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SEELE-久遠の約束-  作者: 綾瀬 綾
第三章
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 全く、リュイの学習能力とその意欲の高さは、ライゼとしてはただただ感心するを通り越して呆れてしまうほどだった。

 宿に入れば留守番中に紙も筆も使い果たしてしまうし、外で休憩を取ればひたすら地面に文字を書いている。

 このままではイクティナシアの大地がリュイの文字によって埋め尽くされるのも時間の問題、というような勢いだ。

 書いては読み、覚えては次をとせがむのでライゼもこのところ文字ばかり見ている気がする。

 その覚えがあまりにも早いので教える方が追いつかず、まだ早いかとも思ったが試しに本を与えてみたら今度は文字の列から顔をあげようとしない。

 熱心なのは良いことだが、さすがに馬の上で読んだり寝る間を惜しんだりしはじめたのには少々参った。

 それを咎めたら獣人の夜目が利くのを良いことに、ライゼが寝静まったのを見計らって明かりも点けずに隠れ読みを始めるのだから始末が悪い。

 昨晩寝たふりをしては現行犯を押さえるというやりとりを四回程繰り返してようやく止めてくれたが、翌日そんなリュイの出してきた折衷案がこれだった。

「乗り心地はどうですか」

「ん~なかなか」

「そう」

 やれやれと苦笑気味に手綱を取るライゼの目の前にあるのはリュイの頭。

 夜に本を読まない代わりにしばらくライゼの馬に二人乗りし、その間に本を読む。年の割りに身体が小さいことを気にしているくせに自らそう言い出してきたリュイの熱意に負け渋々同意した結果だった。

 確かに、荷物を栗毛に任せてしまえば、小さなリュイの体重が合わさるくらいこの黒毛馬にはなんら問題はない。むしろその小ささがライゼにとっては気がかりなのだが。

 本も結構だが、本音を言えば護身のためにも剣を覚えてほしい。

 使わせる機会は無論、作るつもりはないが、夜を徹して本に噛り付くよりは成長に良い影響を与えるだろうに。

 思ってはいても初めて文字を教えたときのリュイの喜びようを思うと強くは言えないライゼは、気付かれぬ程度にふうと溜息を吐く他、しようがなかった。

「ねえ、これはなんて読むの?」

「……ん? ……クーデルユニコーン、だな」

 そんなライゼの気も知らず無邪気にリュイが問いかける。

 勿論ライゼは律儀に答えてやるが、だからこそリュイの暴走が止まらないのだという事実はライゼ自身も気付かぬことだった。

「クーデルユニコーン?」

「馬の品種だ。……何を読んでいるんだ?」

「ナントカ童話」

 ちょっと本を持ち上げリュイが表紙を見せてくる。茶色い皮の表紙にはホーキンス童話と記されていた。

「ホーキンス……ああ、神皇国の童話か」

「しんのうこく?」

「大陸の一番北にある獣人の国だよ。確か、かなり古くからある国で、代々グライアス神皇家と呼ばれる一族が君主を務めているからグライアス神皇国」

 フルーヴェルの市場で適当にいくつか失敬してきたのだが、そんな本も混じっていたか。

 カドゥゴリと神皇国に直接の国交は無いのでスメラギを通して伝わってきたものを翻訳したものだろう。さすがはアクイラ大河の交易の街、他の街ではまずお目にかかれない代物だ。

「神皇国の馬には角があるんだって」

 リュイはふんふんと頷くと、自ら跨る黒馬の耳の間を見やりながらたった今仕入れた雑学を披露する。

「どんな話なんだ?」

「聞きたい?」

 ライゼが肩越しに頷くとリュイは咳払いをひとつしてたどたどしく童話を音読し始めた。

 金色の髪と青い瞳を持つ尾無しの狼人と黒い馬の話だ。

 読んだことの無い話だったがどこか懐かしいような気持ちでリュイの読み上げる童話を聞きながら、地平線の向こうに目を向ける。

 段々近づいてくるこの音と香りに、リュイは気付いていないようだ。

 ゆっくりと丘を登り切ったところでふと馬を止め、いつの間にかまた黙読を始めたリュイの肩を軽く叩いてやると、リュイは振り返りかけてすぐ目の前に広がる光景に目を奪われた。

「あ……」

 メイユの月の透き通るような蒼穹から下へ目線を落としていくと、陽光を浴びた水面が眩しいほどに輝きながら白いうねりに変化して、規則的な音を立てて打ち寄せるのは白い砂の地面。

 それは一体どこと繋がっているのか、今まで数多の冒険家が浪漫を求めて船を漕ぎ出したが還ってきた者はいなかった。

 ひどく優しげで穏やかである反面、時に非情で、何もかもを巻き込み押し流してしまう広大なる青き母、フェルニア大海。

 リュイがゆっくりとそれを眺められるように、港を避けて人気の無い海岸を目指したのは正解だったようだ。

 リュイは呼吸も忘れたように一言も発さないまま、じっとその茜色の瞳に海というものを刻み込んでいた。

 ライゼは先に馬から降りて、リュイに手を貸し草から砂へ変わった丘の上に降ろした。

 呆けたように海へと視線を釘付けにしながらリュイはぽつりと呟く。

「すっごいね……アクイラ大河が小さく感じる」

「俺も昔、同じことを思った」

 ライゼが笑うとリュイもやっぱり、とつられたように笑う。

「あの先には何にも無いの?」

「さぁ……色々説はあるけど、実際のところは誰も知らない。誰も見たことが無いんだよ」

 水平線を指差すリュイにライゼが首を傾げる。リュイは信じられないといった顔でライゼを見上げた。

「ライゼも知らないことってあるんだ」

「そりゃ、そうだ」

 ライゼは苦笑を返し砂の上に腰を降ろす。

「知らないことだらけだよ。リュイと一緒、まだ勉強中だ」

「へぇ……」

 それじゃあさ、リュイは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「僕の方が先に知って、ライゼに教えてあげるよ」

「頼もしいな。まぁ、まだ俺の方が答えに近いところにいると思うけど」

 ライゼが肩を竦めて見せるとリュイはむっと口を尖らせる。

「ライゼは大人なんだから当たり前でしょ」

「リュイも子供じゃないんだろ?」

「え、えーと……僕はまだ成長途中、だもん」

「じゃ、子供だ」

 困ったように首を捻るリュイをライゼはすっと軽く引っ張る。

 不意を衝かれたせいかリュイはあっさりと砂地に尻餅を突き、再びライゼの膝の間に収まった。

「違ーう! 子供じゃなくて、子供と大人の間! 中間!」

「それじゃあ、子供と大人の中間はなんて呼んだらいいんだ?」

「えぇ?」

 意地悪く首を傾げてみせるライゼに、子供扱いされて暴れていたリュイが考え込むようにぱたりと動きを止める。

「……リュイ?」

「……っ」

 ようやく捻り出したらしいその答えにライゼは堪え切れずに吹き出してしまった。

「なに! 何か言いたい事があったら言ってよ!」

「いや、そのまんまか、と思って」

「うるさいな! ライゼの意地悪!」

 どうやらついからかい過ぎたらしい。リュイは不機嫌そうにぷいと顔を背けてしまった。

「ごめんごめん」

 むくれたリュイに許しを請いながらライゼは背後から抱き締める。

 リュイはそれでも無言のままだったが、やがて根負けしたように溜息を吐いた。

「……じゃあ氷菓子買って」

「お安い御用だ」

 それが街に向かおうかという合図のようにも思われたが、二人はそれでもしばらくそのままで海を眺めていた。





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