[志保隊]
「闇の忌み子か」
真綾は、目の前に居る少女に向かって自嘲気味に笑いながら言った。
「ふふっ
だから、どうしました?
遙華先輩や絢斗先輩から離れますかっ?」
年上である真綾にキツく言われたにも関わらず、志保は大人びた顔で笑った。
その顔を見た真綾はそれ以上に、ニッと口角をあげた。
「そんなわけがない。
例え、この世界が滅びようが知ったことじゃない」
志保はそれが分かっていたように満足げに笑った。
「ええ。
ですから我々は、それを存分に利用させて貰います
忌み子だろうが何だろうが、戦力ですから♪」
無邪気に笑う志保に、真綾はさらに苛立った。
だがそれは笑みとなって現れた。
「良いぞ。
その方が遙華と一緒に居られる」
真綾の言葉に、志保は笑みを崩さぬまま、鼻筋をピクリと動かした。
「死んだら意味がないでしょう…?」
「ぷっ………アハハハハッ!」
突然笑い出した真綾に、志保はムッとした顔を浮かべた。
「おいおい。柊の名が泣くぞ。
少しは理性を持たんか」
笑いを堪え、涙目で言った真綾に志保は顔を真っ赤にした。
「だっ…れのせいだと…!」
顔を伏せ、怒りに体をプルプルと震わせる志保に真綾は優しげな笑みを浮かべた。
「私のせいか?
ふっ…、お前は優しすぎる。
忌み子等に、いや、人にあまり情を抱くな。」
笑みはすぐに消えたが、泣き出してしまう志保を真綾はただ優しく撫でてやった。
情を…持てないはずがない。
生まれて初めてなのに…。
人に、こんな気持ちを抱くのは…。
どこにも行かないで。
どこにも行こうとしないで。
貴方が誰を愛そうと、私は構わないのです。
ただ…ただ、ここに居てさえくれれば…。
貴方は遙華先輩を愛しているのでしょう…?
絢斗先輩を大切に想っているのでしょう…?
それなら…それなら!!!
生きる努力を…
ここにいる努力をしてください!!
どうしてそんな、投げやりなことを言うのですか…?
貴方にとって二人が唯一であるように、二人にも…私にも…貴方が、唯一なんですよ…?
闇の忌み子。
私が闇の力を持っているために、そう呼ばれている。
悪魔でさえ、闇の力を持っているものなど居ないのに、孤児であった私は持っていた。
悪しき闇の力。
それはまるで、本当の悪魔のような…。
けれど、私は私のこの闇が、それほど嫌いではない。
それは…遙華と、御父さんと御母さんのお陰だ。
まるで氷のように…いや、それ以上に私から、周りから体温を奪っていこうとしていた闇は。
御三人のおかげで、暖かな闇に変わっていった。
そして、癪だけど絢斗のおかげで操れるようになった。
ただ私の周りに漂っていた闇は、私が自由自在に操り、人の役に立てられるようになった。
そのおかげで私は遙華たちの側に居られる。
私が何であっても、どうでも良い。
遙華たちの側に居られるのなら、それで構わない。
だけど……もし、私が居ることで、私の愛しい人に迷惑が掛かるのなら、私は喜んで死ぬ。
私の命ほど、この世に軽いものはないと思う。
自虐でも何でもなく、本当にただ、純粋に思うのだ。
私の命ほど軽いものはない、と。
「あ…」
まあ、だからと言って、遙華たちと居ることを諦めるつもりもない。
この闇の力が、私自身が邪魔にならないうちは。
「居ましたか?」
「ああ。」
それにしても、悪魔は暗がりとか人通りの少ないところに居るから便利だ。
誰にも見られずに、一思いに、殺れる。
勝手に口角が上がるのを感じながら、私は弓を構える姿勢をとった。
「そのまま、真っ直ぐに4体です
魔綾さん♪」
楽しげに言う少女の声を聞いた瞬間、上がっていた広角が瞬間的に下がり眉間にシワが寄るのを感じた。
「―闇よ、破魔矢となりて敵を穿て―」
唱えると、闇は弓と矢にそれぞれ別れ、私が構えている姿勢にスッポリとはまった。
それを見届けると同時に、5本の矢を悪魔へ4本と、もう一人の悪魔へ1本ずつ放った。
「ハハァ!
酷いじゃないですか、魔綾さぁんっ♡」
悪魔…もとい、柊家の孫である、柊 志保へ放った矢は、志保の元へ辿り着く前に、魔除けの光によって消滅させられた。
「どう考えても酷いのはアンタでしょう」
私の神経を一々逆撫でする志保を、柊家と高い友好関係を持つ碓氷家の次男坊
碓氷 海翔が冷静にたしなめた。
そう言われた志保は、バシッと海翔の頭を鷲掴んで笑顔を浮かべた。
「アンタとはなに、アンタとは…?」
人の神経を逆撫でする、それも私だけな所はあれだが、笑顔で威圧を出すのは柊の家独特な気がする。
あ、いや、遙華も怒ったら恐かったな…。
だがその威圧にも動じない小学生男子がいた。
「今ので討伐数は7体目となりました。残り4体です。
現在、敦史隊と心平隊がそれぞれ2体と交戦中です。
心平隊の方へ向かいますか?」
どこまでも真面目で的確な風の王である、風隼 綱紀が私に問い掛けた。
私たちの隊の最年長は私だが、それを差し置いてリーダーは志保と言うことになっている。
柊家は能力者のトップだから、そういうことも有り得なくもなのだろうが、闇の忌み子である私への皮肉も込められているのだろう。
私は別にそれでも構わないが、綱紀は私をリーダー常に扱いする。
志保と海翔は立場上、難しいはずだが、それでもリーダー扱いをしようとする。
…限度はあるがな。
「良い。
芹那も居るからな。」
そんな実直という言葉を体現したような綱紀。
その許嫁である芹那も、もう一つ真面目だ。
若干タイプは違うが、似たようなもの。
能力者同士の政略結婚には色々なタイプがあるが、二人の場合は円満と言って良いだろう。
「…」
現に、私が芹那を褒めたことで綱紀は自慢気そうな、嬉しそうな、照れ臭そうな顔をしている。
端から見れば、この表情の違いは解らないらしいが。
…何となく愛おしくなって綱紀の頭に私の手が延びた。
「っ…」
私はその手を慌てて引っ込めた。
闇にまみれた自分の手で、この実直な者に触れるなど恐ろしい。
何が愛おしいだ。
…私の手で守れるものは限られている…!
「まーやさんっ
そろそろ戻りましょう。」
ガッと掴んできた私よりも小さな手に、私はぎょっとした。
そんな私を知ってから知らずか、志保は振り返りもせずにズカズカと歩く。
「バカか」
私の思わず苦笑をこぼして呟いた。
たぶん志保は、私の思いを多かれ少なかれ知っていて、こういう行動をしているのだ。
そこがまた憎らしい。
「誰が…っ」
志保がムッとした顔で振り向いたところで、私はデコピンを食らわせた。
「お前だよ」
そう言って私は目を細めた。