第8話 ゴブリンとの戦い
フロウをイメージした訓練法に開眼し、我ながら恐ろしいほどグラビティの熟練度が上がっていった。
死にかけたあの日から10日たった今、グラビティの威力は8Gに近づいている。
8Gだと体重約60キロの俺が500キロ近くにもなる計算で、こうなると歩くのも立ち上がるのも無理だ。
なにしろ500キロといえば力士3人分くらいの……おっと、力士換算のイメージは危険だな。
えっと、500キロはフロウに換算すると……16人分くらい? あれ? そう考えると軽く感じるな。
〈素晴らしい成長です。ここまでとは予想しませんでした〉
「このコアフロアが魔力回復速度3倍なのと、あとはフロウのおかげだな」
〈私の? いえ、ラントが努力した結果でしょう〉
フロウをイメージしたから熟練度上げが捗ったのだが……言うのは恥ずかし過ぎるから黙っておこう。
魔力回復速度3倍だと、グラビティに必要な10MPは10分程度で回復する。
つまり、1分につき1MPの割合で回復しているわけだ。
このコアフロア以外だと、魔力は3分につき1MPの回復になる。
グラビティのクールタイムだが、今は10分よりも短い。そのため魔力回復に合わせて10分おきにグラビティを使っている。
このグラビティだが、自分に使用する副次効果として筋力と、体の頑丈さまで上がるようだ。
やはり筋肉や骨格に相当の負荷があるのだろう。
宇宙飛行士は長く宇宙にいると骨と筋肉が衰え、帰還してからリハビリが必要なくらいだという。
短時間とはいえその逆を1日に何回もやっているわけだから、体が鍛えられても不思議ではないのだろう。
筋 力 17 → 21
頑丈さ 17 → 23
筋力と頑丈さのついでに魔力まで上がっていた。
魔力はEPでしか上げられないと思っていただけに、嬉しい誤算だったのだが……。
魔 力 180 → 217
正直上がり過ぎな気がした。魔力は元々上がりやすかったとはいえ、こんなに増えてもいいのだろうか。
なんにしろ、こう目に見えてステータスが上がるのなら張り合いがある。
だがここまで集中して育て上げたグラビティだが、さすがに伸びが悪くなってきた。
このまま続けても、あと10日で9G行くか行かないかといったところか。
グラビティはひとまず置いといて、他の魔法を鍛え始めた方がいいのかもしれない。
それをフロウに相談したら、思いがけない提案をされた。
〈その前に、ゴブリンと戦ってみませんか。現状どこまで戦えるか知りたいです〉
願ってもない話だ。ゴブリンとは以前に比べ基礎ステータスの差が縮まっているし、8Gのグラビティがどの程度通用するか試してみたい。
それに……あのゴブリンには少しばかり恨みがある。
勝てるかどうかは分からないが、今の俺ならそこそこの勝負はできると思う。
「構わないが、真剣勝負で?」
〈貴重な戦力に死なれては困ります。どちらかが負けを認めるまでとします〉
「了解。問題なし」
ククク……ゴブリンめ。今度こそギャフンといわせてやる。
ほどなくしてゴブリンがやってきたが、相変わらず憎々しい顔をしている。こちらを見て黄ばんだ目を細め、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
せいぜいニヤついていろ…その余裕も今日までだ。
〈双方とも準備はいいですね〉
「ああ、いつでも大丈夫だ」
「ゴブッ!」
このゴブリンは俺が落とし穴に落ちた時のあいつだ。
開始を待ちきれないといった様子で、手にしたこん棒を平手に打ち付けている。
俺の武器は杖。なぜ杖かというと、フロウから支給された魔術師セットが俺の装備なのだ。
薄茶色のローブと杖、それが魔術師セットだった。間違ってもこのローブに防御力なんて期待してはいけない。
魔法耐性は付いているが、物理攻撃に対してはお察しの代物なのだ。
武器が杖というのもいささか心許ないが、魔術師セットなのだから仕方がない。
今回俺の作戦は速攻でゴブリンにグラビティを掛け、それで無理ならすぐに降参するというものだ。
まあヘタレな作戦だとは思うが、グラビティが効かないなら勝てる気がしない。
どちらかが負けを認めるまでの勝負なのだから、これも立派な作戦なのだ。
俺とゴブリンは8メートルほどの距離を空けて睨み合っている。
この距離ならいきなり仕掛けられたとしても魔法を使う余裕くらいはあるだろう。
〈では、始めなさい〉
「ゴブリャーーーッ!!」
開始の合図とともにゴブリンが突進してきた。血に飢えた獣の眼。その表情は殺る気満々だ。
しかしこちらも開始と同時にアクションを起こし始めている。初めての戦闘で様子見なんて余裕はないからな。
杖をゴブリンに向け、呪文を唱える。
「グラビティ!」
最大威力のグラビティだ8Gの重力がゴブリンを襲う。
「ゴブッ!?」
よし、効いた! 高重力を受けたゴブリンの体勢は一瞬で崩れ、凄い勢いで石床にヘッドバットするように倒れ込む。
そのままゴブリンの頭は石床に激突し、割れた。
例えるなら、肉の詰まった固いスイカが割れるような音が響いてゴブリンの頭が凄いことになってしまった……。
そしてぴくりとも動かない。あ、動いた?
