CASE1 性的指向
10時ぴったり、扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
現れたのは身長の高い青年だった。髪の毛は短く切られている。一見すると元気な様子だが、目の下にうっすらと隈が見えるのを、スピカは見逃さなかった。
「お名前をお伺いします」
「えっと、ベイン・リューターです。予約、したんですけど」
「はい。お待ちしておりました。では、奥の部屋へどうぞ」
青年は部屋の中を見まわしつつ、奥の部屋へ歩みを進めた。
表の鍵を閉め、後に続く。
奥の部屋に入ると、所在なげに青年は立っていた。
「どうぞ、お座りください」
椅子の方に手を向ける。
青年はあっはい、と小さく言って座った。
この部屋の椅子は向かい合う形ではなく、私の椅子が、青年の斜め前に来るよう置かれている。
「はじめまして。私は、相談屋のスピカ・スタキスと言います。では、はじめにこの同意書にサインをしてもらいます」
「サイン、ですか?」
「はい。こちらです」
紙にはこの相談屋のルールが記載されている。
スピカはそのルールをゆっくりと読み上げた。
1.相談屋は一人当たりの時間が決まっている。そのため遅刻などをすると、その分相談時間が短くなる
2.相談料は1時間80レンタ
3.相談屋は相談された内容を他の人に決して話さない。しかし、自分や他人を傷つける恐れがある場合はその限りではない
青年は声と共に紙の文字を辿っていく。
「ご同意いただける場合は、そちらにお名前を」
「……ここでは、悩みをなんでも解決してくれるんですよね?」
「……何でも、ではないですが、私自身最善は尽くします」
返答に満足したようには見えなかったが、青年は自分の名前を丁寧に欄に書いた。
「では次です。アンケートへの回答をお願いします」
「アンケート……」
このアンケートには、身長体重の変化、睡眠時間の変化のような数値化できる物事に関して問うものもあれば、誰に言われてここを知ったか、何を期待しているのか、など、さまざまな内容が記されている。
青年はすらすらと回答していく。
しかし、主訴を書くところで手が止まった。
「……書きづらいですか?」
「……書きづらい、というか、なんか、言葉にあんまりしたくなくて」
青年はほとんど埋まったアンケートをこちらに渡した。
「あの相談なんですけど、俺を男に戻してくれませんか?」
「……男に戻す」
「はい。俺、実習でダンジョンに潜ったときに、多分変な精神攻撃型の敵と会って、そこからおかしくなっちゃったんです」
「……なるほど、ですが、その前に、まず、ベインさんのこと自身について伺っていってもよいでしょうか?」
「あ、分かりました……」
青年は椅子に座り直した。
「ベイン・リューターさん、19歳、今のご職業は?」
「学生です。王都の大学校に通っています」
「2年生ですか?」
「はい」
「今はお一人で暮らされてますか?それともご家族と?」
「今は帰省してるので両親がいますが、いつもは大学校の寮に」
「この相談屋は定期的にいらっしゃることをおすすめしてますが、来られそうですか?」
「夏休みなので3ヶ月ほどはこっちにいて、その間なら」
「3ヶ月、分かりました。寮は一人部屋ですか?」
「はい」
「専攻は何を?」
「攻撃魔法学です」
「なるほど。では、そうですね、ご両親は、おいくつですか?」
「えっと、父親が45で、母親が42、だったかな?」
「どんなご職業ですか?」
「農家です」
「ご兄弟はいらっしゃいますか?」
「いや、一人です」
「一人っ子なんですね」
話を聞きながら、スピカは手元の紙に情報を書き込んでいく。
「では、次に本日いらっしゃった理由をお聞きします。先ほどおっしゃっていたのは、男に戻してほしい、とのことですね」
「はい」
「というのは、今は女であると思ってらっしゃるということですか?」
「……そうです」
青年は少し眉間に皺を寄せながら答えた。
「そのきっかけとなる出来事が、ダンジョン実習だったと、これは、実際にダンジョンに行って、モンスター討伐なとをするんですか?」
「はい。と言っても本当に入り口でやりますし、先生方がいるので、基本的に怪我する事とかはないですね」
「……その中で、ベインさんは、攻撃をされてしまった?」
「はい。でもいつの実習なのかは分からないです。今まで5回くらいはしてるんで」
「その攻撃によって、どのような影響が出ていますか?」
青年は目線を下げた。しばしの沈黙の後、ゆっくり口を開いた。
「……同級生の……男を、好きになってしまったんです」
「……なるほど」
「……」
「……それは、一緒に実習をされた方ですか?」
「……はい」
「今まで、その事態に対して何かしら対処をしてきましたか?」
「解除魔法をかけてもらいました」
「それは大学校でですか?」
「いや、大学校だと実習で学生が攻撃をされたとなると問題になるのが面倒で、寮の近くの魔法医に」
「効果はどうでしたか?」
青年は再び目線を下げた。何と言おうか、言葉を選んでいるように見えた。
「……そもそも、魔法はかかってないって、言われました……」
「……そうですか」
青年は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、拳にはギュッと力が入った。
「でも、俺がおかしくなってるのは事実なんですよ!絶対、精神攻撃を喰らったんですって!たまに地下ダンジョンから迷い込んだやってくるモンスターとかいますし、俺、俺は!!!!そのせいでおかしくされたんです!!!!!」
大声での主張だった。
スピカはうんうんと頷き、ゆっくり言葉を返した。
「それは、さぞお辛い状況ですね」
共感的理解──傾聴の手法の一つ。相手の話を相手の立場になり、相手の気持ちに共感しながら理解しようとすること
「少し答えづらいことかもしれませんが、今まで、同性の方を好きになったことはありましたか?」
青年は俯く。
「……言いづらければ大丈夫です」
「……分からないです。こっちにいたときも、好きな先輩とかはいたけど、別に、憧れてるだけと言われればそれくらいな気もするし」
「では、明確に恋愛感情を抱いたのは、今回が初めて、ということですか」
「……はい」
俯いたままの青年の声に震えが混じった。
「……でも、だから、俺、精神攻撃で、おかしくなっちゃったんですよ。……こんなこと、周りにバレたら、どうなることか」
「周囲の方の反応が気がかりだと」
「……だから、お願いです。治してください。何もなかったときに戻してください」
顔を上げた青年が、笑いながら言う。
笑顔──防衛機制の一つ。自分の苦しみを笑いに変えることで昇華させている?はたまた重い話をしたことで私への気遣い?
「……そう言いたくなるほど、今、あなたは苦しい思いをしているんですね」
青年から笑みが消えた。
下を向き、机にぽとぽとと涙をこぼしている。
「私は、魔法不能障害者です。ですので、魔法のように完全に治す、ということはできません。ですが、あなたが一人で立ち向かっている苦しみを、少しでも楽にできるように、一緒に考えることはできるかもしれません」
「……魔法、使えないんですか?」
下を向いたまま、青年は尋ねる。
「はい。私は、みなさんの相談を聞き、一緒に話したり考えたりすることで、みなさんが抱える問題を対処する、そういう相談屋です」




