風と弓と鹿
さてさて、冬といえばなんでしょうか。
俺たちの村では――鹿です。
というわけで、今日は鹿狩りに来ている。メンバーは俺、師匠、レティの三人。冷え込む山道を進んでいく。
(鹿肉は癖がなくて食べやすいらしい、ジビエですぜ、早く食べたい!)
俺が風魔法で「風除け」の結界を展開しているおかげで、寒さはだいぶ和らいでる。
レティは、あったかいのか俺の手をずっと握ったまま離さない。
「ルクス、あったかい……えへへ」
にこにこ笑うその顔に、俺はつい見惚れてしまう。
(……かわいいかよ)
最近レティのことも気になっている自分がいる。
ちなみに師匠にも同じく風除けを張ってるが、こっちはちょっと苦労する。
距離が開くと維持がキツいんだよな。だから、なるべく固まって行動する。
そんなときだった。
「……いたぞ」
師匠が手を上げて、前方を指差す。
木々の向こう、雪原の端に――群れだ。鹿の群れ。それも、デカいのがいる。
(……あれ、全部当しとめられたら何日分の肉になるのだろうか?)
師匠がニヤリとこっちを見て、口を開いた。
「腕前、見せてみろ。ルクス」
「おっけーです、師匠」
ギザトロンの弓、まだ使ってなかったから今日はこいつの初陣だ。
矢は一本。しかも距離、めちゃくちゃ遠い。軽く500メートルくらいはある。
(普通なら、当てるとか無理ゲーだろ)
でも――
「……なんか、当てられる気がするんですよね」
「……へぇ?」
師匠が面白そうに笑った。
「当てられたら小遣いやるよ」
「それ、約束っすよ?」
俺はギザトロンの弓を構える。
矢に「風除け」をかけ、さらに自身にも身体強化を展開。筋肉がギュッと締まり、背筋がバネみたいに張る。
そして、集中。
(精密狙撃ちゃん、頼んだぞ)
目標は群れの端にいた、デカい一頭。
放物線の描き方をイメージして――
「はっ!」
放った。
ヒュウウウウ――ッ!
矢は放物線を描きながら、まるで風に乗るように飛翔していく。
そして――
「……刺さったよルクス!」と
ルクスの姿を見ていたレティがぱあっと目を輝かせる。
でも、鹿はまだ倒れていなかった。
腿に刺さっただけで、びっこを引きながら逃げようとしている。
「まだだっ!」
俺はすかさず二射目を装填。
風除けと身体強化を再展開し、今度は矢先を脇腹に向けて放つ。
――ズドン!
鹿は、その場に崩れ落ちた。
微かに雪煙が舞い、周囲が静まり返る。
そして――
「すっごい……」と、レティがぽつり。
師匠が、「……あれ、俺の出番なくねぇか?」とぼやくのだった。
(いや、今日だけは許してくれ師匠。俺、今、めっちゃテンション上がってんだ)
……今夜の鹿肉、最高にうまい予感しかしないぜ!
◇
鹿の血抜きをする。
(この鹿、めちゃくちゃ重い)
棒で担いで帰るのは無理そうなので解体するしかないな。
血抜きを待っている最中、レティが小高い丘でしゃがみ込んで遠くを見ている。
俺に声をかけてくる。
「……ねぇルクス、あれってなあに?」
「ん?」
顔を上げて、レティの指差す先を見た。
雪がうっすら積もる丘の向こう――真っ白な景色の中に、なにか“白いもの”が動いてる。
(うさぎ……? にしちゃデカいような)
それも、よく見ると――
「……あれ、二足歩行じゃないか?」
思わず師匠のほうを見た。
「師匠、あれ……」
めんどくさそうに振り返って、ちらっと見ただけの師匠が、ピタリと動きを止めた。
「……嘘、だろ」
「え?」
「なんですか、あれ」
俺が問うと、師匠はゆっくりと目を細めたまま、低く呟いた。
「……ホワイトゴブリンだ」
ぞくり、と背筋が冷える。
(ホワイトゴブリン……って、魔物じゃねぇか)
白い雪原に溶け込む、魔物。
寒冷地に現れる種だって、本で読んだ。
「まずいな……この辺に巣がある可能性がある」
師匠がゆっくりと手を組んで考える。
レティは俺の腕にぴったりくっついたまま、ぎゅっと服の裾を握りしめていた。
(こりゃ……ただの狩りじゃ済まねぇかもしれねぇ)
冷たい風の中、空気が急にぴりつき始める――。




