第9話 ハスキー犬?
俺はフロウに言われ、バグを利用してダンジョンの外でレベルを上げることになった。
しかし装備が魔術師セットの杖とローブでは攻防共に不安がある。
そこでフロウの意見を聞きながら装備を整えることにした。
武器は最初、リーチのある槍を考えたのだが、外の森では取り回しが難しいと聞き、扱いやすいナイフを選択。
刃渡り30センチ程でリーチこそないが、戦闘以外での使い道も多いだろう。
防御についてはローブの下に革鎧を着てみたところ、これが思いの他かさばって動きづらい。
慣れの問題かもしれないが、胴体部分は比較的邪魔にならない胸当てを着けることにした。
腕と足には革を編み込んだプロテクターを装着。手には薄い革手袋。
その結果、古代ローマの拳闘士を思わせる姿が誕生した。
……拳闘士。いや、これこそは世紀末拳闘士。
この時点で男なら拳を天に突き上げてしまうのは仕方のないことだろう。
その不動の姿勢で決め台詞を吐きたかったのだが……フロウが見ているから止めておこう。また冷静に突っ込まれても恥ずかしいからな……。
その後、拳闘士的装備の上から更に魔術師のローブを羽織り、物理、魔法共にある程度は耐性のある装備が完成する。
念のため食料と水、それと回復アイテムも用意し、これで外に出掛ける準備は整った。
――というわけで、いよいよダンジョンから出て未知の森の中へ突入した。異世界の生物がこの中に潜んでいるのだ。
……いきなり凶悪な奴とか出ないよな?
耳を澄ますと、どこからか獣の鳴き声が聞こえてくる。
落ち着け……びびってはいけない……。
まずは、ダンジョンからあまり離れず探索しよう。
丈の長い草を掻き分け、垂れた蔓や枝をナイフで払って森の中に踏み込んでいく。やはりドキドキするな。この状況には思わせぶりに、
『その時だった!』
とか叫ぶナレーションが似合いそうだ。
あれって次の瞬間にはCMに入るから、わかってても怒りが込み上げるんだよな。
――ギチギチッ!
そんなことを考えて進んでいると、バカでかいバッタが突然飛び出してきて心臓がバクバクとした。
お、驚いたな……。
殿様バッタの10倍はありそうだ……倒したら経験値が入るかな? 駄目元で試してみよう。
バッタが飛んだ先にそっと近づき、ナイフを構える……。
――ギチギチッ!
くっ……逃げられたか。
再び後を追い、今度は飛んで逃げられないようにグラビティで動きを拘束する。
「グラビティ!」
威力は弱めの3Gだ。
これでは弱いかとも思ったが、巨大バッタは羽を動かしても飛べないようで地面でバタバタもがいていた。
これなら足で踏んでも殺せそうだが、それはちょっと嫌すぎる。ここはナイフで仕留めよう。
ザクッ……。検証終了。
やはりバッタでは経験値もEPも入らないようだ。
仕方がない、もう少し大きな獲物を探してみよう。
大きな獲物と言っても巨大芋虫とかいたら嫌だな。
蛇に蜘蛛とかのちょっと見た目でアウトな奴もスルーしよう。
――カサッ
ん? いま右のほうの草むらでなにか白いのが動いたな。
注意して見ていると、小さくて白い生き物がひょっこり顔を出した。
――ウサギだ。
ウサギはこちらを見てヒゲを細かく震わせている。
こ、こんな可愛い生き物を殺すのは忍びない……。
愛らしい姿に和んでいると、兎は前脚をスリスリと擦り合わせ始めた。
その仕草は、まるでお祈りしているみたいに見える。ふふっ……きっと世界平和でも祈っているのだろう。
可愛い……和むなぁ。あれ? 頭からツノが生えてきた。
バシュッ!!
ウサギが頭を下げると、ツノが弾丸のように飛ばされた。
衝撃を感じてローブを見下ろすと、股下のあたりに穴が開いている。
それは極めて危険な位置だった。
狙いがもう少し上にずれていたら……ッ!
