自供①
階段の途中で圭亮が固まってしまった。
浅井に脇を支えられるようにして、圭亮が階段を降りて来た。足元が危うい。面談の途中に気分でも悪くなったのかと思った。
「どうしたんです?」西脇が浅井に尋ねると、「それが鬼牟田さん、階段の途中で急に立ち止まって、動かなくなってしまったのです。仕方がないので、こうして抱えて降りて来ました」と答えた。
体格の良い浅井だが、大木のような圭亮を抱えて階段を降りて来るのは大変だったはずだ。
西脇は「ああ~」と呻いた。
圭亮は事件解決のヒントになることを見つけると、「俯瞰的演繹法」と自らが名付けた推理手法が発動してしまい、忙しく回転する脳味噌に血液を送り続けるために、体の活動が一時的に停止してしまうのだ。
圭亮が動かないと言うことは、事件解決のヒントを見つけたということだ。
迂闊に無理やり正気に戻すと、紡ぎかけていた推理の糸がぷっつりと切れてしまう。一度、切れてしまった推理の糸は時として二度と戻って来ない。
こういう時の圭亮は俯瞰的演繹法が結論を導き出すまで、放っておくしかない。結論に到達すると、「まるでぱあっと視界が開けるようだ」と、自然に正気に戻る。
圭亮が動かないので、菊本に大楽塾まで車を取りに行ってもらい、アパートの前まで回してもらった。そして、圭亮を後部座席に押し込んだ。
「鬼牟田さん、大丈夫でしょうか?」生長が心配顔で西脇に尋ねる。
「大丈夫です。こう見えて、夢中で考え事をしているだけですから。でも、こうなると三十分か一時間か、とにかく、結論にたどりつくまで放っておくしかありません。そうしないと、折角、紡ぎかけた推理が煙のように消え失せてしまうそうです」
西脇の言葉に「へえ・・・・・」と浅井が感心した。
夕食に誘っていた大楽直方は残念そうな表情を浮かべていたが、これも事件を解決する為だ。仕方がない。大楽家で別れる時に、「明日は? 明日はどうです? 明日、ご一緒に食事をしましょう」と何度も西脇に確認した。
直方と別れ、捜査に戻らなければならない生長と浅井を県警まで送って行った。
「鬼牟田さんが正気に戻られたなら、ご連絡下さい」と生長がこちらも心配顔で言った。
生長たちと別れた後、「さて、どうしたものか?」と西脇たちは途方に暮れた。
「取り敢えずホテルに戻りましょう」と一旦、ホテルに戻ることにした。
ミニバンの後部座席で、焦点の定まらない視線を漂わせている圭亮の邪魔はしたくなかった。ホテルに戻ってから、出直すことにした。
ホテルに向かって車を走らせている途中、「あれっ? 西脇さん、今、僕らはどこを走っているのですか?」と圭亮が素っ頓狂な声を上げた。
「ああ~鬼牟田先生、やっと気が付きましたか。先生、河村さんのアパートで急に、ほら、例の『俯瞰的演繹法』でしたっけ? あれが始まって、別世界にトリップしていたんですよ」
「ああ、すいませんでした。そんな麻薬患者か、不思議ちゃんみたいな言い方は止めて下さいよ。でも、まあ、そっとしておいてもらって助かりました。お陰様で事件の概要が見えて来た気がします」
「事件の概要が見えて来た⁉ それは犯人が分かったということですか? で、先生、これからどうします? 生長さんたちは捜査が残っているので、県警本部に戻りました。彼らを送って行って、別れたばかりです。先に食事を済ませますか? それとも県警に戻りますか?」
「長くはかからないと思いますので、県警に戻って話をしても良いですか? 生長さんに電話をしてみます」
「勿論です。取材に来ている訳ですから、事件が最優先です」
圭亮が生長に電話をして確かめると、「犯人が分かったのなら、直ぐにでも教えて下さい」と言われた。菊本は慌てて車をUターンさせた。
県警の玄関でまた、生長と浅井が圭亮を待っていた。
圭亮が車から降りてくると、生長と浅井で両脇を挟んで、「鬼牟田さん。で、犯人は、犯人は誰なのですか?」と勢い込んで尋ねた。
二人の刑事に両脇を挟まれ、圭亮はまるで犯罪者のように県警に連行された。




