祝宴の灯と出会いの光
「――よし、まずは血抜きだ」
ガロンおじさんはクレイボアの巨体に近づき、ナイフを抜くと、首元に指を突っ込んでなにやら探る。
「……ここだな」
グサッ!
鈍い音とともにナイフが深く突き刺さる。次の瞬間――
ドシュウゥゥ!!
真っ赤な血が勢いよく噴き出し、地面を濡らした。
「アレン、ロープ! 木にかけるぞ」
「は、はい!」
二人がかりで足に縄を通し、隣の太い木に引っ掛けてぐいっと引っ張る。
ドシンッ!
逆さ吊りになった魔獣の体から、まだ温かい血が滲み出し続けている。
「……魔石はどこにあるかな」
おじさんは首元の奥に手を突っ込み、指でぐりぐりと何かをつまみあげると――
パキン
青白く輝く“魔石”が取り出された。
「おお……」
「でかいな。こいつはいい値で売れるぞ!」
「これが……」
(たしか、魔獣の心臓の近くにできるやつだったな。魔力の核とかなんとか)
(これが金になるんだ……すげぇ)
「……で、なにニヤニヤしてんだ。食うぞ」
「え、ここで?」
「おう」
おじさんはナイフで、クレイボアの腿肉をズバッと切り取る。赤黒くて、脂の乗った肉。まだ湯気が立ってる。
「焼くぞ。薪の準備をするぞ」
乾いた薪を組み、火打ち石で火を起こすと、すぐにパチパチと焚き火が燃え上がった。
じゅうぅぅぅ……
串に刺さった魔獣の肉が、炎の上で音を立てて焼ける。滴る脂が火に落ち、白い煙がふわっと漂った。
「……うわ、いい匂い」
「腹減ってんだろ。最初のひとかけ、やるよ」
焼き上がった肉を片手に渡され、熱いのを我慢して一口かじった。
ジュワッ……!
噛んだ瞬間、旨味と肉汁が口いっぱいに広がる。
「うっま……!」
口いっぱいに広がる香ばしい香りと旨味が爆発する。
(……なにこれ……クソうまい……)
「……やべぇ」
「だから言ったろ。でも食いすぎんなよ。肉、運ぶときに吐くぞ」
「うっ……それは……嫌かも……」
腹に火がついたみたいに、もっと食いたくなったけど、我慢した。
軽く笑い合ったあと、俺たちはクレイボアを手際よく解体し、大きな葉で肉を包む。なんでも、この葉っぱは抗菌効果があるらしく、村のあちこちに自生してる便利なヤツらしい。
「なるほど……ほんと、勉強になるな」
ガロンおじさんは巨大な皮袋に肉を詰めて背負い、俺も包んだ肉を両手いっぱいに抱えて帰路に就いた。
獣の血の匂いがまだ鼻にこびりついてるけど、それもなんか……悪くなかった。
「おーい、仕留めたぞー!」
――村に戻った俺たちを待っていたのは、爆発するような歓声だった。
そして――村に着いたその晩。
ドンチャン騒ぎの大宴会が始まった。
「うおおおおっ! ルクスが仕留めたぞォォォ!」
「これが……クレイボアの肉か!?」
「柔らけぇぇぇ!!」
焚き火の上でじゅうじゅうと焼ける肉。脂が滴り、香ばしい香りがあたりに広がる。
村人たちが酒を回しながら笑って、踊って、肉を頬張る。
俺も輪に加わって、でっかい肉の塊にかぶりついた。
(ああ……最高だ)
火照った顔で、ふと見上げた夜空。星が、やけに綺麗だった。
「いいかお前らァァァ!!」
焚き火の中心で、ガロンおじさんが酒瓶を片手に叫んだ。
「今日の主役は――ルクスだ!!」
「うおおおおっ!!」
周りの村人たちが、口々に俺の名を呼んで、笑って、祝ってくれる。
「いや、あの……そんな、俺は別に……」
「なに照れてんだバカ野郎! あのクレイボアの目を射抜いたのは誰だ!? 目だぞ!? あんな狭ぇ標的に、一発だ! 大したやつだよお前は」
と、頭をわしゃわしゃに撫でられる。
(ちょ、ちょっとやめてくれ……!)
