謙道の系譜①
野口綾子と面会の約束をしていると言う。
生長たちは、先ずは大楽孝毅に面会を申し込んだが、逃げられてしまった。今日は忙しくて会っている暇がないと言われてしまったのだ。幸い、今日は野口綾子が講義に来る日だと言う。確認を取ってもらうと会ってもらえることになった。
一向は大楽塾へ向かった。
「是非、ご一緒させて下さい!」と直方が同行を申し出た。歩いても直ぐの距離だったが、乗って来たミニバンで大楽塾に戻った。
受付で案内を請うと、応接室に通された。待つほどもなく綾子が、颯爽と姿を現した。男臭かった応接室がぱっと明るくなったようだった。
部屋に入った綾子は、思いの他に大人数であることに驚いたようだ。
綾子を一目見た西脇は、「ああ~」と声を上げた。テレビ局の敏腕プロデューサーである西脇は、クイズ番組に回答者として出演している綾子の顔を覚えていた。
「鬼牟田圭亮です」と圭亮が名乗ると、綾子は「はい。ニュース番組でお顔を拝見しています」と圭亮の顔を見知っている様子だった。
こちらこそ、テレビで見て、お顔はよく知っていますと西脇は綾子に言いたかった。
圭亮が調子に乗って右手を差し出そうとするのを、横から西脇が押しとどめた。握手に慣れていない日本人、特に若い女性は、いきなり握手を求められると面食らうことが多い。神経質な圭亮だが、海外駐在歴が長く、その辺の感覚が麻痺してしまっている。
「随分、賑やかですこと――」
開口一番、綾子が言うと、「すいません。もしお邪魔なようでしたら、我々は席を外します。ただ、鬼牟田先生だけは捜査協力がありますので、ご同席を許可頂きたいのですが、ダメでしょうか?」と西脇が如才なく言った。
「いえ、何も隠し立てすることはございません。皆様、ご一緒に聞いて頂いて構いません。何でも聞いて下さい」と綾子が朗らかに答える。
「では――」と生長が質問を始めた。
「野口さんは以前、東京にお住まいだったとお聞きしました」
「はい。こちらに参る前は、国分寺に住んでおりました」
「国分寺ですか・・・」生長が圭亮の顔を見る。
東京に土地勘のない生長は、豊島区と国分寺の位置関係がよく分からないらしい。生長に代わって圭亮が、「豊島区に親戚の方がいらっしゃったとか、仕事の関係でよく行かれていたとか、そういうことはありませんか?」と質問を引き取った。
「豊島区ですか・・・ええ、池袋にある予備校で、週に一度、講義を受け持っておりました」
「毎週、通われていた訳ですね?」
大楽塾に移って来る前、綾子は都内の大手予備校に勤務していた。池袋に予備校があって、週に一度、そこに通っていたと言う。豊島区に土地勘があった。
「はい。豊島区で何かあったのでしょうか?」
生長は圭亮と顔を見合わせてから、綾子の問いに質問で返した。「いえ。野口さんは西口周作という人物をご存じありませんか?」
豊島区で起こった殺人事件の被害者の名前だ。
「西口さんですか・・・」綾子は暫く考えて、「すいません。予備校には、たくさん生徒さんがいらっしゃいましたが、学校と違って、あまり親しくなったりしないものですから、名前を存じ上げない生徒さんがいたりします。予備校の生徒さんでしょうか?」と答えた。
「いえ、違います。予備校の生徒ではありません」
「予備校の関係者でしょうか?」
「いえ、違います」
綾子は首を傾げてから、「そうですか。プライベートで西口さんと言う名前の知人はおりませんでした」と答えた。
「野口さんはこちらにいらっしゃってから、どのくらい経ちますか?」
「先代の塾長が健在の頃に、こちらに呼んで頂きました。一年ちょっと、経ったところです」
「なるほど」と生長が頷く。
豊島区の事件当時、野口綾子は東京にいた。
「では、今年の三月四日ですけど、野口さんはどちらにいらっしゃいましたか?」
美祢市で田中陽介が殺害された日だ。
「三月四日ですか? ええと・・・」綾子は手に持ったポーチから携帯電話を取り出すと、スケジュールの確認を始めた。
携帯電話でスケジュール管理を行っているようだ。綾子の指の動き、動作のひとつひとつが優雅で、見ているだけで心地良かった。
「三月四日は小倉校で講義を行っています」
生長たちが事前に運営部に確認した回答と同じだった。
「小倉には何時頃までいらっしゃいましたか?」
「小倉ですか? そうですねえ~あの日は、確か、お昼を駅前の商店街で済ませてから、新幹線に乗って山口まで戻ってきました」
「ご自宅には何時頃、戻りましたか?」
「さあ、はっきりとは覚えていませんが、午後三時頃だったと思います」
「それを証明できる方はいらっしゃいますか?」
「証明ですか? ああ、母がパートを終えてから、夕方頃、マンションに顔を出しましたので、一緒に食事をしたと思います。それではダメですか?」綾子が眉をひそめながら答える。
「夕方まで、お一人で行動されていた訳ですね?」
生長の念押しに綾子は「はい」と不安そうに答えた。
検死の結果、田中陽介の死亡推定時刻は午後二時から四時の間だった。車を飛ばせば、田中陽介を殺害するチャンスがあったことになる。
生長の質問が続く。「野口さんは車をお持ちですか?」
「いえ、持っておりません。あちこちと飛び回っておりますもので、車を買うのは勿体ないかな~と購入していません。でも、母が少し離れたところに住んでいて、やっぱり車があった方が便利かな~と思い始めていて、運転が楽な軽自動車でも買おうかな~と最近、考えています」
やたらと語尾を伸ばしながら答える。
「運転免許はお持ちなのですね?」
「はい。免許は持っております」
免許を持っていれば、レンタカーを借りることが出来たはずだ。疑っている訳ではないが、綾子を容疑者から外すことはできなかった。