「グラビティ!」
ウサギのやつは再び祈りのような仕草でツノを生やしかけていたが、俺すかさず撃ったグラビティで地面に押さえつけらている。
どうだ動けまい。もちろん最大出力、8Gのグラビティだ。
ウサギはピキャ~と鳴いて暴れているが、こんな危険生物を逃がすわけにはいかない。
厄介なツノに気を配り、尻の方から近づいてナイフを振り上げる。
グサッ! グサグサッ!
ふうっ……くたばったか。
見た目で油断させて飛び道具とは、恐ろしい相手だった。
一見可愛げに見えたお祈りの仕草も、実は邪神に何かを祈っていたに違いない。
ん……? インフォメーションでEP取得が告知された。2EPか……。だいぶ少ない感じだが、このくらいの獲物であればEPが手に入るらしい。
経験値の方は分からないな……EPが入るのだから、経験値も入ると思っておくか。
よし、兎狩りだ!
ウサギのやつはこちらが近づくと顔を出し、例の祈りの仕草を始める。
そこをすかさずグラビティで押さえ込めば危なげなく仕留める事ができた。
せっせとウサギを探しては殺し、探しては殺し。
6匹目を仕留めたところで大きな岩に腰掛け休憩する。
これで12EPか……。
先は長いが、塵も積もればの精神が大切だな。
しかし、この辺りではもう兎が見つからなくなってきた。
……範囲を広げて探すべきか? 魔力は十分あるし、時間もまだ早い。
よし、もう少し奥まで探してみよう。
探索範囲を広げ、更に4匹の兎を仕留めた時だ。
うん……? やはり気のせいじゃないな。
辺りを見渡すと気になる気配がある。どうやらさっきから何かが追って来ているようなのだ。
血の匂いが獣でも呼び寄せたのだろうか?
近くの木の裏に隠れ、気配のする方を窺ってみる。ここなら風下だし、じっとしていれば出てくるかもしれない。
ほどなくして、さっき俺が休んでいた岩の後ろからそいつが姿を現した。
……犬?
シベリアンハスキーみたいな顔をした犬が、キョロキョロと辺りを窺っている。
くっ……可愛い……。
俺は犬も猫も大好きだが、般若みたいな顔をしたシベリアンハスキーとか、もろ好みである。
しかしあの兎みたいな例もあるからな……可愛いからって油断は出来ない。
やがて誰もいないと思って安心したのか、犬が全身を現した。
「なっ!?」
思わず声が出る。犬の首から下は、人と同じような体だったのだ。
2本の足で立ち、服は着ていない。
体は長い体毛に覆われ、腰に巻いたベルトから革ヒモのようなもので何かをぶら下げている。あれは……兎か?
「わふっ!?」
俺の声に驚いた犬人間は硬直している。
この隙に攻撃するか?
いや、知性のありそうな相手と無闇に戦うのはまずい。意思疎通を試みよう。
「悪い、驚かせたか? 俺の言葉が分かるか?」
急な身動きをせず、落ち着いてゆっくりと話すよう心掛けた。
「人間! 人間が……コボルト語を話す? ……なぜ……?」
まさかの会話成立! こいつ、コボルトだったのか。
話が通じる相手とはできれば戦いたくない。それが見た目ハスキー犬となれば尚更だ。
「なぜ俺を追ってきたんだ?」
コボルトに尋ねたが、この理由によっては戦うことになるだろう。
グラビティを撃つ用意をしながらコボルトの返答を待つ。
「……人間がいると思ったから、見ていた。……スナイプラビットを仕留めて、放置していた。……殺すだけなの、良くない」
あの兎、スナイプラビットっていうのか。
「あの兎は俺を狙ってきた。こちらも命の危険があると判断して、見つけ次第仕留めてたんだが?」
「わかる……それは問題ない」
油断せずコボルトを観察していたが、こうして話していても襲い掛かかってくる様子はない。
いくぶん見た目補正があるかも知れないが、悪い奴ではなさそうだ。
「少し話がしたいから、お互い自己紹介しないか? 俺の名はラント」
「……オレの名は、シーベル」
シーベルと名乗ったコボルトは、やはり警戒しているのか喋り方がぎごちない。それでも会話しているうちには緊張が薄れていった。
