自供③
「夫は塾に、子供は学校に行って留守になる日中、河村慶子は軽自動車を運転してターゲットを物色して回った。嫌疑が及ばないように自宅から離れた場所で、それも車で往復できる人目につかない場所を探して回ったのでしょう。そして、最終的に美祢市の田中さんが犠牲者として選ばれてしまった。不運なことです。一人で畑にいた田中さんは、河村慶子の絶好の標的だったことでしょう」
「田中さんは、河村慶子の快楽殺人の犠牲者として、選ばれてしまったという訳ですね」
山縣もため息をつきながら言った。
「ただ、大楽玲さんの殺害だけは別です」
生長が聞きなおす。「大楽玲は快楽殺人の犠牲者ではないと言うのですか?」
「はい。田中さんが殺害されてから、わずか一カ月後に大楽玲さんが殺害されています。田中さんの事件からの間隔が異様に短い。通常、この手の連続殺人鬼は一度、人を殺めると、満足して暫くは次の獲物に手を出さないものです。
更に夫の勤務先の関係者の中から犠牲者として大楽玲さんが選ばれています。最初の犠牲者の柏木さんは別として、河村慶子が無差別に犠牲者を選んで来たのは、自らに嫌疑が及ばないようにと考えたからでしょう。ところが大楽玲さんの事件では、自分も関係者の一人であり、しかも犯行現場は自宅と目と鼻の先の距離にあります。先ほど言った『もう殺人は犯したくない』、『つかまってしまいたい』という深層心理があったとしても、他に何か理由があるのではないかと思います」
「鬼牟田さんは、その理由が何だとお考えなのですか?」
「河村慶子は美祢市の事件で何かミスを犯したのでしょう。それを大楽玲さんに知られてしまった。だから、慌てて玲さんを殺害した」
「なるほど。美祢市の事件当日、犯行を終えてアパートに戻って来たところで、大楽玲にばったり出会ってしまったのかもしれませんね。車に何か・・・そうか、犯行に使用したクロスボウを積んでいるのを見られてしまったとか――」
生長の推理に、圭亮は「そうかもしれません!」と興奮気味に何度も首を縦に振った。
「河村慶子は大楽玲さんが大楽家に戻って来るのを待っていたのだと思います。玲さんが大楽家に戻って来たのを知り、アパートの公園と大楽家の庭を繋ぐ通用門から大楽家に侵入した。通用門の暗証番号を知っていたとしか考えられません。屋敷の玄関の鍵はやはり娘さんがかけ忘れたのだと思います。河村慶子は玄関から大楽家に侵入すると、玲さんを刃物で襲い、弱った玲さんに更にシアン化カリウムを飲ませて毒殺した。河村慶子はシアン化カリウムを用いて人を殺すことに、異常なまでに執着しているようです。彼女なりの美学なのかもしれません。恐ろしいことです・・・」圭亮は肩をすくめた。
「やはり玄関の鍵は娘の香美がかけ忘れたのですね・・・」
「そう思います。子供ですので、鍵をかけ忘れたことを忘れているだけかもしれません・・・んっ?・・・あっ!」圭亮が声を上げた。
「どうしました?」と生長が圭亮に声をかける。
「河村慶子の家を訪れた時、僕は何か違和感のようなものを感じていました。それが何なのかよく分からなくて、何度も部屋の中を見回したのですが、違和感の正体が何なのか、結局、分からず仕舞いでした。でも、今、ふとその違和感の正体に気が付きました」
「あの部屋にどこか変なところがありましたか?」
「河村家には大楽さんの娘さんと同い年の子供がいましたよね?」
「ええ、真一という名前の男の子がいます」と生長が不審気な表情で答える。
「普通、小学生くらいの子供のいる家庭なら、部屋に子供の写真や家族で撮った写真なんかが飾ってありませんか? 河村家の部屋の全てを見て回った訳ではありませんが、僕が座ったところから見渡せる範囲に、子供の写真は一枚も飾ってありませんでした」
「そうでした?」
「はい。台所はもちろん、僕たちが話を聞いた居間には家族で撮った写真が一枚もありませんでした。それで、どこか変な気がしたのです」
「まあ、そう言われればそんな気がしますが、欧米人と違って日本人はあまり部屋に写真を飾ったりしませんからね。特に変だという気はしませんでしたが――」生長は圭亮の話に納得が行っていないようだ。
「家族内で何かトラブルがあるのかもしれません。もしかしたら、それが殺人衝動と結びついている・・・ああ、そうか。通用門の暗証番号は真一君から聞いたのかもしれませんね。大楽さんの娘さんが真一君に教えて、それを真一君が母親に伝えた」
「ああ・・・なるほど。その可能性はありますね? ただ、犯行後、どうやって鍵を掛けたのでしょうか? 第一発見者の孝毅の証言では、犯行現場の部屋も屋敷も鍵が掛かっていたと言っています」
「その問題がありました。玄関の鍵は娘さんが掛け忘れ、それを孝毅さんが勘違いをしているだけだとしても部屋の鍵がかかっていたのでしたね。犯行現場は四重の密室の中にありました。僕も最初は、四重の密室を突破できた人間が犯人に違いないと単純に考えていました。ですが・・・すいません。河村慶子がどうやって部屋の鍵を掛けたのか、僕には分かりません。それを考えると、怖くなってしまいます。暗い底なしの闇を覗いてしまいそうな気がします。彼女に聞くしかありません。正直に話してくれるかどうか、分かりませんけど――」圭亮は顔を強張らせながら、意味深なことを言った。そして、「河村慶子はまた犯行を繰り返します。一刻も早く、身柄を確保した方が良いでしょう」と続けて言った。




