暗い前途
「ふわぁぁぁぁ」
僕は大きな欠伸を一発かましながら、首にかけたタオルで頬を拭った。
まだ朝にも関わらず、日差しはきつく、木陰に立っていても暑さが和らぐことはなかった。
しかも、真上の木立には夏を謳歌するセミ達が大合唱を始めていて、暑さを倍増させていた。それでも眠いものは眠い。
「ふわぁぁぁ」
僕は、もう一度大きな欠伸をした。休みの間は怠惰を決め込んでいるだけに、久しぶりの早起きは流石に辛い。
現在の時刻は、午前七時半。何故こんなに早い時間から活動しているのかというと、今日から動々研の合宿が始まるのだ。
合宿先は、悟さんのお父さんが所有している海辺の別荘。そこへ向かうために、学校の前で待ち合わせすることになっていたのだ。ちなみに悟さんは、掃除や食料の買出しやらで先に向かっているらしい。
「新田~、眠そうだな」
僕の隣には引率兼運転手の年恵先生が座り込んでいた。相変わらず眠そうな顔をしている。絶対、徹夜でゲームしていたな、この人。
「ところで何で先生が引率と運転手をしているんですか?」
「ああ?今更何を言っているんだ?私はお前達のクラブの顧問なんだよ」
「ええええ?知りませんでした!」
全然知らなかった。初耳だ。っていうよりもうちのクラブに顧問いたんだ。
「普段は何もしなくていいからって、頼まれたんだよ。年に数回、合宿の時だけ付き合ってくれればいいからってな。でも、よりにもよって新作が重なる時に合宿しなくてもよ……」
チッ、と露骨に舌打ちをする年恵先生。先生、生徒の前でその態度は問題だと思いますよ。
「ところで新田。お前も随分と眠そうだな。分かっている分かっている。『ウルトラロボット大戦争XYZ』をやっているんだろう?私も第二十話まで行ったんだが、グレンバール大佐が強くてな。二回全滅させられた……。チッ、私の貴重な二時間返せっつーの!」
あの強さチートだよチート、と毒づく年恵先生。気持ちは理解できますが、残念ながら『ウルトラロボット大戦争XYZ』はやっていません。
僕が眠たいのは他でもない。眠れなかったのだ。
合宿が楽しみで興奮して眠れなかった?違う違う。僕は、今回の合宿が果てしなく嫌なのだ。
今回の合宿の目的。それはカノンと僕のコスプレ写真集を作ることなのだ。しかも、その写真集を夏休み最後の同人誌即売会で売るという。狂気の沙汰としか言いようがない。
嫌だ嫌だ。本当に嫌だ。どうせ夏姉と紗枝ちゃんのことだ。僕に女装コスプレさせるつもりなんだ。嫌だ嫌だ。今から仮病でもしてしまおうか?いや、駄目だ。事前に釘を刺されていたのだ。
『俊助~。仮病とかで逃げちゃ駄目だからね。逃げちゃ駄目だってシュンジ君も言っているからね。逃げたら、俊助の恥ずかしい写真を思いっきりネットで公開するからね』
『先輩!もし先輩がシュンジ君みたいに逃げたら、先輩をモデル……じゃなかった……オマージュした"シュンジ×カホル"本作っちゃいますからね』
完全に四面楚歌。僕に逃げ道などなかったのだ。
「暗い顔するな、新田。ドルバインを強化すればグレンバール大佐は倒せる。私もドルバインを五段階まで改造して惜しいところまでいったからな。フル改造すれば完璧だ」
「は、はぁ……」
いいな、この先生。悩みなんてなさそうで……。その点、僕の悩みは深刻だ。下手をすれば将来に対しての大きな瑕疵となってしまうのだ。
しかし、僕には切り札があるのだ。そう。禁断の切り札が……。だが、果たしてその切り札を本当に使うべきかどうか、僕は悩んでいた。できればその切り札を使わず、穏便な手段でこのピンチを切り抜けたいのだが……。
「お待たせ……。あれ?まだ来てないの?」
「なんや!折角、オレがつめた~い飲み物見繕ってきたのに」
コンビニに買出しに行っていたカノンとレリーラが帰ってきたので、僕は思考を停止した。カノンはショートパンツに半袖シャツ、そしてキャップ帽を被っている。レリーラは白のワンピースに麦藁帽子。両方ともいかにも夏らしい装いだ。
「まぁいいじゃないか。いる奴から好きなのを選びな」
と言いながらいの一番に袋からコーラを取り出す年恵先生。ま、一応この人の奢りだから文句は言うまい。
「は~い、いただきます」
「おっしゃ、スピルカはオレがもらい!」
お茶と乳酸菌飲料スピルカを取られたので、僕は烏龍茶を選択。
「お、お待たせしましたぁ」
僕達がドリンクで喉を潤していると、まずやってきたのが紗枝ちゃん。
「さ、紗枝ちゃん?何?その荷物の量?」
紗枝ちゃんは、ぱんぱんに膨れ上がったボストンバックを三つも抱えていた。二泊三日の旅行にはしては明らかに多すぎる量だ。
「え?私、今回カメラ担当ですから、いろいろ持ってきたんですよ。勿論、編集用のパソコンもありますし、データが保存しておくための外付けハードディスクも予備を含めて二つほど……」
「気合入れすぎだよ、紗枝ちゃん……」
「そうなんですよ!昨日、興奮しすぎて眠れませんでした!だって、先輩の裸エプ……ふぁぁぁぁ」
「紗枝ちゃん?大事なところが欠伸で聞こえなかったけど、裸という時点でアウトだよ」
「朝からうるさいね、俊助は」
そこへ夏姉が登場。カノンと似た出で立ちをしているが、カノンより巨乳なうえにノースリーブで胸元の開いたシャツを着ている。夏姉であっても目のやり場に困る。
「折角紗枝ちゃんがしっかりと準備してくれたんだから、褒めてあげないとね」
と紗枝ちゃんの頭を撫でる夏姉。えへへ、と照れくさそうに笑う紗枝ちゃん。
「く、くそぉぉぉ……」
「俊助。何をそんなに嫌がっているんだね?君は美少女美少年とひとつ屋根の下で二泊もするんだぞ。そんなラノベみたいなむふふな展開に心躍らんかね?」
「ちょっと待って!美少年って何ですか?悟さんのことですか?僕にはそんな趣味ありませんからね!」
は、鼻血が……とティッシュを取り出す紗枝ちゃん。鼻血を出したのは暑さのせいだよね?
「おら!揃ったなら行くぞ!」
年恵先生が飲み干したコーラのペットボトルを投げつけてきた。見事僕の後頭部に命中。捨てとけよ、と言って年恵先生が立ち上がった。
「まったく……」
「ほらほら、行くぞ。まぁ、楽しみたまえ、俊助。実際、むふふな展開は本当なんだからさ」
ぴたっと密着し、耳元で囁く夏姉。むむむ胸の感触が……。そ、そんな色仕掛け……僕には通用しないぞ……。
にひひ、と笑いながら年恵先生の車に乗り込む夏姉。僕は深いため息をして、後に続いた。
「ところで、足利」
「何ですか?先生」
「さっきの美少女って、当然私も含まれているんだろうな?」
「……も、勿論です」




