自供②
「一連の殺人事件の犯人は河村慶子だと思います」
圭亮の言葉に、「河村慶子!河村信次郎の妻、慶子が一連の連続殺人事件の真犯人だと言うのですか!」と、生長と浅井は揃って驚きの声を上げた。
「はい。これは僕の単なる推理などではありません。先ほど、アパートで会った時に、河村慶子自身がそう自供していたのです」
「えっ⁉ 河村慶子が、『私が犯人だ』と自供したと言うのですか? そんなこと、言いましたっけ? まあ、詳しい話は、中でお伺いしましょう。課長の山縣も、中で鬼牟田さんを待っています」
通された会議室には、小柄だが山のようにがっしりとした男が待っていた。山口県警捜査一課長の山縣だ。
「初めまして、鬼牟田圭亮です」と差し出された圭亮の右手を「山縣です」としっかり握った後、「どうぞこちらにお座りください」と圭亮たちに着席を促した。
「それで、事件の真相がお分かりになられたと、生長から聞きました。詳しい話をお聞かせ頂けますか?」
挨拶もそこそこに山縣が早速、圭亮に説明を促した。
「はい。先ず、先ほど、生長さんに言いましたけど、僕の推理と言うよりも、犯人の自供のよるものです」
「自供? 誰か犯行を自供したのですか?」
山縣が説明を求めると、隣から生長が「課長。鬼牟田さんは河村信次郎の妻、慶子が一連の犯行を自供したとおっしゃっています」と言葉を添えた。
「河村慶子? 誰だ?」
生長が説明する。「大楽塾に勤める事務員の河村信次郎の妻です。河村一家は豊島区から引っ越して来たことが分かっています」
「ああ、それで、その女性が連続殺人事件の犯人だと言うのですか?」
山縣が圭亮に視線を向けた。
「女性の連続殺人鬼が統計的に多くないことは知っています。今回は珍しいと言われる女性の連続殺人鬼だったようです。今回の一連の殺人事件では、身元を晦ますために様々な殺人方法を駆使していますが、被害者の死因はシアン化カリウムであったことが共通しています。毒殺は女性が用いる典型的な殺人方法です。
そして、どの事件においても、犯人は被害者との間に距離を置いています。そして、被害者の不意を襲ったりして、自由を奪ってから毒殺しています。この点から僕は、力の弱い人物、すなわち女性が犯人である可能性があるのではないかと考えました」
「なるほど。それで河村慶子が犯行を自供したと言うのは、どういうことでしょうか? 事情聴取に同行した生長君や浅井君からは、そのような報告を受けておりませんが――」
山縣の言葉に圭亮は「すいません」と訳もなく詫びて言った。「河村慶子は旧姓を神代と言って、神代直人が先祖の一人だと言っていました。神代直人という人物のことを知っていたので、僕には河村慶子が言った言葉が、違った意味を帯びて聞こえて来たのだと思います」
「神代直人ですか? どういった人物でしょうか?」
「はい。神代直人は幕末の長州藩士で敬神堂、西山塾とも呼ばれているそうですが、大楽源太郎の開いた私塾で学びました。師の大楽源太郎自身、画家の冷泉為恭の暗殺に係ったりしていますが、神代直人も狂信的な攘夷論者で、高杉晋作の暗殺を計画したりしています。暗殺は当時の暗い世相の一面でもありました」
命を狙われた高杉晋作は、「あんな狂犬の相手などできるか」と長州藩から逃げ出してしまったため、神代直人の暗殺計画は失敗に終わっている。
圭亮は「ふっ」と小さくため息を吐くと、続けて言った。「殺人狂と言えた神代直人は、その後、大村益次郎を暗殺しているのです」
「えっ!」と生長が驚く。
生長は圭亮の言葉の意味が、理解できた。
「河村慶子は『全ては宿命』だ、『歴史は繰り返される』と言っていました。河村慶子がまるで自らの犯行を自白していたように、僕には聞こえました。大楽玲は村田家の人間で、大村益次郎の子孫だと言われています。大村益次郎の子孫を神代直人の子孫である河村慶子が殺害した。陰惨な歴史が繰り返されてしまったが、それは全て宿命であったと、そう河村慶子は言いたかったのでしょう」
「ううむ・・・」山縣が腕組みをしながら呻いた。
「河村慶子が真犯人であると仮定をして、過去の殺人事件を見直して行けば、事件の概略が見えて来ました。かつて河村信次郎は都内で河村鍍金鉱業所というメッキ加工工場を営んでいました。四年半前、そこで劇物のシアン化カリウムの管理を任されていた柏木という人物が、シアン化カリウムを持ち逃げしてしまいます。どういう理由があったのか分かりませんが、河村慶子が工場のシアン化カリウムを使い、柏木を毒殺したのではないかと考えてみました。そして死体を隠し、柏木がシアン化カリウムを持ち逃げしたように見せかけた」
「そうか! 埼玉県の白骨死体ですね?」
生長の言葉に、圭亮が嬉しそうに「ええ、ええ」と頷く。
埼玉県の山中で身元不明の白骨死体が見つかり、死因がシアン化カリウムだと特定された。埼玉県警と警視庁は合同で、豊島区の殺人事件との関連性を洗い始めている。
圭亮が説明を続ける。「埼玉県の白骨死体が柏木さんかどうか、確認する必要があると思います。後で、警視庁と連絡とっておきましょう。さて、そして、豊島区でシアン化カリウムを用いた殺人事件が発生します。動機がはっきりとしませんが、使用されたシアン化カリウムは河村鍍金鉱業所で使用されていたものと同一のものであると断定され、柏木さんが犯人として疑われました。ですが、柏木さんの行方は掴めないままでした。
その時、柏木さんは既に殺害され、埼玉県の山中に遺棄されていました。警察でいくら柏木さんの行方を追っても掴めない訳です。そして、紛失したシアン化カリウムが殺人事件に使用されたことが原因で、信用を失った河村鍍金鉱業所は倒産します。河村一家は旧知の大楽家を頼って地元の山口に戻って来ました。当時、大楽塾の塾長だった春毅氏は、河村家の窮状をどこからか伝え聞いて声をかけたようです」
「大楽塾の先代塾長の世話で、河村一家は山口でも生活を始めた。河村慶子は戻って来て暫くは鳴りを潜めていたが、また人殺しを始めたということですか?」
山縣の問いかけに圭亮は頷きながら、「河村慶子が何故、人殺しを続けるのか、僕にも分かりません。もしかしたら、人を殺すことに理由などなく、殺人衝動を抑えられないだけなのかもしれません。サイコキラーと呼ばれる性格異常者です。
そして心のどこかで、殺人衝動を抑えられない自分自身を嫌悪しており、誰かに凶行を止めてもらいたいと思っていたのかもしれません。それで、先ほどの事情聴取の折には、自らの犯行をほのめかすようなことを言ったのではないかと思います」と言った。
「理由なき殺人・・・ですか」話を聞いていた生長が、ため息をついた。




