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星川の灯籠流し

舞姫伝説の続きです。

 八月十六日。

みずほちゃんと木暮君のお兄さんと妻の送り火も兼ねた星川の燈籠流しが始まろうとしていた。

其処には既に浅見孝一さんの捜索依頼を出した男性もいた。

俺は遅れたことを詫びつつ、男性に近付いて行った。



「浅見孝一さんですが、残念なことにお亡くなりになっておられました。新婦の八重子さんもだそうです」



「えっ、お二人共?」



「孝一さんはボロボロになって自宅にたどり着いたそうです。実は孝一さんは天皇陛下のラジオ放送を玉砕の契りだと勘違いしたようです」



「判ります。熊谷の空襲を目の当たりにしたのですから……」

男性は目に涙を貯めていた。



「久さんの奥様の親戚の方に話を聞いてきました。自宅にたどり着いた時は玉音放送後で、孝一さんは奥様のいる金昌寺へ向かい息絶えたそうです。その姿を見た奥様は階段から転げ落ち流産してしまい、孝一さんの後を追うように亡くなったそうです」



「なんとお気の毒に」

男性は声を震わせた。



「私がたどり着いた時、荒川では住処を焼け出された人達がまんじりともしない夜を過ごしていた。私は其処に止まっていたけど、孝一さんは故郷を目指していたのですね? どおりで何処を探しても居ないはずだ」



「きっとそうだと思います。久さんが辿ったと思われる荒川を孝一さんは遡って行ったようです」



「熊谷には、誠しやかに語られて来た事があってね」



「ああ、それは、いつか報復されるのではないかと言う恐怖の噂ですね? 特攻隊への敵討ち。それが噂の出元でしたね」



「熊谷には訓練基地があったそうですから……」

知ったか振りをするように瑞穂が言った。



「イヤそれだけではないよ。アメリカは飛行機の部品工場が熊谷にあると信じていたんだ」



「そうだったんか?」



「『やっぱり来たか」って誰かが言ったら『空襲なんて来てほしくなかった』って言って子供が泣いていました」



「予想していたこととはいえ、熊谷の空襲を目の当たりにして、みんな動揺していたのですね」



「孝一さんには親友がいらしたそうです。その人は学徒出陣で戦地に向かう準備をしていたのですが、特攻隊に志願してお亡くなりになったそうです」



「そうですか。だから、神風になりたかったって言ってらしたのかな? 日本には神話とでも言うべき神風伝説が色濃くありましたから」



「そう言えば、孝一さんのご近所に住んでいたお子様のことを聞きました。八重子さんが届けた李にあたり、大腸カタルでお亡くなりになったそうです。八重子さんは氷屋を必死に探し回りましたが、結局なかったそうです」



「そんな時代にも氷屋ってあったんだ」

木暮君が言うと瑞穂が頷く。どうやら瑞穂も疑問を持ったようだ。



「普通にあったらしいよ。その夜、そのお子様が亡くなる間際に『日本には神風が吹くから絶対に勝つ』と言ったそうです。そのお子様はまだ三歳だったとか……それ程までに神風神話は浸透していたのですね」

俺の言葉は其処に居た全員を感動させていた。



「ねぇ、叔父さん。さっき言ってたガクトシュツジンって何?」



「ガクトは学生のことだよ。学生の学と生徒の徒で学徒だ」



「終戦の約二年前の十月半ばに、明治神宮前にあった国立競技場で出陣学徒壮行会と言うのがあって……」



「その頃に国立競技場ってあったのですか?」



「あっても不思議じゃない。幻の東京オリンピックってのがあったことは瑞穂も聞いているだろう?」



「あぁ確か、第二次世界大戦で無くなったって言うやつ? そうだよね。今は幻って言われていても、その当時は行われる予定だったのだから。そう言えば新国立競技場を見学に行った時、秩父の宮ラグビー場の近くに出陣学徒壮行会記念の碑ってあった気がする」



「実は私も見学に行って来ましたが、見損なっていました。私が見送りに行った時、ラグビー場があったかどうかも曖昧ですが、オリンピックが開催されたら行ってみます。その頃学生は優遇されていたんだ。二十歳になっても兵役は免除されていたからね」



