一歩先を行く生き方
変若水を探し出せ。これが夜之食国帝である日色の出した課題であった。
変若水ーーそれを飲めば瞬く間に若返ると言われている伝説の水。しかしそれは、あくまで伝説上の話で、本当に存在するのかとても怪しい。しかし日色に探してこいと言われたのだから、探し出して実物を手渡すか、変若水が存在しないという証拠を探して来なければならない。
「変若水ねえ。話では聞いたことあるけどな。ほら、大和神話にも出てくるし」
「そうね。でも変若水は歴史じゃないのよ。あくまで神話なの。本当に存在するのかな」
眞宏は腕組みをして唸り声をあげた。
「夜之食国に知り合いでもいたらいいんだけどな。あそこは何処とも深い関わりを持たない神秘の国だから、なかなか掴めないんだよ」
その通りだ。夜之食国とは、神秘の国である。芸術、占、錬金術、そして鉱山資源で成り立っていると言われるが、それもあくまでこちら側の見解なのだ。夜之食国が一体何をしているのか何を考えているのか。それは歴代の皇帝でもさっぱり解らなかったという。
夜之食国の今上帝は、日色。紫色をした神秘の瞳を持つ美青年であり、稀代の占い師であり、予言者である。
弱冠十五歳にして夜之食国帝に選ばれ、かれこれ三年ほど見事に国を治めている。
「ったく、……どうすっかな。手の打ちようがないよ」
「そうね……私もどうしたらいいのか、解らないわ」
前回はやるべきことが明確に見えていたのだけれど、今はどこから手をつけたらいいのか全く見えていない。
「取り敢えず、図書館に行って変若水を調べましょうか。歴史を学べば何か見つかるかも知れない」
まずはどんな些細なことでもいい。取り敢えず動き始めなければいけない。
それなら、どう動くのか。何から始めるのか。そんなのひとつしかない。
知らないということは恐ろしいことなのだ。図書館で文献をあさって知識を付ければ何か見えてくるかも知れない。少しでも、たった一寸先でも絶え間なく進んで生きてく。それがどんなに大切で、どんなに大変かを学んだから。
「じゃあ、廉翔だな。おーい、廉翔!」
私が何かする前に、眞宏が大声で廉翔を呼ぶ。
「んだよ、眞宏」
級友と談笑していた廉翔が話を中断してこちらに向かってきた。
眞宏と廉翔は顔を見合わせるたびに言い争ったりしているけれど、何だかんだ言って仲良しなのだ。少しだけそれが羨ましい。
「図書館の使用許可ちょーだい」
「日色様の課題が発表されたのか?」
廉翔の視線が眞宏から私へと移る。私が頷くと、廉翔は真剣な顔を作った。
「どんな課題なんだ」
「変若水を探し出せ、と」
変若水と廉翔は繰り返し、難しい顔を作った。
やはり廉翔も変若水について何も知らないみたいだ。それどころか変若水についての結論も私たちと同じだろう。変若水は存在すらしていないのかも知れないという結論に、きっと廉翔もたどり着いている。
「図書館の許可を出すのは構わねーけど、使えるような文献があるかどうか」
「そうよね……」
廉翔に渡された第二、第三図書館の鍵を握りしめる。ひんやりと冷たいそれに身体が震えた。
「近衛くん」
私は小さく息継ぎをする。
廉翔は私の呼びかけに気付き、第二第三図書館の許可証を書いていた手を止め、こちらを見た。
「変若水について何か知っていることがあったら教えて欲しいの」
廉翔は口を無一文に閉じ、瞳を伏せる。
これは何か知っている反応だ。そう思った私は廉翔の顔をのぞき込み、もう一度、同じ言葉をくり返す。
「お願い。何か知ってるなら教えて欲しい」
廉翔は意を決したように口を開いた。
「詳しくは解らないし、関係のあることか解んねーけど……」
「いい。教えて」
廉翔は私の耳に唇を寄せた。眞宏も顔を近づける。
「変若水が存在するかは解らないけど、それを作る実験がされていたとは聞いたことがある」
「変若水を作る実験?」
「ああ。国の上層部も関わってるとかって。結構えげつないこともしてたみてーだけど」
変若水は伝説上にしか存在しないものだと思っていたので、それを作り出すだなんて考えたこともなかった。でもないから作るというのは、確かに一理ある。たどり着けない結論ではない。
でも普通に考えたら作れるものではないということくらい解るはずだ。大の大人が、ましてや、国の上層部が本気になって考えることではない。そう、普通に考えれば。
「それ、詳しく教えて」
でも、お金を持て余した国の上層部だったら。やるかも知れない。
権力者というのは、いつの時代も永遠の若さと永遠の命を求めるもの。
「それは構わねーけど、そんな詳しくは知らねーぞ」
「知ってるとこまででいい。後は自分で調べるから」
真剣な眼差しで廉翔を見つめる。
廉翔は仕方ねーなと言いながら、ふっと吹き出して、大きく頷いてくれた。
国の上層部が変若水を作り出す実験を行っている。しかも結構えげつないことをしているという。これが本当だとすれば、私はとんでもない大和三国の秘密に踏み込もうとしているのではないだろうか。
少しの不安と、期待と、困惑に飲み込まれていくのを感じていた。




