久闊④
「あそこには何があるのでしょうか?」
圭亮が別館の玄関の前で立ち止まって、前方の庭を指差した。
屋敷の前に庭が広がっている。車寄せと屋根付きの駐車場があり、圭亮たちが乗って来たミニバンが隅に駐車してあった。他にも三台、車が駐車してある。一台は直方の車だろう。駐車場はそれでも半分しか埋まっていなかった。
庭は高いレンガ壁で囲われ、外から屋敷が見えないようになっている。庭の奥にはなだらかな小山があって、こちらは鉄柵で仕切られている。レンガ塀と鉄柵の境目にドアがあった。
「ああ、あれは通用門です。裏に塾の職員専用アパートがあって、通り抜けることが出来ます。通用門を抜けると、すべり台やジャングルジムなんかが置いてあるアパートの公園に出ます」
直方が横から補足する。「表通りに出るには、正門から塾の敷地を抜けて行けねばならないのですが、それだと香美ちゃんが学校に通うのに面倒なので、あそこの壁にドアをつけたのです。二度も門を通るのは面倒ですからね。暗証番号式になっていて、表通りに出るショートカットになっています。家政婦の長沼さんなんかも、バスで通って来ているので、あの通用門を利用しています。車だと、どうしても二度、門を通らなければならなくなります」
「ほ、ほう~となるとアパートを通り抜ければ、誰にも見とがめられずに、大楽家に侵入することができる訳ですね」
「はい。勿論、暗証番号を知っていることが条件ですけど」
「暗証番号を知っているのは、どなたですか?」
「屋敷の住人だけですよ。他人に教えると物騒ですし、必要ありませんからね」
「アパートの住人は?」
「無論、彼らにも伝えていません。必要ありませんから」
「じゃあ、犯行現場にご案内しましょう」
生長の言葉に浅井が玄関の鍵を空けた。孝毅から鍵を預かってきたと言う。
圭亮一行は別館に足を踏み入れた。締め切ってあるせいで、空気がかび臭く、重たく感じられた。
「こちらです」と浅井が階段を上って行った。
圭亮たちが後に続く。別館は孝毅夫婦が結婚してから建てられたものだ。直方は何度か遊びに来たことはあるが、二階に上がるのは初めてだと言うことだった。
別館とは言え、結構、広い。二階にも何部屋かあって、浅井はそのうちのひとつで足を停めると、「被害者の大楽玲さんはこの客間で殺害されていました」と言ってドアを開けた。
ドアの向こうには黄色い規制線が幾重にも張られてあった。
中を覗き込んだ圭亮が「うっ!」と呻く。
鑑識による証拠品の採取は終わっていたが、客間は犯行当時のまま保存されていた。黒ずんで変色しているが、生々しい血痕が部屋中に飛び散っていた。部屋の空気もどこか血生臭い気がする。
床にも血痕が飛び散っている。
西脇に藤代、それに直方まで加わって、鈴なりになって規制線の隙間から部屋の様子を伺った。
「被害者の大楽玲さんは、メイン・ベッド・ルームではなく、この客間で寝起きしていたのですか?」
「はい。大楽裕、ああ、直方さんの弟さんですが、彼が母屋に忍び込んで、勝手にベッド・ルームを使ってから、被害者は『汚らしい』と言って、寝室を使うのを嫌がって、客間で寝起きしていたようです」
生長の言葉に、「すみません」と直方が不肖の弟に代わって謝る。
「この部屋にも鍵が掛かっていたのですよね?」
「そうです。孝毅さんの証言によると、被害者は夫婦喧嘩をした時など、部屋に鍵を掛けて閉じこもることがあったそうです。屋敷は二重の壁に囲まれていますから、部屋に鍵を掛ける必要はなかったのですが」
「となると、犯人は被害者を殺害した後、部屋に鍵を掛けて、玄関にも鍵を掛けて出て行ったことになりますね」
「或いは、鍵が掛かっていたと孝毅さんが勘違いしているのかもしれません。被害者が発見された時は、玄関の鍵も部屋の鍵も掛かっていませんでした」
生長は孝毅を疑っているのかもしれない。
「孝毅さんが犯人なのでしょうか?」直方が心配そうに尋ねる。
「そう決めつけて捜査をしている訳ではありません。防犯カメラの映像を調べましたが、死亡推定時刻に正門を通った人間はいませんでした」
それも、通用門を使えば防犯カメラに映ることなく、屋敷に出入りすることが出来た。むしろ、孝毅が犯人だとすると、防犯カメラに映るようなヘマはしないだろう。
「そうですか・・・孝毅さんが犯人なら、鍵が掛かっていたと嘘をつく理由が分からないような気がします」
「それは、やはり自らの犯行を誤魔化す為でしょう。鍵が掛かっていたことにして、犯人は別にいると見せかけようとした」
「そうですね。でも、反対に孝毅さんの容疑を深める結果になってしまっていますね」
「ああ・・・そうです。確かに――」
生長が考え込む。確かに、鍵が掛かっていたと嘘をつくことは、自分自身の為になっていないようだ。
圭亮は人並み外れた観察力を持っている訳ではない。そのことを十分、自覚している。血の匂いの混じった淀んだ空気に胸が悪くなってしまったようだ。西脇と藤代は血眼になって、犯行現場を観察していたが、圭亮は急に押し黙ってしまっていた。
無口になってしまった圭亮に気がついて、生長が言った。「相変わらず犯行現場が苦手のようですね」
「すいません。どうも血の匂いが苦手なものですから」圭亮が言い訳をする。
「では、現場の検証はこれくらいでよろしいですか?」
生長の問いかけに、圭亮は「どうもありがとうございました」と頭を下げた。西脇と藤代は、残念そうな表情を浮かべた。
できることなら、テレビ・カメラに収めておきたかった。無論、そういうことをすると、生長たちとの協力関係をぶち壊しにしてしまう。世慣れた西脇だ。そのことを十二分に理解していた。