「学徒出陣ってのは当時のマスコミが作り上げた造語だったと聞きましたが?」



「その通りです。その日は強い雨が降っていました。その中を銃剣を担いで行進していました。でも何だか学生だけを特別視しているようで、学徒出陣って言葉、私は嫌いです。私は徴兵検査を経て入隊しました。二十歳になれば皆そうなのですから」

男性は大きくため息をついた。



「セイラもとより生還をキセズ? だったかな? 我々は生きて帰らないって意味らしい。壮行会で学生の代表が宣言していた。孝一さんもきっとそんな思いだったのでしょう。だから死ぬつもりで故郷を目指したのかな? 天皇陛下のラジオ放送があると知った後にあの空襲ですから」



「だから玉砕しようとして?」



「そうかも知れませんね」



「戦争を知らない俺のようなワカゾウが言える立場じゃないけど、孝一さんや八重子さんも犠牲者だったのかも知れませんね」

瑞穂は男性が言ったセイラが気になったようで検索していた。でもガラケーでは駄目で木暮君のスマホを借りた。



『生等もとより生還を期せず』は壮行会の時の答辞のようだ。

『生等いまや見敵必殺の銃剣をひっさげ、積年忍苦の精進研鑚をあげて、ことごとくこの栄誉ある重任に捧げ、挺身をもって頑敵を撃滅せん、生等もとより生還期せず』とあった。

本当はもっとあったらしいが、何だか難しそうなので見るのを止めたのだ。

生等は我々と言う意味らしい。

つまり、我々は一旦戦場へ行った後は生きて帰って来ないと言っているのだ。

平和な時代に生かされた俺には到底言える言葉ではなかったのだ。



「それより、灯篭流しが始まるから並ぼうよ」

抜群のタイミングで木暮君が言った。

もしかした又瑞穂が暴走していたかも知れないからだ。





 星川の幾つかの石を集めて平らにしたような飛び石の渡し場から、其々の想いを込めた灯篭が流される。

瑞穂はみずほちゃんを、木暮君は兄貴の霊を慰めるためにそれらを流した。

本来の目的とは違うと思う。

だけど二人共それをやらないと進まなかったんだ。



「兄貴の事件も解決したらいいな」

瑞穂は木暮を慰めるようとしていた。



(何時か木暮君の抱えている哀しみも晴らしてやりたいな)

俺はそう思いながら燈籠を見つめていた。






 瑞穂達が帰った後、俺は気になる人を見つけて近付いた。

やはりその人は浅見久さんと節さんの身内の方だった。



「あの後熊谷空襲のことが気になり調べてみましたら……」



「星川の灯籠流しを知ってやって来ていただいたのですね丁度良かったです。実は会っていただきたい方がおりまして……」

俺はそう言うと、さっき駅まで見送ったばかりの依頼人を追い掛けた。電車に乗ってしまったらアウトだけど……

それでも男性はまだ駅にいた。ま、駅と言うより階段の下だった。

男性は階段のサンの部分に掛かれた絵を見ていたのだ。



「何時見ても凄い景色ですね」


「本当ですね。最初に気付いた時は鯉が一面に泳いでいました。それから西瓜になったり……、あっいけない。申し訳ありませんがもう一度ご足労願いませんか? 浅見さんの親戚の方にご紹介したいのですが……」

