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大賢者が往く。  作者: ましまろ
薬師三宝
19/23

大魔導師の本気

 あれから漸く、なんとか立ち直った僕は周りにいた親族らしき人々や執事にお悔やみの言葉をかけながら「葬儀には参列できない」旨を伝えて、屋敷から出る。

 きっと、魔法使いのおっさんも『葬儀に出る時間があるのならその分薬を探してきてほしい』と僕に頼んだに違いない、と思うんだ。

 だから葬儀より僕は薬を優先することに決めた。

 まだ1種すら持っていない『無資格』なんだけど。それでも材料ぐらいは僕にでも探し出せる。



 行きは周りを観察する余裕など全くなかったが、今は街の様子を肌で感じる。

 まるで通夜のよう。

 ひっそりと静まっているだけではなく幾重にもすすり泣く声が、微かだが耳に届いてきていた。

  

 カナタル薬の保有率はいかほどだったのか。

 国王に尋ねるべきだろう。

 材料はあるのか。

 薬師の手は足りているのか。

 

 どんよりとした、今にも雨が降り出しそうな空の下。僕の足は自然と小走りになって王宮を目指していた。

 気がつけば頬に雨水が1,2滴当たる。


「降ってきたな」


 王宮の門前を固める兵士に僕が来たことを告げ、中へ通してもらう。ただそこから少し又走らなくてはならないが。


「・・嫌な雨だ」


 幾許もしないうちに本格的に降りだしていた。







「ただいま、です」


 結局宿も取れずに、師匠の家にずぶ濡れのまま顔を出す。叩く扉を開けてくれたのが奇跡なくらいだ。そのくらい遅い時間になっていた。

 勿論、王から今日は泊まって行けとは言われたんだけどね。

 ただ、街だけじゃなく王宮内ですら纏わりつくような悲痛感が漂っていて、地味に僕を痛めつけてくれるんで、できればあまり長居はしたくない気分だったのだ。


「おやぁ~戻ってきたのね。しかもずぶ濡れ?雨なんか降ってないのに・・こんな遅い時間までどこに行ってたのかしら」

「ああ・・。シエルデの王都まで」

「はぁ?ほんと、あんたって、もしかして凄い魔法師とかいうんじゃないの?」


 そう言いながら実は半信半疑なのは、その表情を見ればよく分かる。まぁね、見た目がお子様だし?別にいいんだけど。


「夕飯、まだでしょ?シチューまだあるから、温めてきてあげるわ。それと着替えあるの?濡れたままでは風邪ひくわよ」

「大丈夫です、着替えも持っていますから」


 お腹はすいているのかもしれないが、食欲のほうは全くない。存外精神的ダメージが大きすぎだな。本当、こればっかりは一向に慣れることがない。


「ダメよ、きちんと食べないと。それでなくても病み上がりなんだし」


 酷い顔色よ、と釘を刺され、苦笑した。これだから大人の女は苦手だ。今の僕から何か感じるものがあったと、そういうことだろう。

 ばれてるね、多分。

 やばい。

 また泣きそうだ。

 キッチンに向かった師匠の後ろ姿を見てから、僕はおもむろに着替えを済ませる。どうせ大した服を着ているわけでもないので、あっという間だ。

 ぼろだといわれていたので、勿論新たに作り直してもらった。50着ほど同じものを。


 湯気の立つ皿を抱えた師匠が着替えた僕を見て苦笑する。

 ああ。着替えてますから、下着ごと。


「さあ、ここに座って」

「・・はい」


 濡れた頭を拭きながら言われた通りに腰を下ろし、差し出されたスプーンを手に取る。

 僕みたいな独りボッチが長いと、ふとした瞬間の人の優しさが身に染み入る。

 真夜中だというのに差し出された温かなシューをすすりながら。但し、目の前で凝視してくる師匠に、あまり居心地がよろしくないのは何故だろう。


「なんで笑ってるんです?」

「生意気なくせにこうしてると可愛いなぁ~とか思ってね」

「く・・。寂しいならサッサと結婚すればいいのに・・」

「何か言ったかしら?」


 あ・・やばい感じの微笑だ。目が笑ってないというより据わってる。

 話題転換が急務だ!