「師匠のほうが、全然すごかったのに……俺なんて、まだまだですよ……」
そう言うと、ガロンおじさんは「謙虚かよ」と笑いながら酒を煽った。
焚き火の向こうから、やたらとでかい声が響いた。
「うちのルクスはすごいぞー!」
父親だった。
酔っ払って顔は真っ赤、手にはでっかい肉と酒瓶の両方を握っている。どうやら村人相手に自慢話を延々と繰り広げてるらしい。
「昔から足が速くてなあ! ほら、お前、あのとき猪を追っかけ回して……な、なあ!? おい、聞いてるか? 聞いてくれって!」
(また始まったよ……)
思わず頭を抱える。
いつもは飲んでもそんなに騒がないくせに、こういうときだけ妙にテンション高いんだよな、この人。
(あー、はいはい。俺のこと“育てたのは俺だ”とか言うんでしょ。知ってる知ってる)
「それでなっ、ルクスが弓をこう、ググッと引いて、魔獣の目をズドン! って! わかるか!? おーいきいてるか!」
(はいはい、父ちゃんは今日も調子いいな……)
そんな様子を、俺の隣で見ていた母さんが――
「ふふっ……でも、ほんとにすごいわ、ルクス」
目尻をうっすら濡らしながら、優しく笑っていた。
「怪我しないで、ちゃんと帰ってきてくれて……こうして、みんなに祝ってもらえて……ほんとに、よかった……」
そっと俺の頭を撫でながら、肩をポンと叩いてくる。
(うわ……やめろ、そんな優しいの……泣いちまうだろ)
火の粉が舞い、肉の香ばしい匂いが空気を包む。
ふと、目をやると――教会の白衣をまとった人たちも輪に加わっていた。
(あれ……あの子、いるかな)
俺がいつもすれ違うたびに、こっそり目で追っていた――見習いシスターの、あの子。
目をこらして、焚き火の向こう。
(……いた)
控えめにパンを皿に乗せて、そっと他のシスターの後ろに立ってる。
(……くっそ、かわいい)
でも、声をかけるなんて、勇気がいる。だってあんなに清楚で、優しそうで、神に使える人で――
(……でも)
今世では、俺は“欲望のまま”に生きるって決めたんだ。
やりたいことがあるなら、やる。
食べたいなら、食う。
話したいなら――話しかける。
俺は、ぎこちなくその子の前に立った。
「や、やあ……」
「えっ……あ、こんばんは」
ちょっと驚いた顔。でも、すぐにふわっと笑ってくれた。
「楽しんでる?」
「さっきのクレイボア、俺が目を射抜いたんだ」
「すごいですね」
彼女の目がぱっと開かれ、少しだけ頬が赤くなった気がした。
「いつも村の外で一生懸命訓練してらっしゃったから……なんだか、納得です」
「えっ……俺のこと、知ってたの?」
「ええ。元気いっぱいで、よく走ってたから」
(うわ……バレてたのか。でも、なんか……めっちゃうれしい)
「じゃあさ、ぜひ食べてよ。この肉。俺が持って帰ってきたんだ」
「え、でも……」
彼女の視線が、ちらちらと教会の上役――司祭様の方へ向けられる。
「すみません! この子に、俺の肉を食べてもらいたいんです。だめですか?」
声を張って問いかけると、司祭様は焚き火の向こうからにっこり笑って、
「もちろん。行ってらっしゃいな、ルクスくん」
「……ありがとうございますっ!」
「じゃ、行こっか」
俺が差し出した手を、彼女は恥ずかしそうにそっと取った。
二人で焚き火の近くに戻り、焼き上がった肉を受け取って並んで座る。
「……そういえば、まだ名前、聞いてなかったよね」
「そうですね。わたし、“フィリア”っていいます」
「フィリア……いい名前だな。俺はルクス。よろしく」
「はい。ルクスくん、ですね。こちらこそよろしくお願いします」
静かな焚き火の音を聞きながら、肉を食べて、笑って、話す。お互いのことを少しずつ話しながら――夜は穏やかに、やさしく過ぎていった。
(なんだろう、少しだけ、前に進めた気がする)
この夜、俺は“狩人”としてだけじゃなく――“少年”としても、一歩踏み出したのかもしれない。
――焚き火が、パチッと音を立てた。その音とともに、俺の物語はまた、ひとつ進んだのだった。
【ステータス】
名前:ルクス
年齢:8歳
種族:人間(村人)
職業:狩人 New!
出身:ユレリ村
現在の欲望:魔獣の肉を食べる
スキル:弓術 、解体術、矢製作、身体強化、精密射撃
※フィリアの画像はイメージです