いや……あれは動いてるというより、痙攣だな。
……完全に動かなくなった。
《ステータス更新情報》
レベルアップ
レベル 1 → 2
EP取得
取得ポイント 20EP
所持ポイント 110EP → 130EP
脳内に響くシステムインフォメーション
もしかしてゴブリンを倒したから経験値的なものが入ったわけか。
「えっと、フロウ? 今のでレベルアップしたんだが……」
〈通常侵入者との戦闘以外では、経験値は入らないはずですが……〉
「あとゴブリン、死にそうなんだけど……?」
〈すでに死んでいます〉
……やっぱりか。
頭の割れ方がヤバそうだったもんな……。
そうですか、死んでますか。
これはあれだ……不可抗力ってやつだな。不幸な事故だったのだ。
〈ラント〉
「すみません! ごめんなさい!」
思わず謝ってしまった。
だってなあ……フロウも貴重な戦力って言ってたのに、まさかこんな結果になるとは。
〈あなたが謝る必要はありません。しかし色々と意外な結果に終わりました〉
それは俺も思う。相当動きが鈍くなるくらいには思っていたが、まさか死んでしまうとは。
頭をぶつけたのが石の床だし、奴が全力で飛び掛かってくる途中だったというのも悪かったのだろう。
「レベルアップしたけど、素直に喜べないな……」
〈ダンジョンの配下モンスター同士での戦いでは起こりえない現象です。やはりラントの置かれた特殊な状況のせいでしょう〉
どうやらゴブリンを死なせてしまったことは責められずに済みそうだ。
憎たらしい奴だったが、成仏しろよゴブリン。
「ところでコレ、どうしよう」
もちろん床に転がったままのゴブリンのことである。
ああ……あんなに血が……。そして白目を向いた鬼の形相が超恐い。
〈仕方ありません。ゴブリンDはロスト処理します〉
フロウがそう言うと、ゴブリンは光の粒子となって消えていった。まるで最初からそこに居なかったように……。
〈グラビティという魔法に直接的な攻撃力はないと思っていましたが、場合によっては殺傷力を持つようです〉
「俺も行動阻害魔法くらいにしか考えてなかったな……ちょっと驚いたよ」
〈しかし、ここまでグラビティの効果が上がっていたのは収穫です。ラントの特性を生かし、経験値を得るよい機会かもしれません〉
フロウが言葉を切る。何故だろう、嫌な予感が……。
まさか、もっとゴブリンと戦えなんて言わないよね?
〈ラント、ダンジョンの外のモンスターと戦ってレベルを上げなさい〉
「えっ、外の!?」
〈ダンジョンの配下モンスターは、基本的に侵入者との戦いでしか成長しませんが、ラントにはこれが適応されていないようです。ダンジョンの外で戦ってレベルを上げて来なさい〉
なるほど……考えようによっては確かにチャンスだ。
ダンジョンの外で弱そうなモンスターを見つけ、数を倒せばそれなりに経験値も入るだろう。
強くなれれば、この世界での生存確率が高くなる。
今となっては外に出るのが恐いけど、そうも言ってられないのが実状か……。
仕方ない、やってやりますか。