利根川の東遷
星川の灯籠流しが始まる。
『それはそうと、今頃修験者は江戸川に入ったかな?』
星川の灯籠流しの夜に木暮君が言っていた。
『舞姫の供養までは約一ヶ月後か? そろそろだな』
それに合わせて瑞穂が答える。
『コンパクトが無いから大変じゃない?』
木暮君は瑞穂を気遣ってくれていた。
『みずほのコンパクトが俺の霊感を呼び覚ましてくれた。でも今は修験者が持っていてくれる。みずほの霊も安心していられるんしゃないかな?』
『ん!?』
『みずほは今まで俺の霊感に振り回されてきたからな。実は俺が最初に霊を見た時、其処に居たのはみずほみたいなんだ』
『何の話だ?』
『みずほの通夜の日、気が付くとお祖母ちゃんが俺の手を握り締めていたんだ。俺の恋人として、みずほを初めて紹介したのはお祖母ちゃんだったからね。お祖母ちゃんは、俺が好きなのは小さい時から何時も一緒にいた千穂だと思っていたいたようだ』
『やはり、だね。実は俺もそう思っていた』
『でもみずほの優しさを目の当たりにして、安心したように俺に言ったんだ。『これで、思い残す事はなくなったわ』と――』
『おいおい。瑞穂のばっちゃん、まだピンピンしているぞ』
木暮君は笑いながら言った。
『そ、そうだね』
瑞穂も笑い出したが、気を取り戻したようだ。
『でも俺は、もっともっと長生きしてほしいと思っていたら、『みずほちゃん綺麗ね』ってアルバムを見てお祖母ちゃんが言ったんだ』
瑞穂はみずほちゃんの通夜の日の出来事を木暮君に語り始めていた。
『小さなみずほはお花畑の中で微笑んでいた。大きなみずほは俺の隣で微笑んでいた。その屈託のない笑顔はもう見られない。と思ったら急に胸が締め付けられて、俺は再び悲しみの中にいたんだ。その時、『あっ!』って突然お祖母ちゃんが変な声を出した』
『ばっちゃん、何か思い出したか?』
『うん。『この子よ。トイレに居た子は』って言った俺は俺はその言葉が、みずほのイトコの女の子に向けられたんだ思った。実はみずほのイトコは運動会の日にお漏らししてしまって、みずほからズボンを借りたんだ』
『そうか。だからリレーの時みずほブルマだったんか?』
『そうだよ。だから『あっトイレのことはなし、傷付くと思うから』って言ったんだ』
『みずほもだけど、お前も優しいな』
『でもお祖母ちゃんは『そうか、やっぱり気付いていたのね』って言った。お祖母ちゃんはアルバムをめくって、子供の時の写真ページを開きながら『あんなに追い掛けていたんじゃ当たり前か?』ってお祖母ちゃんがポツリと言ったのに俺には何のことだか解らなかった』
瑞穂は木暮君に一番気にしていることを話そうとしていた。一瞬躊躇ったみたいだけど……
『だから『お祖母ちゃんさっきから何言ってるの?』って聞いてみた。するとお祖母ちゃんは俺に、アルバムにある一枚の写真を示した。『この写真よ。私は覚えがある』お祖母ちゃんはそう言いながら、俺に意外な話を始めたんだ。トイレに居た女の子とは、みずほのことだった。俺が再びオムツを着けるきっかけになった』
『そう言えば瑞穂、保育園の時オムツを着けていたね』
木暮君は思い出したのか肩を少し上げた。きっと笑いを堪えているのだろうと思った。
『仕方なかったんだ。あのデパートでのトイレ事件の後だもの。『女の人が頭から血を流している』と言った俺。でも実際は可愛い女の子だった……『この子は、あの時トイレに居た子よ』お祖母ちゃんはそう言った』
(そう言えば確か……お袋には見えていなかったんだっけな)
それはまだ妻が生きていた頃だ。俺はあの時のことを思い浮かべて泣きたくなっていた。
『お祖母ちゃん言っていた。『其処に居たのは、可愛らしい女の子だった』と。俺はだんだん思い出していたんだ。だとしたら……あの女の人は……みずほが頭から血を流して死ぬ。そのことを俺に見せていたのだろうか? と』
瑞穂がそう言った途端に木暮君が抱き付いてきた。
『止めろよ、木暮。気色悪い』
瑞穂は抵抗した。それでも木暮君はそのままだった。
