第17章──堕羅の化け物Ⅱ
Ⅳ
錫には大きな難関が待ち受けていた──。それは黒の国から一旦人間界に引き上げようとしていた道中のことだった。背後に背筋の凍るような悍ましい殺気を感じた錫は、本能的に身を躱しながら振り向いた。するとそこには不気味な姿をした化け物が、不敵な面構えで立っていた。錫はその化け物にどこか見覚えがあった。あらゆる魂を取り込んでいるせいか、ずいぶん歪な姿になってはいたが、それがなんなのか思い出すのにそれほど時間はかからなかった。
「こいつ狡狗だ!」思わず錫は叫んだ。その言葉に化け物が思いもよらない一言を返してきた。
「久しぶりだな……」。「えっ!?」
「こんなところで会うとはな…」狡狗に違いないと思ったが、変形していて、それが誰なのかまでは分からない。
「よもやこのオレ様を忘れたのではあるまいな…?狶狶様だ──お前を手こずらせたあの狶狶様だ!」
「狶狶…?あー、あのすぐ逃げる奴ね。体が大きくなっているし、爬虫類のウロコがくっついてたりして分からなかったわよ」
「ふん…オレ様を以前の狶狶様だと思うなよ。お前も感じているだろう…この身震いしたくなるほどの力強い霊気を…」確かに以前戦った時とはまるで別モノの狡狗だと錫は思った。「今のオレ様は多くの魂を取り込んでいる。たった今、極めて極上の人間の霊気も取り込んだ。やがてオレ様に完全に溶け込めば、さらに強く、さらに賢くなるだろう…ふははは…」
──「しまった!それってもしかして乾丸先生の魂?…だとしたら同化する前にこいつをやっつけなきゃ」透かさず晶晶白露を出現させ左手に持つと、以前より強い霊気を纏った狶狶と対峙した。言わずもがな、闘志に燃える男らしい錫雅尊を装っているが、内心は恐くて仕方ないビビリの錫だ。
「さて…お前をどうやって料理してやろうか…?クックック……。こんなのはどうだ!」狶狶は〝がっ〟とあごまで裂けた大きな口を開けた。トレードマークだった野獣のような大きな牙は退化して、両あごからムカデ宛らの黒光りしたカギ形の牙が小刻みに動いていた。「こいつでいけ好かないお前を毒に侵してやろう…クックッ…」不敵に笑っていた狶狶はいきなり錫に襲いかかってきた。錫は持ち前の俊敏さでひらりと体を躱したが、狶狶は間髪を容れず再び錫に飛びかかった。
──「あれっ!?この狡狗…前よりも動きが鈍い…」それが他の魂を取り込み過ぎたせいなのか、黒の国に来たせいなのかは分からなかったが、以前のように錫をまごつかせる狶狶ではなくなっていた。
──「とにかくあの牙に襲われないようにしなきゃ…」錫はひたすら狶狶の動きを回避しながら反撃の機会を窺った。何度も噛みつきにかかる狶狶の動きにも慣れて、体を躱すのも楽になってきた。そろそろこっちからも仕掛けてみようかと思っていた矢先、狶狶が今までより大きな動作で錫に襲いかかってきた。動きが大きくなれば隙もできやすい──錫は大きく前方へ飛び上がり、真っ直ぐ飛びかかって来る狶狶の頭上を越えて背後を取ると、透かさず大きな背中に晶晶白露を突き刺した。刃の根元がほんのりと紅い霊気を纏った晶晶白露は、出番を待っていたように狶狶の霊体に〝すー〟っと入り込んでいった。
「ぐあぁ~なんだ…灼ける…助けて…くれ…」のたうち回り苦しむ狶狶の背中から四つの邪身玉が転がり落ちた。
「ぬぅぅぅ~…許すさんぞ!きさまぁ…消えて無くなれ」激怒した狶狶は体勢を立て直し、またしても錫に襲いかかった。けれども攻撃のパターンはそれほど前と変わらない。錫はまたしても隙をねらって狶狶の頭上を飛び越えると背中に晶晶白露を突き刺した。
「ぎゃ~熱い…ぐぐっ……」苦しむ狶狶の体内から、また一つ邪身玉が転がった。錫はこの機を逃すまいと正面に回り、晶晶白露を狶狶の眉間に突き刺した。
「き、き…きさまぁ~…呪ってやる…」狶狶は今まで以上にのたうち回った。
「そうか…やれるものならやってみろ!」
──「いや~ん……こんな奴に呪われたくないなぁ~い!」表向きと内心とはまったく違う。
狶狶が取り込んでいた魂がすべて邪身玉に変わると、最後は狶狶が光の玉に覆われた。
「チクショー…チクショー……ばっっっ!」狶狶は最後の最後に牙の先から毒を飛ばした。
「きゃ!しまった…」咄嗟の攻撃を避けられず、錫は顔面と体に毒を浴びてしまった。
「ふははははっ…。やはり切り札は最後まで取っておくものだな…ざまぁみろ…」その捨てぜりふを最後に狶狶は邪身玉と化し、むなしく錫の足下に転がった。
「…毒が……………しくじっちゃった…」錫は引きつった顔で苦笑いした。それから黙って邪身玉をすべて懐に取り込むと、足早に人間界へと戻ったのだった。