「……ラントが、スナイプラビットを仕留め、放置するの、見ていた。命を無駄にするの、良くない……。オレは、放置された獲物を拾い、おまえの後を、追った……」
「ああ……仕留めても、食べたりするつもりは無かったからな」
「やはりそうか……。スナイプラビットを、3匹拾った。これは、どうする?」
「シーベルの自由にして構わない」
それを聞き、シーベルは目を見開た。
「わふっ! いいのか……?」
「ああ、好きにしてくれ。……俺はもう少し狩るつもりなんだが、良かったら一緒に来ないか? 話をしたい。仕留めた獲物はシーベルが自由にしていい」
俺の申し出に、シーベルはこくりと頷いて尻尾を振った。
「ありがたい……。スナイプラビットの居場所は、だいたい分かる。良ければ、案内する」
よっし、地元民と一緒なら安心して狩りができる。一応シーベルに先頭に立ってもらい、スナイプラビットの出没する場所に案内してもらった。
おかげさまで獲物は次々と見つかった。
見つけるたびにグラビティで押さえ込んで仕留めるのだが、シーベルにアドバイスされてからはみんな急所をひと突きだ。
さっきみたいに何箇所も刺してたら後の処理が大変だしね……。
はい、また目標発見。
「グラビティ!」
俺がグラビティを使うと、そのたびにシーベルが「わふっ」と鼻息のような声で感嘆する。
聞いたらコボルトは魔法を使えないそうで、見るのが珍しいのかもしれない。
――レベルアップ
スナイプラビットを20匹仕留めた時点でレベルが上がった。
これでレベル3……やはり少しずつだが、経験値は得られていた。
「今日はこんな所かな……。ありがとうシーベル、助かったよ」
顔だけ見ればハスキー犬のシーベルは、何匹ものスナイプラビットを腰と肩から紐でぶら下げている。
「こちらこそ、ありがたい。最近は、ゴブリンどものせいで獲物が減っていた……。スナイプラビットは素早くて、捕まえにくい獲物。村の仲間も喜ぶ」
ゴブリンのせいで獲物が減った? やはりダンジョンの外にもゴブリンがいるのか。
うーん、ゴブリンもそのうち狙うかもだけど、まだ兎メインで狩るべきだな。
「明日もスナイプラビットを狩りたいんだが、シーベルさえ良ければまた手伝ってくれないか?」
俺が尋ねると、嬉しそうに尻尾を振ってシーベルが頷く。
「また明日も? それなら今度は、仲間も連れて来ていいか?」
「あー、兎でも数が纏まると運ぶのが大変か……。いいよ、仲間と一緒に来ても」
「わかった……。明日が楽しみだ」
よしよし、シーベルが参加してくれるなら狩りが楽になる。待ち合わせの場所はどこにしよう……。
「シーベルは、ダンジョンを見たことはあるか?」
「……ある。人間はダンジョンに興味を持つ。……ラントもそうなのか?」
「いや、シーベルがダンジョンをどう思ってるのか知りたいんだよ」
「ダンジョンに、興味はない」
それなら大丈夫かな? シーベルを連れてダンジョンまで戻ろう。
――ダンジョンに到着した俺は、シーベルに明日はここで待ち合わせようと告げた。
俺にはまだ土地勘がないから、ここしか待ち合わせ場所に指定できないからな。
「まさか、こんな場所にダンジョンとは……。ラントは、ここで何を? やはり、ダンジョンに興味が?」
「違う違う。訳あってここに住んでるんだよ」
「わふっ? ま……まさかダンジョンに……住んでいる……?」
あれ、まずったか? シーベルはダンジョンを恐れているように見える。見た目結構強そうなんだがな……。
身長は俺より低いけど、筋肉だって結構ありそうだ。
「じゃあ明日の朝、ここで待ってるから」
「わ……わかった……」
やはり様子がおかしいな。
……確かに冷静に考えると、ダンジョンに住んでるってどんな奴だよという気がしないでもない……が。
あれ……。い、いや、ホント良く考えると、変人とかのレベルを通り越した危ない奴と思われないか?この世界の常識がどうなってるかは知らないが……。
うーん……明日も来てくれるかな?
少しばかりの不安を胸に、俺はダンジョンの中へと戻った。