『その暗示を俺は無視していたのだろうか? もしそうだとしたら、みずほを死に追いやったのは自分かもしれない。俺はみずほに許しをこうていた。あまりにも未熟な霊感のために、みずほを追い詰めてしまったことを……』
瑞穂は本当は木暮の行為が嬉しかったようだ。だけど、物凄く恥ずかしくてならなかったのだ。
俺は木暮君の思い遣りに泣かされた。だから尚一層、木暮君の抱えた哀しみが胸を締め付けていた。
俺は木暮君のお兄さんも奥さんのことも知らない。勿論流産したこともだ。
でも、木暮君のお兄さんが変死したことは知ってる。確かデパートの従業員用のエレベーターの前で首が落とされた状態で発見されたと聞いている。
俺はその頃には警視庁を辞めていたので詳しい経緯は判らない。
だけど一応知人の刑事に聞いてみたことがある。それはどうやら殺人事件のようなのだ。
『関係者の話だと、首にチェーンが掛かっていたそうだ。どうやらそれで殺られたらしい』
俺がいくらかっての同僚だとしてもそれくらいしか聞き出せなかった。つまり、チェーンが挟まった状態でエレベーターが移動したってことらしい。一瞬、とあるホラー映画を思い出しで身の毛が震えた。そんな惨たらしい殺され方をした木暮敦士さんのことが気になった。
木暮君のお兄さんは地元の介護施設で働いていたようだ。昔から歌が上手くて、従業員とバンドを組んで入所者達を楽しませていたそうだ。
偶々其処を訪れた人の目に止まってプロの道に誘われた。とは言ってもまだインディーズだ。
レコーディングスタジオで録音したデモテープやCDをライブ会場で売りながら実績を上げ、メジャーデビューした。今もそうだが、その頃もヒットさせるのは至難の技だったようだ。
彼の歌声は定評があって、ライブ会場を訪れた人を魅了した。
ところが、第二段の発売記念イベントの日に事件が起きてしまったようだ。
あの頃の木暮君の落ち込み様は瑞穂から聞いて知っていた。
木暮君は大好きだったサッカーも辞めてしまったそうだ。
それくらい意気消沈していたのだ。ふと俺が味合わされた身悶えするほどの辛苦を思い出した。
俺が妻を殺されて、瑞穂は恋人を殺された。
そして木暮君はお兄さんだ。俺達三人は共に大切な人を殺された仲間だったのだ。
ふと、舞姫の子供が埋められたという海岸での出来事を思い出した。特に印象に残った光明真言と地蔵菩薩真言が脳裏を掠める。
それにしても疑問だ。瑞穂は何時あんな真言を身に付けたのだろうか?
修験者が行く道のりを地図で確かめてみる。
湘南海岸から城ヶ島。城ヶ島から横須賀。更にその上の横浜。
電車ではホンの数駅が、途方もなく遠い。
海岸線の工場地帯や様々な建造物を縫って歩かなければならない。
でも、それだけで終わりではない。利根川の行く着く先は千葉の銚子だったのだ。
房総半島を回っていたら、舞姫の命日に間に合わないかも知れないのだ。
でも舞姫が生きていた時代とは利根川の行き着く先が違っているそうだ。坂東太郎と呼ばれる利根川の流れ込む先は現在の太平洋とは違う東京湾だったのだ。
それは利根川の東遷と言う大工事のたわものだった。
江戸時代に徳川家康の命令で行われた水害予防と新たな農地の開拓。
船での物資の輸送などが目的だったと聞く。
川越にある新河岸川がそれであったように、そこも舟運のために開発されたようだ。
利根川は現在では千葉の銚子までだが、開拓するまでは江戸川そのままのようだ。
舞姫が辿り着いた利根川は銚子に通じる訳ではなかった。
だからそれに一番近い江戸川を修験者は歩くのだと想像した。
江戸川は東京湾に流れ込む川の中では利根川に最も近い川だと思ったからだ。
俺は俺なりに、江戸川を調べてみることにした。
高度成長期の旧江戸川は物凄く汚れていて水の臭いも半端ではなかったそうだ。
工場から垂れ流される液体や生活排水が水質汚染を誘発し、その上不法投棄されたゴミで覆い尽くされていた。
遂半世紀前の出来事だ。
それを変えたのは、琵琶湖の美しさを取り戻そうと立ち上った市民運動だった。
それまで一般的だった洗濯洗剤の使用を禁止したのだ。
それでも洗濯洗剤の全部が悪い訳ではない。
それに含まれているリンが水質汚染を誘発したのだ。
