【4】
あれから2ヶ月経った。
気持ちは随分落ち着いた。
あのイケメンともあれから全く会っていない。
後悔は、ない。
思い出しても、あんな事もあったなー、と感じるくらいで電車での恐怖心もなくなった。
あのイケメンに対する興味もなくなった。
だって、名前すら知らないんだから。
学校最寄り駅に到着し下車すると、以前乗っていた車両の女子高生たちを見かけた。
「イケメン復活したね」
「めっちゃ久しぶりじゃない?今まで何してたんだろ」
「てかずっとキョロキョロしてたよね。何か落とし物?」
今日、いたんだ。
そっか。
そっか。
どうしてあの日から電車乗ってなかったのかな。
何で今頃になって現れたのかな。
電車内で何か探していたのかな。
いや、もうどうでも……。
だって、またあの車両に乗るなんて、怖くて出来ない。
やっと気持ちが落ち着いたっていうのに。
その週の土曜日の朝、制服を身にまとい、電車に乗り込んだ。
あの人がいた。
「あ!やっと会えた……」
あの人は嬉しそうに笑った。絵になる。
「ごめん。何の説明も出来ずにいなくなってしまって」
「……何かあったんですか」
「実は、親が事故に遭って長く入院してたんだ。しばらく掛かりそうだから家の事を優先してて。ただ仕事もしないと生活出来ないから、無理言って夜間の賃金が高い時間帯に変えて貰ってたんだ。ようやく親が回復して退院したから、また業務を日勤に戻して貰ったんだよ」
そんな事情があったんだ。知らなかった。
でも、私の事を知らなかったのは、あの人も一緒。
「……私、ずっと一人だったんです。私が悪い事したからお兄さんが居なくなったんじゃないかって思って、周りもそう思ってるんじゃないかって、周りの目が気になって、怖くなって他の車両に移ったんです。それでやっと落ち着けたんです。お兄さんが大変な思いをしてたのは分かりましたけど、私だって大変だったんです。なのに今頃になってまた……」
「……俺が関わってしまったばっかりに、嫌な思いをさせてごめんね」
電車が走っている音だけが響く。
電車が揺れて、私の長い髪が揺れ動く。
「でも、俺は君と話せて良かった。君がいてくれたから俺はやっていけた。君が俺の事を分かってくれたから救われたんだ。親が元気になったら、一番に君に会いたかった」
私をまっすぐ見つめながら、やたら決めた事を言ってくる。
何だこのイケメン。いつも以上に目が離せない。
あ、あれ?
いつもの精神攻撃とちょっと違くない?
物理的に心臓にダメージ与えに来てない?
これってもしかして……。
「君が許してくれるなら、これからも俺との付き合いを続けてほしい」
こんなん一択しかないでしょ。
絶対に後悔しない一択しか。
「許してあげましょう!」
「ところで、今日は土曜日なのにどうして電車に乗ってるの?」
「え、きょ、今日は、その、補習があって」
「ん?あの日が特殊だったって言ってなかったっけ」
「い、いやいや、補習ってそんなもんですから!気にしないでください」
私にとっての補習の存在意義としては理にかなっている。
「そうだ。もうこんな事が起こらないように、連絡が取れるようにしない?というか、本当に失礼で申し訳ないけど、俺って自分の名前も言ってなかったし、君の名前も聞いてなかったよね」
そこだ。
その場その場の流れで話をするようになって、まだ名前すら確認してなかったこの状況に問題があった。
人を知るには、まず名前からだ。
これから、ちゃんと彼を知っていくんだ。
「私の名前は……」
彼と連絡先を交換した。
よっしゃあ!これで好きな人と連絡が取れて、生活の習性やあんな事やこんな事もファイリング出来る。
私のスマホには彼の電話番号とメールアドレスがある。
待って、やばい、今理解した。このスマホって重要文化財じゃん。
暗証番号と指紋認証と二重にしてガチガチにセキュリティかけとこ。
これは恋人として付き合う終点までの第一歩。
彼もどこかでそう思ってくれたら……なんて、期待しすぎか。
「よし。これで電話もメールも出来るね」
「はい!」
「俺、すっごい嬉しい」
屈託のない笑顔をする彼。もうこの絵、額に入れて飾っていいよね。
「女の子の友達いなかったからさ。嬉しいけど、何かドキドキする」
え、え、ちょっと。
期待していいんですか?
第一歩どころか、全力疾走して良いんですか?
何なら、終点までいっそ二人三脚でどうですか?
「メールとか、デリカシーない文章送ってたら注意してね。友達なんだから遠慮しなくて良いよ」
……おっと、どうやら進路変更したようだ。
「君とはこの先もずっと友達でいたいから、思った事はハッキリ言って大丈夫だからね」
イケメン要素に『無慈悲な純真』が追加された。