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血塗られた大楽刀自  作者: 西季幽司
第三章「美しき容疑者」
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謙道の系譜①

 野口綾子と面会の約束をしていると言う。

 生長たちは、先ずは大楽孝毅に面会を申し込んだが、逃げられてしまった。今日は忙しくて会っている暇がないと言われてしまったのだ。幸い、今日は野口綾子が講義に来る日だと言う。確認を取ってもらうと会ってもらえることになった。

 一向は大楽塾へ向かった。

「是非、ご一緒させて下さい!」と直方が同行を申し出た。歩いても直ぐの距離だったが、乗って来たミニバンで大楽塾に戻った。

 受付で案内を請うと、応接室に通された。待つほどもなく綾子が、颯爽と姿を現した。男臭かった応接室がぱっと明るくなったようだった。

 部屋に入った綾子は、思いの他に大人数であることに驚いたようだ。

 綾子を一目見た西脇は、「ああ~」と声を上げた。テレビ局の敏腕プロデューサーである西脇は、クイズ番組に回答者として出演している綾子の顔を覚えていた。

「鬼牟田圭亮です」と圭亮が名乗ると、綾子は「はい。ニュース番組でお顔を拝見しています」と圭亮の顔を見知っている様子だった。

 こちらこそ、テレビで見て、お顔はよく知っていますと西脇は綾子に言いたかった。

 圭亮が調子に乗って右手を差し出そうとするのを、横から西脇が押しとどめた。握手に慣れていない日本人、特に若い女性は、いきなり握手を求められると面食らうことが多い。神経質な圭亮だが、海外駐在歴が長く、その辺の感覚が麻痺してしまっている。

「随分、賑やかですこと――」

 開口一番、綾子が言うと、「すいません。もしお邪魔なようでしたら、我々は席を外します。ただ、鬼牟田先生だけは捜査協力がありますので、ご同席を許可頂きたいのですが、ダメでしょうか?」と西脇が如才なく言った。

「いえ、何も隠し立てすることはございません。皆様、ご一緒に聞いて頂いて構いません。何でも聞いて下さい」と綾子が朗らかに答える。

「では――」と生長が質問を始めた。

「野口さんは以前、東京にお住まいだったとお聞きしました」

「はい。こちらに参る前は、国分寺に住んでおりました」

「国分寺ですか・・・」生長が圭亮の顔を見る。

 東京に土地勘のない生長は、豊島区と国分寺の位置関係がよく分からないらしい。生長に代わって圭亮が、「豊島区に親戚の方がいらっしゃったとか、仕事の関係でよく行かれていたとか、そういうことはありませんか?」と質問を引き取った。

「豊島区ですか・・・ええ、池袋にある予備校で、週に一度、講義を受け持っておりました」

「毎週、通われていた訳ですね?」

 大楽塾に移って来る前、綾子は都内の大手予備校に勤務していた。池袋に予備校があって、週に一度、そこに通っていたと言う。豊島区に土地勘があった。

「はい。豊島区で何かあったのでしょうか?」

 生長は圭亮と顔を見合わせてから、綾子の問いに質問で返した。「いえ。野口さんは西口周作という人物をご存じありませんか?」

 豊島区で起こった殺人事件の被害者の名前だ。

「西口さんですか・・・」綾子は暫く考えて、「すいません。予備校には、たくさん生徒さんがいらっしゃいましたが、学校と違って、あまり親しくなったりしないものですから、名前を存じ上げない生徒さんがいたりします。予備校の生徒さんでしょうか?」と答えた。

「いえ、違います。予備校の生徒ではありません」

「予備校の関係者でしょうか?」

「いえ、違います」

 綾子は首を傾げてから、「そうですか。プライベートで西口さんと言う名前の知人はおりませんでした」と答えた。

「野口さんはこちらにいらっしゃってから、どのくらい経ちますか?」

「先代の塾長が健在の頃に、こちらに呼んで頂きました。一年ちょっと、経ったところです」

「なるほど」と生長が頷く。

 豊島区の事件当時、野口綾子は東京にいた。

「では、今年の三月四日ですけど、野口さんはどちらにいらっしゃいましたか?」

 美祢市で田中陽介が殺害された日だ。

「三月四日ですか? ええと・・・」綾子は手に持ったポーチから携帯電話を取り出すと、スケジュールの確認を始めた。

 携帯電話でスケジュール管理を行っているようだ。綾子の指の動き、動作のひとつひとつが優雅で、見ているだけで心地良かった。

「三月四日は小倉校で講義を行っています」

 生長たちが事前に運営部に確認した回答と同じだった。

「小倉には何時頃までいらっしゃいましたか?」

「小倉ですか? そうですねえ~あの日は、確か、お昼を駅前の商店街で済ませてから、新幹線に乗って山口まで戻ってきました」

「ご自宅には何時頃、戻りましたか?」

「さあ、はっきりとは覚えていませんが、午後三時頃だったと思います」

「それを証明できる方はいらっしゃいますか?」

「証明ですか? ああ、母がパートを終えてから、夕方頃、マンションに顔を出しましたので、一緒に食事をしたと思います。それではダメですか?」綾子が眉をひそめながら答える。

「夕方まで、お一人で行動されていた訳ですね?」

 生長の念押しに綾子は「はい」と不安そうに答えた。

 検死の結果、田中陽介の死亡推定時刻は午後二時から四時の間だった。車を飛ばせば、田中陽介を殺害するチャンスがあったことになる。

 生長の質問が続く。「野口さんは車をお持ちですか?」

「いえ、持っておりません。あちこちと飛び回っておりますもので、車を買うのは勿体ないかな~と購入していません。でも、母が少し離れたところに住んでいて、やっぱり車があった方が便利かな~と思い始めていて、運転が楽な軽自動車でも買おうかな~と最近、考えています」

 やたらと語尾を伸ばしながら答える。

「運転免許はお持ちなのですね?」

「はい。免許は持っております」

 免許を持っていれば、レンタカーを借りることが出来たはずだ。疑っている訳ではないが、綾子を容疑者から外すことはできなかった。

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