「師匠。カナタル薬・・作ってほしいとは言いませんが、材料ありませんかね?」

「私もさっき周りから聞いたけど、隣のシエルデ王国は、かなり大変なことになっているみたいね。知り合いでもいるの?」

「まぁ・・。僕はそこの出身なもので」

「あらぁ・・」


 別に嘘ではない。但し国名が違うだけだ。この6000年の間に7回国が滅んで生まれ変わっているからね。

 ついでに僕の生まれた村もとっくの昔に消滅していらっしゃる。

 一度だけ望郷の念に駆られて行ってみたけど、見事なくらい跡形もなく、立派な林になっていた。もう森といってもいいくらい。

 うん。全然悲しくないよ。唖然とはしたけどね。


「他は何とか揃っているけど、さすがにマモナ草が、ねぇ。保存してある数もたった6個よ」

「・・・やっぱり・・かぁ・・」


 師匠は立ち上がると奥に行き、その手に赤紫色の小さな球根を持って戻ってきた。椅子に腰かける前に、それらをテーブルの上に置き「これだけ」と言って腰を下ろす。


「野生のマモナ草を見つけないと無理ね。さすがにサーディラス王国の貯蔵物は引っ張り出せないわよ。多分隣から緊急の話し合いは行われているだろうけど・・」


 それはさっき僕も現王から聞いてきたのでわかっている。

 こっちで11年前流行したというのだから、多分シエルデはその経路で菌をもらってしまったのだろうが、それを証明することはできないし。例え証明できたとしても特効薬であるマモナ草はそこまで育っていないだろう。この国だってその災厄からたいして時間も経っていないのだから。

 きっと。自国保有の薬草園に、マモナの姿はほとんど見られないに違いない。

 勿論、他の周辺諸国からの援助待ちだが、うつされると困ると思っているせいか手を差し伸べようとはしないし、自国の不安もあって在庫は抱えておきたい。

 まぁ、分かっちゃいるけど。


「野生種、かぁ」

「マーブは自分で作ってみたいの?」


 作ってみたいのはやまやまだが、その資格もないしね。プロに任せたほうが確かだ。かといって何もせずに手をこまねいているつもりもない。


「材料だけ」

「そうよね~。まだ1種の試験すら受けてないもんね」


 食べ始めたらお腹がすいてて食が進むんじゃないだろうか、と思っていたが、残念ながらまだ胃が重たい。全く進まないシチューをスプーンでぐるぐる回しているだけだ。決してまずいわけじゃないんだ。

 ただ、うまいと感じない。


「これ。よく読んで、早いうちに試験受けちゃいましょうね。あんたなら明日にでも1種取れるんじゃなくって?」

「ん?1種の試験って?」

「初級傷薬。初級解毒薬。簡単でしょ?」

「・・・・・し、知らない」

「は?知らないって?!だってマーブ。あんた3種の知識すらあるのに、なんで初級1種を知らないのよ!」

「そういわれても・・」

「と、とりあえず、これ読んで!」


 小冊子を目の前に出され、スプーンを置いて中身を見始める。

 初級傷薬と初級解毒薬の製法。

 なるほどなぁ。確かに簡単だわ。

 なんでそのくらいのことを知らないのかって?

 考えてもみろよ。知識探究者としては、やっぱガキでもできる超簡単製法の1種なんか、目に留まるわけないじゃん。

 食指が動くのは『難しい』に越したことはない!

 とりあえず最後までパラパラと見た後、師匠にそれを返す。


「貸してあげるからそれを見ながら・・」

「もう覚えた。いらない」

「・・・・・生意気なガキは嫌われるわよ」

「褒められると照れます」

「ほめてないわよ!」


 参ったな。

 気が急いているのに、このまったり感がますます僕を焦らせる。

 野生種か。

 マモナ草が育つ条件は、肥沃な大地。山間部。低い気温。そしてそこそこ濃い魔素。

 そこが微妙で、濃すぎると魔素酔いし薄いと育ちが悪いということ。

 だからこそ見つけるのが難しく、そして栽培も難しい。


「地図見せてもらえませんか?この周辺の」

「見てもわからないかもよ?そんなに簡単じゃないわ」

「分かってます」


 テーブルの上に広がる地図を見ながら、頭の中での知識を総動員させて、地形や環境状態を思い浮かべていく。

 

「可能性は・・・。こことここ。特にこっちの『幻奪の深森』。この辺は確かかなり気温も低く、魔素も適度に濃いし落葉樹も多いから」

「なんで知ってるの?でも難しいわよ・・」


 魔獣が多い。だからこそ、薬草の楽園でもある。

 その時いきなりドアをバンバンと叩かれる音が、深夜の部屋に響き渡る。


「おい!ミディル!開けてくれ!」

「・・・・嫌な奴が来たわ・・」

「出ないの?」


 出るまで叩くのをやめないと、絶対的意思をもって激しく叩かれている。


「大変なんだ!薬を」

「うるさいわね!出るわよ!」


 扉を開けた師匠の前には、いかつい男が立っている。


「グェン、何時だと思ってるのよ。隣近所の迷・・」

「キト村とカイナ村が魔獣に襲われた!」

「分かった。薬ね!」

「ああ。頼む、あるだけほしい!それと追加でどんどん作ってくれ!できれば上級。無理なら中級!」

「今あるのだけ出すわ。待ってて」

「幻奪の深森から魔獣があふれ出てきているらしく、こっちにまでなだれ込んできそうなんだ。今、大至急で討伐隊を組むため冒険者どもをかき集めている。奴らにも持たせてあげたいからな!」

「なんですって?!」


 薬剤を両手に抱えたまま、師匠は僕を見る。

 魔獣があふれるほど、魔素が濃くなっている?!

