case41.大学生になった彼女は
高校三年生の桐生拓哉はひとつ上の先輩で大学一年生の九条里香と付き合っている。今日は里香が通っていて、拓哉も受験を考えている大学のオープンキャンパスの日。大学案内を里香がしてくれることになり……。
元、生徒会長と副会長だった二人が、大学生と高校三年生になってからの話です。
ぜひお読みください!
蝉の声が、遠くから耳に届く。
コンクリートの照り返しが強くなってきた夏の中盤。
早めに着いた大学の正門前で、高校三年生の桐生拓哉はスマホを確認してから、空を見上げた。
青すぎるくらいの空に、入道雲。
今日は、ひとつ上で大学一年生の恋人、九条里香が通う大学のオープンキャンパス。
里香の通う大学は総合大学であらゆる学部が揃っていて、拓哉も来年の受験を考えている場所なので、今日は見学のために里香が案内してくれることになっている。
里香との出会いは、高校で先生に言われるがままに入った生徒会での事だった。拓哉が二年生の時、里香が生徒会長を務め、拓哉は副会長をしていた。
最初こそ、そのきっちりとした態度が少し苦手だったが、どこまでもひたむきな姿にいつしか心を奪われて、気がつけば心から尊敬している自分がいて、そしてそれ以上の気持ちも抱いてしまった。
特になんの思い入れもなく開始した生徒会だったけれど、里香と出会い、一緒に過ごす生徒会の活動が凄く楽しくて、次第に仕事自体にもやりがいを感じていくようになり、里香が卒業した今は拓哉が生徒会長をしている。
そして、生徒会で一緒に過ごしていく中で里香も同じ気持ちを返してくれて、二人は付き合うこととなった。
里香が卒業してしまっても、この関係を終わらせるつもりなんて全く無かった。里香の事を追いかけたい、その思いでいっぱいだった。
「拓哉くん!」
遠くから聞こえた声に顔を向けると、白いノースリーブのトップスにベージュのロングスカートを合わせた里香が小走りで駆けてくる。
「……わっ、なんか……、大人っぽいですね」
「今日は彼氏とデート仕様にしたんだよ」
ふふっと笑いながら、彼女は照れたように髪を耳にかけた。
その仕草に、拓哉は胸がドクンと鳴るのを感じた。
大学構内は、オープンキャンパスということもあって活気に満ちていた。
里香は、キャンパスマップを片手に、ここぞとばかりに張り切って案内してくれる。
「この建物が理工学系。私はあっちの経済学系だから、普段はあっち側の棟だけど、ここのカフェはコーヒーが美味しくてリーズナブルだからよく使うんだ」
「へぇ、思ってたより広いな……てか、案内上手ですね、里香先生」
「えへへ、ありがたく思ってください。彼氏限定ガイドだからね!今日のためにちゃんと拓哉くんが気になってる学部、完璧に予習したから、何でも質問してね」
そんなふうにふたりで冗談を言い合いながら歩いていたとき。
「ねえ、あの子、すごくかっこよくない?」
「わ、ホントだ……あれ絶対モテるよ……!」
すれ違った数人の女子大生が、こちらを見てひそひそと話す声が聞こえた。
一瞬、「え?」と顔を上げた拓哉の目が、知らない女子とばっちり合う。
向こうは、気まずそうに笑いながら目を逸らしていった。
「……」
その様子を、隣で見ていた里香が一瞬だけ無言になった。
「……拓哉くんって、こういうところでも普通にモテるんだね」
「え? いや、別に今のは……」
「……そっか、やっぱり大学に入ってきたら、こうやって女の子に囲まれちゃうのかなぁ。拓哉くん、去年よりもさらにかっこよくなってるもんね……」
少し唇を尖らせて、拗ねた様にそう言う里香。
「ちょ、ちょっと待ってください。え、里香先輩、……もしかして拗ねてるんですか……?」
「拗ねてないよ。ただちょっと、……うん、ちょっとだけ……モヤッとしたの。それだけだよ!」
ぷいっと前を向いて早歩きになる里香の後ろ姿を拓哉は苦笑しながら追いかけた。
(里香先輩でもヤキモチとか焼いてくれるんだな……)
そう思うと勝手に口元がにやけてにてしまい、手の甲で口元を隠した。
ーーー
午後。教室見学のあと、里香が「ちょっと友達に顔出しさせてくれる?」と言い、ラウンジに寄ることになった。
ソファー席に座っていたのは、里香の同学年の男の人だった。
石井くんと呼ばれた彼は、里香のゼミ仲間らしい。
グループワークで作っているプレゼン資料を急遽変更することになり、その資料を今日中に渡さないといけないので、このタイミングで渡す事を約束していたそうだ。
「里香ちゃんごめんね、急に。助かったよ」
「ううん、むしろありがとうね、石井くん。今日、大学お休みの日なのに出てきてもらっちゃって」
里香が石井に資料を渡しながら言う。
「いや、これ以外にもしたい事あったから、全然大丈夫だよ」
石井は資料を受け取りながらそう言うと、少し照れた様に笑った。
そして拓哉の方を見て、声をかけてきた。
「えーと、彼氏さん?……あ、違ったらごめん」
「あ、合ってます。高校三年ですけど、里香先輩と付き合ってます」
「……へえ〜。高校生ってことは、受験生だよね?年下って聞いてたけど、しっかりしてるね。かっこいいし」
妙に探るような視線で笑う石井に、拓哉は心のどこかで警戒心を抱いた。石井が里香を見る目が、単なる同級生を見る目ではなかったから。
そして、里香も笑顔を浮かべて、その距離感を拒んでいるようには見えなかった。
「拓哉くん、さっきも伝えたけど、石井くんは同じゼミの人なの。で、こっちが彼氏の桐生拓哉くんだよ」
里香が二人の間に入って簡単に紹介をする。
「あー、うん。……でも、里香ちゃんに彼氏いるって、本当だったんだね」
「え?」
「ほら、里香ちゃんって、年上からも同期からも人気だけどちょっと高嶺の花っぽいところあるからさ。話せばすごく話しやすい子だけど。……だから年下の彼氏がいるっていうのも、本当かなってちょっと疑ってたからさ」
そう言って気軽に里香の肩をポン、と叩く。
その行動に拓哉は内心、イラッとした。
(……は?)
