初・魔獣戦
「よし、まずは説明からだ」
森の入り口、湿った空気の中でガロンおじさんが膝をついて地面を指さした。
「今回の魔獣は“クレイボア”。猪型の魔獣でな、こいつが厄介なのは――土魔法を使うことがあるって点だ」
「……魔法、使うの?」
「おう。突進しながら土を爆ぜさせたり、地面から岩を生やしたりだ。全部が全部ってわけじゃねぇが、今回の個体は、使ってくると思ったほうがいい」
(……マジか。なんで俺、そんなの相手にする流れなんだよ)
「ちなみにだな」
ガロンおじさんは、まるで焼き魚の骨を取るみたいなノリで続けた。
「隠れて近づいて、一撃で仕留める。これが今回の作戦だ」
「……それ、もしバレたら?」
「お前が囮になって、全力で逃げ回れ」
「いやいやいや、それ俺がやられちゃうじゃないですか!」
「大丈夫だ。お前の逃げ足なら絶対逃げられる。だてにずっと走らせてねぇ」
ニカッと笑うガロンおじさん。
(この人ほんとに、俺の命を軽く見積もってるよな!?)
でも、心臓の奥が――ドクンドクンと高鳴ってる。
怖いけど……それ以上に、ゾクゾクする。
(これが……“本物”の狩りか)
魔獣は、人を襲う。
そして繁殖する。
放っておけば、村にだって被害が出る。
必ず仕留めないと。
「よし、行くぞ。アレン、気配を殺せ」
「了解っ……!」
低く構えて、森へ――。
緊張感が肌を刺す。
「……森が静かだ。やつが、いるぞ」
ガロンおじさんが、小さな声で呟いた。
俺は息を止め、草陰に身を沈める。
そして――見つけた。
木々の間をゆっくりと歩く、巨大な影。
全身が土色の毛で覆われ、岩のような背中をしている。
その口元から、ありえないほど長い牙が突き出ていた。
(でけぇ……! あんなんに突っ込まれたら、俺の体、バラバラになるぞ……)
ガロンおじさんが静かに動いた。
手にしているのは、いつもの狩猟弓とは違う――一回り大きな、漆黒の弓。
矢も、鉄でできている。先端が太く、重く、まるで杭のようだ。
(あれ……どんだけ重いんだ?)
だがその太い腕で、ガロンおじさんはすっと弓を引いた。
流れるような動き。だけど、その腕には凄まじい力が込められている。
音は、一切しない。
魔獣――クレイボアはまだ気づいていない。
――パシュ。
静かに放たれた矢が、空を裂いて一直線に飛んだ。
その質量、まさに圧倒的。空気ごとねじ伏せるような力だった。
(仕留めた!)
そう思った、瞬間だった。
ゴゴッ!
地面がうねる。
そして、『ドゴン!』と音を立てて、岩の壁が突如として現れた。
鉄の矢はその岩に『ズガンッ!』とめり込む。
「ギャアアアァァァ!!」
(やったか……!?)
岩を貫通していた。だが、傷は浅い。
奴は怒りに震え、四肢を踏み鳴らし始める。
「……作戦変更だ」
ガロンおじさんが俺の方を見て、低く言った。
「動きながら、あいつを狙え。俺も援護する」
(ついに、俺の出番……!)
弓を構え、足に魔力を込める。
――死ぬかもしれない緊張の中、それでも体が熱くなるのを感じていた。
(やってやる。あいつの肉は、絶対俺が喰う!)
「喰らえぇっ!!」
俺は弓を引き絞り、魔力を込めて矢を放った。
ビュオンッ!
だが――
カンッ!
矢は、クレイボアの分厚い皮膚に当たって、弾かれた。
(……刺さらねぇ!?)
俺も身体強化をかけてる放ってる。
筋力だって、普通の大人よりあるはずだ。
(なんだよ……こいつ、どんだけ硬ぇんだよッ!)
そのとき――
「危ねぇぞ、アレンッ逃げろ!」
ガロンが叫んだ。
思わず俺は離れるように走る。
クレイボアが牙をむき出しにして、師匠へ突っ込んでいく。
『ズドンッ! ドドドッ!』と地響きを立てながら暴走するその姿に、思わず俺は声を飲んだ。
けれど――
「……遅ぇよ、豚野郎」
ガロンおじさんは軽やかに跳び上がった。
空中で、くるりと一回転しながら姿勢を整え、
そのまま――空中で矢を構え、
放った!