 マモナ草は、枯れてないだろうか?!

 いや。表面上は枯れても、必要なのは根っこだ。成分の変質が起こる前に、手に入れないと。

 師匠の強張った顔に、多分僕も同じように緊張していた。立て続けに起こる事態に、神の悪意すら感じる。

 今、僕は試されているのかもしれない。


「僕も討伐隊に参加します!」

「ダメよ、あんたには薬を作ってもらわないと!」


 未認可の素人に仕事させる気か、こいつは。

 でも、これは渡りに船だ。利用させてもらおう。


「作りますよ!機材を貸してください、後材料となるパウナ草とグラント粘液」

「中級覚えられそう?」

「今すぐでも大丈夫です。そしてできれば材料も」

「ア・・あんたね・・」

「現場で作るほうが手っ取り早い!」

「それは、そうなんだけど。危険が・・」

「僕は大丈夫ですよ」

「分かったわ。事が終えたら私の権限と脅しで1種2種の資格をあげましょう。今回は緊急処置ということで。普通じゃこうはいかないわよ、いいわね?」


 権限って何?師匠はそんなに偉いのか。と、言うより『脅し』の一言のほうが怖いわぁ。ヤクシじゃなくヤ○ザ。一文字違えば天地の差。


「感謝です、師匠」


 師匠は「そうよね・・確かにあれだけの魔法の腕があれば・・」とブツブツ呟いていたが、抱えていた薬を男に手渡すと師匠は別の本を僕によこした。とりあえず、すべて頭の中に叩き込むこと30秒。

 実はヒールもハイヒールもキュアも使えるんだが。そこは修行の一環ということで、できるだけ使わないでおかないとな。

 まぁ現場の判断で臨機応変に対応する。


「ああ。レイアも呼んでこないと・・」

「なんだ?このガキ・・。初顔なんだが」

「私の2番弟子で、たぶん過去最高の薬師になる子よ」

「ほぉ・・。ずいぶん見込まれたもんだな小僧」

「覚えました。機材を」

「これとこれ。こっちの携帯鍋も、材料もこっちね」


 それらを受け取ると僕はポーチに次々としまい込むのを、男は唖然とした顔で見ていた。


「・・おまえ・・」

「僕は薬師見習いですが、本職は魔導師です。魔獣退治に参加しますよ」

「本気か?!」

「猫の手でも借りたいんでしょ?」

「命の保証はないぞ」

「そんなの冒険者なら誰だって覚悟の上ですよ」


 さて。

 薬を作りながら魔獣退治か。

 しかも僕自ら望んで、そんなブラックな環境を選んでしまった。

 できるのか?

 不安はある。魔法を使わずに薬だけで助けるという状況の中でどこまでそれに耐えられるか、自信がない。

 でも、やらないと。

 魔法にばかり頼っていてはダメなんだ。病は薬でしか治せないんだから。

 だから薬師になってやる。資格も取る。


「いいわ。マーブを貸してあげる。その代わりグェン。この子に何かあったら承知しないから」

「おいおい・・・」


 男は僕をじっと見るめてくる。

 まぁ。その不安はわかるよ。

 だから僕はポーチからさっと取り出し、男にだけ見えるように虹色に輝くあれを見せた。


「・・?!」

「どうします?」


 今の僕はきっと不敵な笑顔を浮かべていると思う。

 男は見張った目をすぼめ、軽く頷いた。


「わかった、坊主もこい!」


 せっかく更新され、もらったプレートがこんなにも早く役立つとは。

 まさかこんな事態を見越して、魔法使いのおっさんが無理を押して僕に届けてくれたのかな。全く。どれだけ先見の明があるのだ、おっさん。

 胸の奥から『救ってくれ。みんなを・・頼みます』と、彼の声が聞こえた気がする。そうだとしたら・・僕はその期待に応えるべきだろう。

 また、締め付けられるような痛みが襲ってきた。

 

 とりあえず、足りない材料は現地調達だ。

 そしてマモナ草の確認と、できれば採取。

 シエルデは今まだ、混沌の闇の中でもがいている。


 僕は夜半にもかかわらず喧騒に溢れた町の通りを、男の後に付いて走る。


「・・このまま、いったん魔法士ギルドで確認取らせてもらうぞ」

「かまいませんよ」

 

 もう僕は逃げない。

 今回は逃げないと決めたのだ。マジモードの僕をなめんなよ!

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