(こいつ絶対、里香先輩のこと狙ってただろ。つうか、彼氏いるって分かっても、やめるかどうかすら怪しいよな……)
その場でそう言うのはぐっとこらえて、なんとか修羅場にはならなかったものの、心の中では冷たいものが広がっていた。
さっきの女の人たちの視線なんかより、よっぽど嫌な感じだった。
ーーー
夕方。里香のアパートに戻り、ソファーに並んで腰かけている時、拓哉がモヤモヤした心の内を吐き出した。
「……さっきの男の人。あの、石井ってやつ」
「ん? ああ、石井くん?どうかした?」
「……あの人と仲良いんですか?」
「んー、普通だよ?ゼミでよく話すし、グループワークとかも多いけど、それだけだよ」
「……そうですか。でも、あの人の雰囲気……明らかに普通じゃなかったと思いますけど」
「えっ……どういうこと?」
「……あきらかに、里香先輩に気がある感じでしたよ。俺、見ててめっちゃ不快でした」
拓哉の口調はいつになく硬かった。
里香は目を見開いたあと、口を引き結んで言い返した。
「……でも、拓哉くんだって、女の子に『かっこいい』って言われてたじゃない。わたしだって、あの時、モヤッとしたんだよ」
「それは……!俺、別に気がなかったし、ただ歩いてただけで……」
「私だって、ただ話してただけだよっ!」
言葉がぶつかる。空気がピリつく。
けれど、その沈黙の中、ふたりは互いの目をまっすぐに見た。
そして、同時に、ふっと苦笑した。
「ふふ、……なんかお互い、子どもっぽいね」
「ほんと、そうですね」
拓哉がそっと、里香の右手を握った。
「……でもやっぱり心配です。あの石井って奴だけじゃなくて、他の奴にも、里香先輩のこと見せたくないです。独り占めしたい」
「……うん。わたしだって、そうだよ」
里香が拓哉に身体を預けるように抱きついた。
彼の胸に顔を埋め、ぎゅっとしがみつく。
「拓哉くんのこと、ほんとに好きだから。ずっと不安だったんだよ。高校の時とは違って離れてるし、拓哉くん会う度にどんどんかっこよくなるから……」
「俺だって。里香先輩、大学に入って綺麗になりすぎだと思います」
「ふふ。……なんか、私たちおんなじこと考えてるね」
「ですね。……じゃあ、今考えてること、分かりますか?」
そう言うと、拓哉は里香の手を握ったまま、熱のこもった瞳で里香を見つめる。
「……うん。多分、おんなじ事考えてる」
そう言うと、里香は左手で拓哉の頬に優しく触れて、唇にそっとキスをした。
ちゅ、と音がして唇が離れる。
熱を帯びた瞳がかち合う。
そしてもう一度、唇が触れ合った。
優しいキスが、互いの不安と嫉妬を溶かしていく。
ソファーに身を寄せ合い、何度も唇を重ね合わせた。
ーーー
「……なんかちょっと暑いね」
里香はソファーで拓哉に抱きついたまま、少し身じろぎした。
「そうですね」
「だって、ぎゅーってしてるから……」
「じゃあ、ちょっと離れますか?」
「それはやだ」
ぴしゃりと拒否されて、拓哉は思わず吹き出した。
「里香先輩、さっきまで拗ねてたくせに、いきなり甘えすぎじゃないですか?」
「だって……仲直りしたばっかりだもん。今は、拓哉くんをいっぱい補給したい」
「……じゃあ、どうぞ?」
「ふふ、嬉しい……!」
拓哉の胸に頬をすり寄せながら、里香がぽそっと呟く。
その声がやけに愛おしくて、拓哉は彼女の髪を優しく撫で始める。
「……俺、里香先輩の全部が大好きです」
蕩ける様な甘い表現で里香の髪を撫でながら、低く囁く様にそう言う拓哉。
「……はぁ。拓哉くん、ほんとずるい」
里香は頬を真っ赤にして手で顔を覆い、拓哉に言った。
「さっき拗ねてたぶん、甘やかしたいんですよ」
拓哉はくすくす笑いながらそう言うと、里香が顔を覆っている手を優しく掴んで剥がし、顔を覗き込んだ。
そしてもう一度、キスを落とした。
ひとつ、またひとつ。
キスを重ねるたびに、ふたりの空気は柔らかく溶けていく。
「ねぇ……もうちょっと、こうしてていい?」
「はい。今日は俺、帰らないですから」
「え?」
「里香先輩、寂しそうなんで」
「……もう。だからそういうの、ずるいよ……」
