エピローグ いつもの朝
「……もう朝か」
カーテン越しに光が届き、部屋の中を薄明るく照らしている。
スマホのアラームを解除して、すぐに洗面台に向かった。昨日は洗濯をしなかったから、仕事に行く前に回してしまおう。
寝起きの頭で、ぼんやりとしたまま朝の支度を始める。
余程疲れていたのか、眠ってから一度も寝返りを打たなかったらしい。小説を読んでいた時の姿勢のまま、スマホを握りしめていた。
なんだか長い夢を見た気がする。どんな内容だったかは忘れた。
でも目が覚める直前、嬉しいような切ないような、そんな不思議な感情で目覚めたのは憶えている。
奇妙な余韻に浸りつつ、身体に染みついた朝のルーティンをこなして出勤準備を整えた。
後はパンを焼いて、インスタントコーヒーを入れるだけ。
テレビを付けると、昨日起きた事件や事故の報道が流れていた。
知らなかったけれど、私が利用する駅付近で女の子が襲われた事件があったらしい。命に別状はないとのことだけれど、それを知って急に背筋が寒くなる。
もし昨日残業をしていなければ、ちょうど私が帰る時間帯だった。
犯人は現行犯で捕まったけれど、やっぱり夜道は気をつけないと。
そんなことを思いつつコーヒーを飲み終え、手早くメイクをしてアパートを後にした。
十分歩いた先の最寄り駅に着くと、改札を通っていつもの位置で電車を待つ。
その間にスマホを取り出して通知のチェックすると、悠太君から返事が来ていた。やっぱり昨晩はすでに寝ていたらしい。
あと五分で電車が来る。
朝の挨拶とちょっとした返事をしてアプリを閉じた。するともう一件、ショートメールの方にも通知があることに気が付いた。
父からだった。
『真昼、最近は連絡がないけれど大丈夫か? 真昼のアパートの近くで事件があったと知って、心配で連絡しました。不安だったら帰ってきて、家から仕事に通いなさい』
どうやら今朝のニュースを見てメールをくれたらしい。私はすぐに文字を打った。
『大丈夫。あまり家には帰れないけど心配しないで。何かあればまた連絡するね』
あまり居心地の良くない家庭だった。早く家を出たいと思って、こうして離れて暮らしている。
だけど少し前まであった父へのわだかまりは、今はあまり感じない。私を気にしてメールをくれたのは、素直に嬉しいと思えた。
ショートメールを閉じると、電車が入ってくるまでまだ三分もある。
そういえば、寝落ちして最後まで読めなかった小説があった。あれを通勤中に読み切ってしまおう。
小説サイトを開いて履歴を確認する。たしか『ヤンデレ騎士に溺愛される』みたいなタイトルだったはず。
だけどそんなタイトルは見つからなかった。最新履歴のはずなのにと不思議に思いながら、下まで流していっても見当たらない。
もしかしてタイトルが変わった? それとも作者が消しちゃったのかな。
とりあえず最後に読んだものを確認しようと、一番上にある履歴の詳細を開いた。
【国を追放された氷の公爵様。あまりに愛を知らないようなので、王女の私が全力で溺愛して解らせます!】
たしかに溺愛ものだけど……え、そっち?
こんな小説を開いた覚えはないけれど、ちょっと興味をそそられた。連載小説で、そこそこ話も進んでいる。
そのままあらすじに目を通そうとしたら、ホーム内に電車到着の案内が入った。
続きは乗ってから読もう。面白かったら、これから通勤のお供にしようかな。
私はいつもの電車に乗り込み、いつもよりも爽やかな気分で仕事へと向かった。
〈おわり〉
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
とあるRPGを遊んでいた時、「俺の脳内に直接⋯⋯!?」みたいなシーンを見て思いついた、ちょっとしたネタ小説のつもりでした。
書き出したら思ったよりも長いお話になりましたが、書いていて楽しかったです。
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