いやマジで死ぬかと思ったけど?
俺が目を覚ましたって噂は、すぐに村中に広まったらしい。
その日の昼過ぎ、教会の部屋に――あの二人がやってきた。
「ルクス……っ!」
最初に飛び込んできたのは、レティだった。
目は真っ赤に腫れて、まぶたがぽってりしてる。明らかに泣きはらした顔だった。
「ほんとに……ほんとに、生きてて……よかった……!」
俺の手をぎゅっと握って、ぐしぐし涙を拭きながら、顔をくしゃっと歪めて笑ってる。
その泣き笑いが、なんだかもう反則だった。
(……なんか、こっちが泣きそうなんだけど)
あのとき、もし俺がほんとに死んでたら――絶対後悔させるとこだったな。
少し遅れて、ドアの向こうからひょっこり現れたのは――
「おう、思ってたより元気そうじゃねぇか」
ガロンおじさん。いつも通りの軽い調子で言いながら、部屋に入ってきた。
でも、その足取りには、ほんの少しだけ、安堵がにじんでた。
「フィリアのおかげで元気になりました。天国に観光に行きそこねましたよ」
軽口を返すと、ガロンはふっと笑い、そして急に真面目な顔になった。
そのまま俺のベッドのそばに腰を下ろすと、低い声で言った。
「……お前が、立派に洞窟の入口を守ってくれたおかげで助かったよ」
「あの時――外で何があったか聞かせてくれ」
俺はこくりと頷いて、あの日の出来事を順番に話していった。
◆
俺は、少しだけ目を閉じて、頭の中を整理する。
(……あれはマジで、地獄だったな)
「んー……まず最初すごくヒマだったんだよ」
「……は?」
「いや、だってさ。レティと師匠が洞窟ん中に入ってくじゃん?
俺は外で待機って言われてさ。最初の五分くらいは“戦いの前の静けさ”とか思ってたけど……あとはずっと、“ヒマ”だった」
「……」
「でもね、やっと来たんだよ。ホワイトゴブリンが2体、雪を蹴って戻ってきた。
そんで、軽くひねってやった。鼻歌まじりで」
「調子のってたら――なんか、光った」
「光った?」
「そう、地面の石がね。五つ並んでて、順番にピカピカと。
“おっ、オシャレなイルミネーションか?”って思った次の瞬間、ゴブリンがね……」
「……出たのか」
「出た。ホブゴブリン、しかも――12体」
「っ……!」
「目、合っちゃってさ。
“あ、やべぇ”って顔してたら、あっちも“あ、いた”って感じでさ」
「で、当然襲ってきたから、矢をとりあえずブッ放して。2体くらい倒せたかな?
だけど……数が多すぎて」
「距離取らなきゃヤバいって思って、身体強化で一気に後ろ下がった。
そしたら、めちゃくちゃ追ってくる」
「で、よく見るとさ、あの群れの中に……妙に腹がでかい、ゴブリンのメスが一体混じってたんだよ」
「なんか……他のやつらが、そいつの前に立つように動いててさ。
妙だなって思って、ちょっと観察したんだ」
「で、ピンと来た。あれ、多分――“次のマザー候補”だ」
「つまり、あのメスを守りきれれば、群れとして再建できる。だから、あいつらは本能的に庇ってた」
「でさ、そのメスが……こっちじゃなくて、洞窟の方向に動き出したの」
「そのとき、ゾッとしたよ。洞窟には師匠たちがいる。
そっちに誘導されたら、俺は外、師匠たちは中で、挟み撃ち――終わりじゃん」
「だからもう、迷ってる場合じゃなかった。
あいつを逃がすわけにはいかねぇって判断して、矢を集中させた」
「庇われながらも、距離を詰めて、狙って狙って……最後の一本でようやく倒した」
「そしたら、キレた。ゴブリンどもが全員、捨て身で突っ込んできて――」
「矢はもうなし。弓も捨てて、地面に転がってた棍棒拾って応戦」
「……近接、互角だった。普通に絶望した」
「で、他のやつらも走ってきて、囲まれそうになったから――使った」
「オリジナル魔法。名付けて、“空気圧砲”。風魔法の応用版ね。
ドカンとぶっ放して、何体か吹っ飛ばした」
「でも……あの時点で、もう魔力が限界だった」
「そこからは、身体強化だけでゴリ押し。が、当然ボコられた。
棍棒で頭ぶたれ、腹引っかかれ、もう死ぬってなったけど……なぜか立ってた。気合と根性で」
「で、そっから先は……気づいたら布団の上でした。ちゃんちゃん」
話し終えたあと、室内はしばし沈黙。
ガロンが腕を組み、ぽつりと呟いた。
「……よく頑張ったな」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
「いやマジで……よう生きてたな、お前……」
その声には、呆れと、ちょっとだけ――尊敬が混じってた。
◆
すべてを語り終えたあと――ガロンはしばらく黙っていたが、ぽつりと口を開いた。
「……お前が言ってた石あれは間違いなく魔物を転送する魔道具だ」
(やっぱりな。ああいうのは“転移魔術”って相場が決まってる)
五つの石が順番に光って、魔物が出てくる――
前世だったら、あれは確実に「壊せ」って合図だ。
でも、ふと考える。
(ああいうのってさ、だいたい“魔王の幹部”とかがやるもんだろ)
(でも、それならさ――わざわざゴブリンを送るっての、なんかショボくないか?)
(もっとヤバいやつ……火吹く獣とか、でっかい虫とか、なんなら幹部本人が乗り込んでくるパターンもあるだろ)
(……まあ、ほんとに出てきてたら、俺もう死んでたけどな)
(にしては、妙に中途半端なんだよな……)
(……ていうか、そもそもこの世界に“魔王”とかいるのか? 誰か聞いたことある? 俺はない)
考えてもよくわからんが、とりあえず――今回はギリギリ助かった。それだけは事実だ。
そして、ガロンはふっと息を吐いて、真っ直ぐに俺を見た。
「……ルクス、お前はこの地方を守った英雄だよ」
「……え?」
「最近、魔物がちょいちょい湧くって話はあったが……理由がわからなかった」
「けど、お前が見つけたあの転送陣――あれが原因だったと考えて間違いねぇ。
あれがまだ動いてたら……この村も、隣の集落も、もっと被害が出てた」
「誰も気づけなかった中で、お前が気づけたおかげで止められたんだ。あの状況で、よくやったよ」
その言葉が、まっすぐ胸に突き刺さった。
(……俺が、英雄?)
一瞬、胸がぐわっと熱くなる。
実感は、まだあんまりない。でも――言われて、嬉しかった。
「へへっ……そんな大げさな……って思いたいけど、うん、正直ちょっと嬉しいかも」
顔がニヤけてくるのを、どう頑張っても止められない。
その俺の顔を見て、レティがくすっと笑った。
(……うん、悪くない。いや、めっちゃ嬉しい)
静かで、あったかくて――どこかくすぐったいような時間だった。




