう寝てしまったのか薄明かりだけの居間に、照人は荷物をドサッと下ろした。食卓テーブルを見ると、小分けされた冷めたおかずと空の茶碗だけ置いてあった。

「さてと、風呂入ってから食うかな……」

照人は着替えを持って風呂場へと向かう。湯船に浸かると頭が真っ白になり、父でも警察官でもない自分に一瞬、戻れた気がした。

「はあ、無事でよかった……」


 照人が風呂から上がると、電気が点いていて、夕飯の準備が出来ていた。

「お疲れ様ー」

「玉紀、起きてたのか?」

「久しぶりね、名前で呼んでくれるの」

「そうだったか?」

玉紀が寝間着姿のままキッチンに立ち、味噌汁をよそってくれている。

「いただきます」

「はい、どうぞ」

「ああ、ありがと」

玉紀がビールを注いでくれた。

「晴希、寝たのか?」

「うん。やっとね。私も少し貰おうかな」

玉紀も小さなグラスにビールを注ぎ、久しぶりに夫婦水入らずでの晩酌が始まった。

「なんだかこうして、二人で飲むのも久しぶりだな」

「そうだねー。晴希が生まれてからは、仕事や育児でバタバタだったもんね」

「なんだかホント、奇跡みたいだよな。俺たちが親になるなんてさ」

「照人がずっとしつこく、私の側に居てくれたおかげだよ」

「だって、ほっとけなかったんだよ。玉紀に出会って、俺はお前を守ることを人生の目標に決めたんだ。それにさ、玉紀なら、きっと乗り越えられるって信じてたしな」

照人は玉紀の手を握り、真っ直ぐに見つめる。

「玉紀、ありがとう」

「どうしたのよ、改まって」

「俺、嬉しいよ。玉紀や晴希と出会えて。夫に父に、家族になれて」

「照人……」

玉紀と照人は見つめ合った。

「お父さん、お母さん、なにしてるの?」

寝ぼけた晴希が目を(こす)りながら起きてきた。

「は、晴希? な、なにもしてないよなー、なあ、お母さん?」

「そうよ! お父さんとお話ししてただけよ」

「ねえ、お母さん。赤ちゃんってどうやってできるの?」

「えっ?! あ、赤ちゃん??」

照人は飲んでいたビールを吹き出しそうになった。

「クラスのお友だちのところに赤ちゃんが生まれたんだ。僕も弟か妹が欲しいなー」

玉紀と照人はお互いに顔を見合わせた。

「そ、そうだなー。コウノトリさんが運んできてくれるように、お父さんから頼んでおくよ」

「ホント? やったー!」

「ほら、わかったら寝なさい。明日遅刻しちゃうわよ」

「はーい。おやすみなさーい」

「おやすみー」

晴希はウキウキとしながら階段を上がって部屋に戻って行った。

しばらくの沈黙。

「……だって。どうする?」

照人は玉紀の反応を伺った。

「まあ、晴希も小学生だし、手がかからなくなってきたし……」

「えっと、それじゃあ……あの……そろそろ寝ようか?」

「そ、そうねー……」

二人はぎこちなく立ち上がり出した。

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