そう言いながらも、里香は嬉しそうに拓哉の胸に顔を押しつける。
「じゃあ、ご飯作るね」
「いや、今はいいですよ。もうちょっとだけ、このままがいいです。後で一緒に作りましょう」
拓哉が里香の腰に手を回し、抱き寄せる。
ふたりの体温がじんわりと重なり合い、時間が止まったように感じた。
「……ねぇ、拓哉くん」
「はい?」
「そろそろ敬語、やめない?」
里香は、ずっと思っていた事をやっと言えた。
里香がそう言うと、拓哉は少し驚いた様な顔をして、その後幸せそうに微笑んで頷いた。
「うん、そうだね。……里香、好きだよ」
「ふふ、私も。拓哉くん、大好き」
そう言って微笑む里香に、拓哉はもう一度キスをした。
今度はさっきよりも深い、唇の形を確かめるような濃厚なキス。
ちゅ、ちゅ、とキスを重ねていくうちに、既に熱くなっている身体が更に熱くなり、きゅんと疼いてくる。
「……ねえ、今日はもう帰らないんだったらさ、……その……、ベッド、行かない?」
里香が小声で、誘う様に問いかける。
拓哉はふーっ、と息を吐き、沸った熱を何とか抑えて答える。
「うん。……俺も、そうしたいって思ってた」
ベッドに移動してすぐ、拓哉は里香に覆い被さった。
抱きしめあってお互いを感じて、熱いキスをする。
互いのぬくもりだけが心地いい。
満ち足りた時間はどこまでも熱く、濃厚に過ぎていった。
⸻
朝。里香がまどろみの中ぼんやりと瞳を開けると、目の前に幸せそうに眠る拓哉の姿があった。そんな拓哉の寝顔に、胸がきゅんとする。
里香は右手を拓哉の頬に近づけて、そっと触れた。
すると、拓哉がゆっくりと瞼を開けた。
「おはよ」
そう言ってふわりと微笑む拓哉に、また胸が高鳴る。
「おはよう」
里香は幸せないっぱいな気持ちで微笑んで、挨拶を返した。
拓哉が、頬に触れていた里香の右手に手を重ねて優しく握る。そして、そのまま自分の口元に移動させて、ちゅ、とキスを落とした。
その時、里香は自分の右手の薬指にきらりと光る指輪がついている事に気がついた。
「え、これ……」
里香が驚いて、小さな声で呟く。
「俺の、って印」
悪巧みが成功したようにクスッと笑う拓哉。
「これ付けてたら、変な虫もちょっとは寄りにくいだろ。今はまだこっちだけど、いつか左手にもはめてもらうつもりだからね」
拓哉はそう言うと、今度は里香の左手を取り、細い薬指にキスを落とした。
里香はなんだか涙が出そうになってきて、それをぐっと堪える。
「うん、楽しみにしてるね」
なんとかそう言うと、泣きそうな笑顔で微笑んだ。
そんな里香を見て、拓哉は幸せそうに笑って、そして話しだす。
「……これからもきっといろんなことあると思うけど」
「うん」
「今回みたいにお互いの気持ちを言い合って向き合って、ちゃんと甘える……そんなふたりでいたいなって思った」
「……うん。わたしも」
「あと、嫉妬したときは、言っていい?」
急に、甘えたような言い方でそう言った拓哉に、里香はクスッと笑った。
「うん。その代わり、わたしも言うよ?」
里香もちょっと甘えた声でそう言うと、拓哉はふっと微笑んだ後、うん、と頷いた。
けれど、すぐに少し難しい顔になって、ポツリと呟く。
「……絶対俺の方が嫉妬すること多くなりそう」
「そんな事ないと思う。……拓哉くん、大学でも絶対モテるだろうから」
そう言って、里香は拓哉の腕にそっともたれかかる。
「でも、拓哉くんは、私のだから」
「うん。里香は、俺のだし」
「ね、独り占め、していい?」
「うん。じゃあ俺も、独り占めする」
そして二人はぎゅうっと抱きしめ合い、もう一度、熱いキスをした。
(きっとこの先もいろんなことがあると思う)
(けど絶対に、拓哉くんとならどんな事も大丈夫)
里香はそう強く思いながら、拓哉の事を抱きしめた。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は
case3.後輩からの告白 の生徒会2人のお話です。
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ぜひご一読ください。
陽ノ下 咲