ズガンッ!!
鉄の矢が、クレイボアの背中に深々と突き刺さった。
「ギャアアァッ!!」
魔獣が悲鳴をあげてのたうち回る。
(す、すげぇ……師匠、まじで人間やめてる)
でも、俺も止まらない。
「くそっ、今度こそッ!」
矢をつがえて、何本も何本も、放ち続けた。
(俺だって……当ててやる! 効かせてやる!)
けど――
カンッ! カンッ!
何本打ち込んでも、矢は分厚い皮膚に弾かれた。
(やっぱダメだ……こいつの体、固すぎる! 俺の力じゃ、皮膚を貫けない!!)
そのとき、視界の隅で――一瞬だけ、あいつの顔がこちらを向いた。
ほんの一瞬。
目が合った。
(……なら、目だ! 目なら柔らかい……!)
「狙え……落ち着け……!」
息を深く吸い、震える指を抑えて、矢をつがえる。
クレイボアがまた咆哮を上げ、突進の態勢をとる。
その目がギラリと輝いた、その瞬間――
「今だぁっ!!」
ビュオンッ!!
矢は、まっすぐその目を――
ズガッ!
見事に射抜いた。
「ギャアアアアァァァッ!!!」
クレイボアが狂ったようにのたうち回り、木々をなぎ倒しながら絶叫する。
(やった……効いた! 俺の矢が、通った!)
その瞬間、全身に電気が走るような達成感があった。
クレイボアがこちらを向き、牙をむく。
クレイボアの怒りを向けられているのがわかる。
そして――前足を踏み鳴らすと、『ズドッ!』という音と共に、
バキバキッ!
地面から、鋭い岩の礫が何発も空中に打ち上がり、
俺めがけて、『ビュンビュン!』飛んできた!
「うわっ、そんなんアリかよ!!」
全力で身体強化をかけ、『ダッ!』と飛び退き、木陰へと飛び込む。
後ろで木が『バリバリッ!』と砕ける音がした。
(やばいやばいやばい……! マジで殺しにきてる!)
――その瞬間。
「アレン、伏せろ!!」
師匠が再び動いた!
師匠の怒鳴り声が響いた瞬間、俺は反射的に地面に飛び伏せた。
ズガンッ!!
空気が震えた。
ガロンは全身の筋肉をみなぎらせ、最後の矢を構える。
今までで最も太く、重そうな鉄の矢。
その剛腕が、迷いなく弓を引き絞る。
そして――
「終わりだッ!!」
バシュウゥッ!!!
空気が悲鳴を上げるような音とともに、矢が放たれた。
それはまさに、雷のような一撃。
飛んだ矢はクレイボアの額を、真正面から――
ズドォォォンッ!!
貫いた。
「ギ……ギャアァ……ッ」
巨体がぐらりと傾き、
『ドシャアッ!』と大地を揺らして倒れた。
もう、動かない。
俺はしばらく呆然と見つめていた。
(……倒したんだ。あれを……)
「アレン」
気づけば、ガロンおじさんが俺の肩に手を置いていた。
その顔には、珍しくやわらかい笑みが浮かんでいる。
「よくやった」
「……ほんとに、俺、やったのか……?」
「おう。逃げて、狙って、最後まで立ってた。お前がいなきゃ、この狩りは成り立たなかった」
胸の奥がじんわり熱くなる。
(……俺、ちゃんと“戦えた”んだ)
すると視界の端に――ふわりと例の“それ”が現れた。
(……来た!)
青白い光の粒が集まり、空中に文字が浮かび上がる。
《スキル獲得:精密射撃》
(やっぱり……あの一矢、無駄じゃなかったんだ!)
拳をぎゅっと握りしめて、俺は叫んだ。
「よっしゃあああああっ!!」
こうして俺の初めての魔獣狩は成功に終わった
【ステータス】
名前:ルクス
年齢:8歳
種族:人間(村人)
職業:狩人見習い
出身:ユレリ村
現在の欲望:魔獣の肉を食べる
スキル:弓術 、解体術、矢製作、身体強化、精密射撃 New!