邪な企み
年恵先生が運転する車は、市街地を抜け、高速道路を使いながら南へ南へと走った。
超寝不足状態の年恵先生だったので、その運転に一抹の不安があったのだが、年恵先生曰く『レースゲームだと思って運転すると、逆に興奮して眠気なんてぶっ飛ぶんだよ』とのこと。うん。心強い限りだ。
「ところでさ、俊助。よく家を抜けて来れたね。秋穂ちゃんが帰ってきているのに」
僕の隣に座っている夏姉が思い出したかのように聞いてきた。ちなみに僕と夏姉が最後部に座り、真ん中の席にカノンとレリーラ。助手席には紗枝ちゃんが座っている。
「そうなんですよ。意外とあっさりしていたんですよ」
僕は、秋穂に合宿の話を切り出した昨晩のことを思い出した。いつもの秋穂なら、ついて行くと泣き叫び、それが叶えられないと知ると、気が済むまで僕の頬をビンタしたであろう。しかし、その時の秋穂はすました顔で、そうですか気をつけていってらっしゃい、と言うだけだった。僕はちょっと拍子抜けしたと同時に、若干の恐怖を感じた。秋穂のすまし顔に裏に何かあるのではないかと。
「ははん。俊助、そりゃ気をつけた方がいいね。完全にフラグが立っているよ」
「夏姉もそう思う?嫌な予感がするんですよね……。美緒もここのところ大人しい」
「ところで美緒ちゃんはどうしているの?」
「友達と出掛けているらしいですよ。どこか知りませんが……」
ふうむ、と足を組み、あごに手をやって考え込む夏姉。
「何を悪だくみしているんですか?」
「悪だくみって、人聞き悪いなぁ」
「だって、夏姉のその顔、悪いことを考えている顔だ」
「うう……お姉さんは悲しい……。そんなふうに思われているなんて……」
「あーはいはい。もう騙されませんよ」
「ふん。俊助も成長したね。ま、いいさ。特に何も企んでいないよ。だって、今回は企みがなくても面白いことになりそうだからね。ねぇ、紗枝ちゃん」
「はい!もう今日のために私はお小遣いを貯め込み貯め込み、東京の大きなお祭りに行くのも諦めて、カメラを買い換えたんですから。それに夏子先輩とこの夏ずっと衣装作りしたんです!もう一日中先輩にコスプレしてもらって、ずっとずっと写真を撮り続けますから覚悟しておいてくださいね。ね、先輩、聞いています?」
「紗枝ちゃん。俊助は寝ているようだ」
「そうですか!きっと今晩のために寝てくれているんですね。私も頑張りますから!」
頑張らなくてもいい、と狸寝入りしながら僕は必死に祈った。
狸寝入りしているうちに本当に寝てしまった僕は、車がサービスエリアに入ったところでたたき起こされた。
「ほら、俊助もトイレ行っておきな。ここからはトイレはないらしいからね」
夏姉が促すので、僕も車外に出た。瞬時にしてもあっとした空気に包まれ、一気に汗が吹き出てきた。
「新田。缶コーヒー買ってきてくれ」
運転席側の窓が開き、にゅっと年恵先生の手が伸びてきた。俊助が手の平を出すと、じゃらじゃらと十円玉を十二枚渡された。
「コーヒーなら何でもいいですか?」
「甘いのはやめてくれ。無糖な」
「はいはい」
僕は自販機の方に向かった。歩きながら、これからどうしたものかと考える。
羞恥的なコスプレ写真は絶対に嫌だ。何としも回避したい。
「使うしか、ないのか……」
そう。僕には切り札があった。『創界の言霊』でありモキボだ。この力を使って、撮影自体を無いものにしてしまいたい。
イルシーはかつて僕の『創界の言霊』は不完全だと言った。その不完全さ故、僕が創作した『魔法少女マジカルカノン』の世界が歪んだ形で現実化してしまった。
そのことについては疑問を持っている。いつかイルシーに問い詰めなければならない。だが、今はそのことはいい。
問題なのは僕の能力のことなのだ。先のデスターク・エビルフェイズの戦闘において、僕はモキボの力で謎の物体Xを召喚し、デスターク・エビルフェイズに勝利した。もはや僕の力は中途半端ではないはずだ。
「試してみるか……」
僕は自販機の前に立った。ちょうど当たり機能つきの自販機だ。硬貨を入れ、念じた。
『当たれ!』
硬貨投入口の隣に表示されている三桁の数字がランダムで表示される。軽妙な音楽が流れながら、数字が左から『7』『7』……『7』でとまった。
大当たりぃ!おめでとう!
機械音が祝福を告げる。全部のボタンが点灯した。
「当たった……」
僕はつぶつぶみかんジュースのボタンを押した。ガコンと缶が取出し口に落ちてきた。
これは『創界の言霊』のせいか……。それとも単なる偶然か……。
「どっちにしろ、僕はもう後に引けないんだ……」
僕は缶ジュースを取り出した。手の平に冷たい感触が走った。
サービスエリアからさらに走ること一時間。ようやく目的地が近づいてきた。
高速道路を降り、山間のいくつかのトンネルを抜けると、海が見えてきた。
「海だぁ」
と叫んだのは夏姉。きらきらと海面が輝く大海原が右手に広がっていた。
「おおお!海や!海やんけぇ!」
カノンの隣のレリーラは大興奮。こいつ、海が軟体動物の宝庫であることを知っているのか。
「はわぁぁぁ。海、海なんですね。先輩のビキニ……じゃなかった水着姿、楽しみです」
僕は紗枝ちゃんの言葉を聞いて、ますます『創界の言霊』を使うことに躊躇いがなくなったぞ。
「海に来ているんだから、海が見えるのは当然だろうが……」
身も蓋もないことを言うのは年恵先生。こういう大人にはなりたくないな。
「カノン。お前は何も言わないのか」
レリーラの隣で妙に大人しいカノン。
「別に。海は海でしょう」
そりゃそうだが……。ひょっとしてカノンも、やっぱりコスプレ写真集の販売が嫌になってきたのか。
「お?見えてきたね。悟ところの別荘」
海の面した山の斜面に拓かれた別荘地があった。そこに悟さん家の別荘があるのだ。
いよいよだ。いよいよ合宿が始まる。