琵琶湖の美化運動は、リン入り洗剤を天ぷら油等を再利用して作った洗剤に変えることから始まった。
その運動は全国に広がりをみせて江戸川もそれに準じて変わっていったのだ。
洗濯洗剤だけではない。米の磨ぎ汁にも目を向けられた。磨ぎ汁には様々な養分が含まれていて、雑菌の栄養になっていたのだ。
それだけではない。天ぷら油等の油脂も水質汚染に加担していたのだ。
それらの運動により、天ぷら油の凝固剤や吸収剤なども販売されることになった。
それらは家庭から排出させる汚染物質の軽減に繋がったのだ。
その頃、多摩川も水質汚染が懸念されていた。多摩川は市民の意識改革をしようと、鮭を放流することにした。
多摩川は元々鮭が遡上する川だったのだ。
そんな運動に刺激されて、江戸川も立ち上がった。
まずゴミを片付け、水質を浄化させる能力がある牡蠣を河口部に投入したのだ。
牡蠣の力で江戸川の水は次第に綺麗になっていったのだ。
少し前に中国人と見られる方が江戸川で牡蠣を漁り摂り貝殻を始末しないで放置する映像が情報番組で流された。
広島や宮城といった衛生的な牡蠣とは違い、汚染浄化のための牡蠣をそのまま食べても良いのかと思ってしまった。
それでも修験者の歩く江戸川が綺麗になったのは嬉しいことだ。
そうなのだ。現在の江戸川が江戸時代の利根川に近い場所にある。だから修験者がその道を歩いてくれることを期待している。
江戸川には妙見島のような自然な島もあるが、台場に名を残す人工的に作られた島もある。
江戸時代の末期に大砲などを置くための要塞だったそうだ。
その先にも中洲で出来た島はあるが、地図には載っていないそうだ。
埼玉と群馬と栃木の県境に三歩で行き来出来る珍名所がある。
三つの県は川で分かれていないのだ。
それと同じように茨城の県境も利根川を越えた場所にある。それが、関宿の水門のある関宿だ。川を跨いだ飛び地だ。
きっと修験者はその前で曲がるのだろうと思った。
カーナビなどないはずだから、迷わずに来て来れふことだけを祈った。
利根川と江戸川の分岐点にある関宿水門には閘門があるが、現在は開いている状態だ。
舟運の衰退により、閉めて水量を調整しなくて良いからだ。
その門の一部は壊れていて、利根川からの流れが激しいから通行不可の状態らしい。
もっとも修験者はそんな道は通らないと思った。
それでも俺は二つの川の分岐点が気になる。
其処の近くに舞姫の墓はないのだけど……
車で修験者を送り届けた海水浴場は、瑞穂が子供の時に木暮君と行った場所だ。
その頃瑞穂の霊感はまだ未熟だった。それなのに瑞穂は何かを感じて浜から動けなくなったそうだ。
だから瑞穂にとっては宿命だったのかも知れない。
緩やかなカーブを描く海水浴場にある海の家。百年もの間、続けることは至難の技だと思う。この地がいつまでも穏やかに過ぎることを祈らないではいられなかった。
星川の灯籠流しから少し経った頃。舞姫の慰霊祭が執り行われることになった。
旧暦ではもう少し後だけど、今は新暦で行われるそうだ。
瑞穂と木暮君が行田市役所で導かれて頂いてきたパンフレットにも日時は書かれていた。だからそれに合わせて俺達は出発した。
とは言っても、修験者と違い俺達は部外者なので側から見守る程度だけど。
会場でまず修験者からみずほちゃんのコンパクトが瑞穂に渡された。
それを手にした時、瑞穂はホッとしたようだ。どうやらみずほちゃんの霊も癒されたのではないかと感じた。
きっとみずほちゃんが舞姫の代わりを勤めたのだと思った。
みずほちゃんの思い遣りに満ちた心が海岸に埋めらた将軍様の弟の遺児の魂も救ったのだ。
瑞穂はみずほのコンパクトを大切にポケットに仕舞った。
「琴とは優雅だね」
特設テントのステージでは二台の琴による演奏会を催していた。
でもポスターにあった旧暦の命日辺りにやる時代絵巻祭りは舞姫パレードやアトラクションも豊富だ。
舞姫の霊を慰さめるためなのか、それに乗じて様々な志向で楽しむためなのか解らないけど、修験者が慰霊の一役を担ってくれたのなら嬉しいと思った。
この章はもう少し編集してみます。




