狼の連続死(1)
光琉は暗い場所にいた。自分の手も見えないほど暗い。本能的に此処にいてはならないと思い、抜け出そうとするが、どちらに進めばいいかも分からない。適当に足を進めるが、明るくなることはなく、壁に突き当たることもなかった。光琉はパニックになって、大声を出す。
「誰かいませんか!」
声が跳ね返ってこない。光琉は恐怖のあまり、足元が見えないのに走った。何処まで行っても何の音も臭いもしない。気が狂いそうになったところで、前方に白いものが見えた。
「真白様!」
光琉は呼び掛けた。その白い物体に向かって走り続ける。姿は徐々にはっきりとしてきた。雪のように白い毛並みが暗闇に存在感を放っている。凛とした佇まいで、じっと光琉の目を見ている。もう少しで手が届く。
光琉の手が触れる直前に、光琉の足元が崩れ落ちた。落下している間も、光琉は真白だけを見詰めていた。彼女の視線はまだ光琉に注がれていた。遠ざかる。小さくなり、見えなくなって、暗闇に落ちる。
「真白様…。」
「またか。同じうわ言ばかり。偶には小麦様の名でも呼ばないものかしら。」
若葉は光琉の頭に乗せた氷嚢を取り換える。ヴァンパイアでこの高熱は致命的だ。
「光琉の様子はどうだ?」
小麦が部屋に入ってくるのを見て、若葉は立ち上がろうとしたが、小麦が制止した。
「まだ意識が戻らんか。呪いの傷は癒えにくいものだが、光琉の場合は寧ろ普通の傷が治らないな。」
「これでも手を尽くしているのですが…。」
若葉は申し訳なさそうに言った。
「私が光琉に無茶をさせたのだ。ヴァンパイアの治療など誰もしたがらないだろう。本当に助かった。ありがとうな、若葉。」
若葉は感極まって泣きそうになる。
「真白…様?」
光琉が微かに目を開けた。若葉の方を見ている。
「起きたか。私が分かるか?」
小麦は光琉の手を握ってやる。光琉は焦点の合わない目をしている。寂しそうな、嬉しそうな表情で苦しそうに声を振り絞る。
「もう…置いていかないで…下さい。僕は殺されても…お傍に…。」
光琉は意識を失った。小麦は布団を掛け直そうとしたが、光琉の手は小麦をしっかり掴んでおり、放さなかった。
「理解出来ん。真白と光琉の間に何があったら、光琉がこれほど真白を慕うのだろう。真白は光琉を殺そうとしておるのだぞ。光琉もそれは分かった上で真白の元に帰ろうとしておる。私なら光琉を守ってやるというのに。」
若葉は何も言えなかった。光琉の気持ちが理解出来ないこともないが、これほど深く想っているかどうか自信がない。
「真白、私はお前が妬ましいぞ。」
小麦は空いている方の手で光琉の髪を整えた。
暫くしてから、光琉はようやく目覚めた。小麦が自分の手を握って添い寝していることに気付き、手を放して掛け布団を小麦の方に寄せる。
「光琉、今度こそ私が分かるか?」
小麦は眠そうな声で言った。光琉は頑張って上体だけでも起こす。
「はい。小麦様。」
小麦はニッコリと笑った。それ以上は何も言わず、再び目を閉じた。




