ツンしかない彼
「ツンしかないないよね」
友達が、彼について言った言葉。
ツンデレのデレがない。
確かに…。
待ち合わせは、遅れたら置いていくって言われた。
当日、遅れたら、本当に置いていかれた。
遊びに行こうって言っても、
「混んでいるところは嫌」
流行のレストランに行きたいって言っても
「並んでまで食べるの?」
嫌な顔する。
買い物に行きたいと言えば、
「じゃ、30分。本屋で待ってるから」
もちろん時間を過ぎたら置いていかれる。
ねぇ、私のどこが好きなの? と聞けば
「別に」
意味わかんないよ。
ある日、お腹が痛くて、でも我慢してた。
「どうした」
「お腹痛いの」
「病院へ行きなさい」
終了。
「痛いの? とか、大丈夫? とか、ないの?」
「痛いんでしょ?」
「うん」
「大丈夫じゃないんでしょ?」
「うん」
「病院へ行きなさい」
…。
黙ってうつむいた。
身体は弱いほうで…熱を出したり、身体のあちらこちらが痛いのはいつものこと。
だから放っておいた。
でもあまりにも痛いのが続いて…
病院に行ったら
「腫瘍です。悪性の場合もあります。手術してみないとわかりません。覚悟しておいてください」
と言われた。
ねえ、わたしがいなくなったらどうする? と聞いたら
「驚く」
と短く答えが返ってきた。
「それだけ?」
「うん」
食事が喉を通らない。
「ずっと…お腹が痛かったでしょ?」
「病院、行った?」
「行った」
彼がわたしをじっと見る。
「癌かもしれないって」
「そう」
それだけ?
「確定?」
彼が尋ねた。
「手術してみないとわからないって」
「そう」
彼の手がタバコに伸びて、カチャリと火をつける音がした。
ふんわりとタバコの煙が広がっていく。
たまらなくなって、わたしの声が荒くなる。
「ねえ。癌かもしれないんだよ?
お医者さんから、もしかしたら覚悟してくださいって
言われちゃったんだよ?
どうして冷静なの?」
彼がわたしを見た。
「だって、手術してみないとわからないんでしょ?
今、ここで騒いでも仕方ない。
それとも『きゃー大変』とか言ってほしいの?」
不安なのに…。
わたしはこんなに不安なのに…。
「いなくなってもいいの? わたし、いなくなるかもしれないよ?」
思わず俯いて、そうつぶやけば…
「それ以上言わないで」
掠れた彼の声が降ってきた。
顔をあげれば、彼の肩が震えていた。
「さっきから考えないようにしているのに。
俺を追い詰めないでよ」
その声も震えていて。
「いなくなるなんて、考えられない」
初めて見る…彼の涙。
「ごめんなさい」
自然とこぼれてしまった言葉。
「不安で…」
「ん」
「ごめんね」
「うん」
ようやく彼が顔をあげた。
入院前に、彼はわたしが行ってみたいと言っていたところに、次から次へとつれていってくれた。
相変わらず、遅刻は許さないし、並ぶのも嫌い。
入院してからは、仕事があるのに、毎日お見舞いに来てくれた。
お見舞い時間が終わる夜8時直前。
彼が現れる。
ねえ、明日、手術だね。
平日だけど…。
明日だね…って言えば、
「会社は有休申請出した」
と彼。
「え? じゃあ、来てくれるの?」
「休むって言うだけ。来るとは言ってない」
え…。
でも手術の日、彼は朝からいた。
待つのが嫌いなのに…。
手術が終わって、麻酔が覚めて、ぼんやりして横を見れば、彼がいた。
「待っててくれたの?」
「待ちくたびれた」
「お医者様、なんか言ってた?」
「良性だって」
それだけ聞いて、わたしの意識は遠くなった。
よかった…。
次に目が覚めたときは夜中で、彼は当然いなかった。
夢かな?
夢だったのかな?
翌日は土曜日で、昼過ぎに彼は来た。
「昨日、いた…よね?」
「手術前に話したでしょ」
「手術後も…いたよね?」
「たぶん」
…何それ。
数日後、退院した。
「毎日、お見舞いに来てくれてありがとう」
「暇だったから」
「でもうれしかった」
「そう」
素直じゃない。
相変わらず、遅刻すると置いていかれる。
でもその歩調はとってもゆっくりで、ちょっと走れば追いつける。
並ぶのは嫌い。
でも空いているか、予約してすぐに入れるならOK。
相変わらず、友達には言われる。
「ツンしかないね」
だからわたしも答える。
「うん。ツンしかないの」
いいの。それで。
わたしが好きになった人は、そういう人だから。
いざというときだけ、デレになってくれるの。
ツンしかない彼の手を握る。
握り返してはくれないけれど、でも振りほどかない。
たまに彼の手がチョキになっている。
「なんでチョキなの?」
「今日はバルタン星人」
わかりづらいけど…でも、彼は握ったわたしの手を振りほどかない。
だからぎゅぅと握り締める。
ツンしかなくても、好きだから。
~ End ~