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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
第三章「美しき容疑者」
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謙道の系譜②

 生長が圭亮の顔を見る。こちらの質問は一段落したので、他に何か聞きたいことはありませんかという意味だ。早速、圭亮が綾子に質問する。「野口さんは、塾でどんな科目を教えていらっしゃるのですか?」

「国語です」

「ああ、やっぱり。国語か英語じゃないかな~と思っていました」綾子の口真似だ。

「あら、私、英語はダメです。英語なら、まだ日本史や世界史の方が得意です」綾子がにこにこと答える。

「歴史がお好きなんですか!」

 歴史好きの圭亮が早速、返事に食いついた。

「歴女っていうほどじゃありませんけど、歴史は好きです。国語と言っても、入試では古文に漢文もあって、歴史の知識が必須でした。それに私の母方の家系は、歴史的に見て、かなり古い家系だそうです。それで、歴史には興味がありました」

「ほう~由緒正しい家系な訳ですね。この大楽家のように長州藩(ゆかり)の家系ですか?」

「いえ。もっと古い家系だと聞いております」

「もっと古い家系なのですか⁉ 差し支えなければ、教えて頂けませんか?」

 綾子の話に、圭亮は興味津々だったが、生長や浅井は捜査に関係がなさそうだと興味薄の様子だった。

「母方の旧姓は、『けんどう』と申します。『謙譲』の『けん』に『みち』と書きます」

「変わった姓ですね」

「はい。鬼牟田さんは謙道宗設という歴史上の人物をご存じでしょうか?」

「謙道宗設ですか・・・いえ、浅学にて存じ上げません」

 歴史に精通している圭亮ですら、謙道宗設の名は知らなかった。

「では、『寧波にんぽーの乱』はご存じでしょうか?」

「はい。寧波の乱については知っています。室町時代に日明貿易の利権を巡って、大内氏と細川氏が中国の寧波で争った事件のことですね。ああ、大内氏か――」

 大内氏は室町時代に、山口を拠点にし、山陽、山陰から北九州にまで勢を張った守護大名だ。

「よくご存じですね。西の大大名だった大内氏は、時の管領であった細川氏から遣明船の派遣を許され、勘合符を独占しました。ところが、心変わりした細川氏が自ら遣明船を派遣し、先に寧波に派遣されていた大内氏の遣明船との間で武力衝突が起きてしまいます。それが寧波の乱です」

 足利将軍擁立に功績のあった大内義興は、時の管領、細川高国より勘合符を与えられ、日明貿易の利権を独占した。ところが大内義興が領国に兵を引くと、堺を拠点に貿易を行っていた細川高国は大内氏に日明貿易の利権を独占させておくのが惜しくなった。そこで、勝手に遣明船を派遣するという暴挙に出たのだ。

 一五二三年、細川氏の遣明船は明の寧波の入港管理所である市舶司大監に賄賂を贈り、入港した。先に寧波に入港していた大内氏の遣明船の乗員はこれに激怒、細川氏の遣明船を襲撃して焼き払い、正使を殺害した。

 これを寧波の乱と言う。

「明の領地内で他国の軍勢が争った訳ですから、当然、大きな外交問題となりました。また、寧波の乱以降、暫く勘合符貿易が途絶してしまったことから、倭寇が活発化するきっかけになったんでしたよね?」圭亮が綾子に尋ねる。

「はい。もともと勘合符貿易は、倭寇の害に悩んだ明が、足利将軍に倭寇の取り締まりを要求したことから始まりました。勘合符貿易がストップすると、私貿易が盛んになります。寧波の乱以降、後期倭寇と呼ばれる倭寇が暗躍し始めました。ところで、この寧波の乱で大内氏の遣明船の正使を勤めたのが謙道宗設です」

「へえ、そうなんですか~!」圭亮が感嘆の声を上げる。

 歴史に興味のない西脇や藤代、それに生長と浅井の刑事たちは退屈そうだった。一人、直方だけが、にこにこと二人の会話を聞いていた。

「謙道宗設は禅僧で渡来人と言われています。大内義興が派遣した遣明船に正使として乗り込みました。遣明船に正使として派遣されるくらいですから、元は明の役人で日本に帰化した人ではなかったかと思っています」

「確かに、名前から、そんな感じがします」

 圭亮の言葉に綾子はにっこりとほほ笑むと、「細川氏の遣明船を襲い、積荷を奪った謙道宗設は、遣明船を日本に向けて出港させます。そして、宗設は乱の首謀者として一人、明に残りました。明の政府は乱の責任を取らせる形で、宗設を処刑し、外交問題を片付けると、大内氏との勘合符貿易を復活させました」

「謙道宗設が犠牲になった訳だ・・・」

 圭亮は綾子の話に顔を輝かせながら聞き入っている。

「言い伝えでは、母方の祖先が謙道宗設だと言われています。それで昔から日本史や世界史に興味がございました」

「へええ~ご先祖に歴史上の偉人がいる訳ですね」

「すいません。事件に関係のない話が長くなってしまいましたね」

 生長や浅井が無表情なのに気が付いた綾子が、そう言って話を締めくくった。

 圭亮はまだ綾子と歴史の話をしたそうだったが、西脇が渋い表情をしているで、「ちょっと脱線し過ぎてしまったかな」と頭を掻いた。

 綾子からの事情聴取を終えた。

 応接室を出て行こうとする綾子を直方が呼び止めて、「野口先輩、お久しぶりです」と挨拶をした。

「あら、学校の後輩でしたの? どこかで、お見掛けした顔だと、ずっと思っていました」

「はい。中学、高校の後輩です。一学年下ですから、覚えていないもの無理はありません。でも、僕は野口先輩のこと、よく覚えています。ああ、すいません。名乗るのが遅れました。大楽直方と申します」

「大楽さん? 大楽さんのご親戚なのですね?」

「はい。副塾長の直毅の息子です。裕は弟になります」

 大楽直方の顔を見ている内に、記憶の彼方にあった思い出が蘇って来たようだ。綾子は「あの、もしかしたら・・・ひょっとして・・・」と何か言いかけた。

「野口先輩のこと、テレビでお見掛けして、ずっと応援して来ました。どんどん有名になられて、僕なんかの手の届かないところに行ってしまった感じです。まあ、学生時代から手の届かない先輩でしたけど。はは。覚えていないでしょうが、昔、一度だけ、あなたに生意気なことを言ったことがあります」

「ああ・・・やっぱり・・・」

「野口先輩。これからも、あなたは、あなたのままでいて下さい」

 間違いない。高校入学と同時に、生活が荒れていた時に、路上で呼び止めて忠告してくれた中学生だ。あの忠告が無かったら、綾子はここにいなかったかもしれない。

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