俺の提案を引き受けてくれて又会場へと向かった。

俺の事務所で語り合いたいところだが、其処は妻が殺された現場だから気が引けた。

そこで近場にあるカフェに案内することにした。

俺達は暫く、浅見孝一さんの親友の学徒出陣のことや焼夷弾の直撃を受けて亡くなった久さんのことなどを語りあった。

依頼人がそれを一番望んでいると思ったからだった。

星川の灯籠流しの夜は依頼人にも訪ねて来てくれた浅見孝一のご家族にとっても有意義な時となったのだった。





 「昭和十八年十月二十一日に孝一は明治神宮外苑の国立競技場にて執り行われた出陣徒壮行会に行ったそうです」



「七万五千人が集結した会場に私もいました。孝一さんもいらしたのですね。もしかしたら其処で会っていたのかも知れない。病院にいた時何故か懐かしさを感じていました」



「八重子も孝一もきっと草葉の陰で聞いているかも知れないな」



「そうだ。お二人のこともっと教えていただけませんか? あの世で再会した時もっと解り合えるかも知れませんので……」





 「三沢はまだ闇の中だった。三三九度の杯を交わした後にその中を二人は走ったのです」

暫く考えた後に語り始めた。



「闇?」



「それはアメリカ軍の偵察機や爆撃機から発見されないための工夫です。街灯は常に消され、室内は灯りの漏れないようにカバーで覆う。誰もが細心の注意を払いながら生活する。日本全土がそんな状態でした。その闇は自ら作り上げたもので、二人は少しでも一緒に居たくてその中を走り抜けたのです」



「夜間の空襲に備えて灯火管制ひかれるようになると、明りを家の外に漏らさないように厳しく注意された。電灯を黒い布で覆ってしまうのが一般的だったが、被せれば光を拡散しないカバーも出来ていた。我が家もそんな感じでした」



「敗戦の色が濃くなった昭和二十年四月。でもまだ多くの国民はその状況を知らずにいた。大本栄発表等で日本人は戦争に勝っていると思い込まされていたのだ。そんな中、二十二歳の孝一の元へ召集令状が届き、かねてより思いを寄せていた八重子の家へと向かったのです。そしてこの、闇をついての決行となったのです」



「以前孝一さんに四番下に住んでいたとお聞きしましたが……」



「三沢と四番下までは一里くらいあるかな?」



「愛の力は膨大ですね」



「孝一は甲種合格だった。何時赤紙が来てもおかしくない状態だった」



「だから未来への第一歩を踏み出そうと、二人は呼吸を合わせて何も見えない世界へと飛び出して行ったのですね。勿論、不安は無いとは言えない。それでも二人は幸せだったのでしょうね」

俺はいい加減なことを言っている。これでは瑞穂を叱れないと思いつつ聞き耳を立てていた。





 「夜の東京湾に孝一はいたそうです。沖合に停泊戦艦で戦地に赴くところだった。ところがその迎えに来た船が攻撃を受けて沈没してしまったそうです。孝一は腕をもぎ取られながらも何とか岸まで泳ぎ着き一命を取りとめることが出来た。でも聞いた話によると、熊谷の病院で気付くまでの記憶はなかったようです」



「あっ、それは私も聞いております。全ては看護婦達の献身だったようです。でも孝一さんは熱に魘されて、八重子さんの名前を呼んでいました。それを気に病んでおられました」

男性は涙ぐんだ。きっとご自身と重ね合わせたのだろうと思った。





 「十一月二十二日より始まった首都東京空襲。その後も度重なる攻撃で、壊滅的な大打撃を受けていた。孝一さんは日本が危ないと思ったそうです。みんなが言っている神風が早く吹くことを願った。実は孝一さんはご自身を神風にしたかったそうです。でも生き延びてしまわれたことを悔やんでおられました」



「日本の歴史の中で高まってきた神風神話。最後には必ず日本が勝つと、孝一自身も信じていた。だから孝一は自分を神風にしようと思ったんだな。何が出来るか分からない。でもやらなくてはいけないと強く感じていたようだ。必ず帰って来ると、八重子に誓ったことを忘れたわけではなかった。でも心が騒いだはずだ。だからただひたすら御国のために戦いたかったのだな」



「そう思います」



「そう思うようになったのには理由があった。近所にいた親友が学徒出陣したのだ。学徒出陣と言うのは、高等教育を受けている二十歳以上の学生を徴収し兵役に就かせることだ。その当時学生は国の将来を背負う人間として兵役を免除させられていたからな」




「でも人材が不足してそうも言ってはいられなくなった。だから学徒出陣となった訳ですね」

結局其処に辿り着く。

熊谷の地は今も戦争の惨たらしさを伝えている。






後でもう少し加筆訂正してみます。

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