case40.春の日の初デート
ずっと両片思いだった高校一年生の一ノ瀬茉莉奈と岩瀬遥紀は、バレンタインに付き合い始めた。そして春休みに初デートに行くことにしたが……。
拗らせ両片思いだった二人の、初デートのお話です。
ぜひお読みください!
三月の終盤、春休みの午後。
空はすっかり春模様で、桜の花が園内のあちこちで咲き始めていた。
今日は、一ノ瀬茉莉奈と岩瀬遥紀の、動物園デートの日。
バレンタインに付き合いだした二人だけれど、学年末テストや二人が所属している図書委員の学年末の締めの仕事など、何かと忙しくてデートにこぎつける事が出来ず、これが付き合ってから初めてのデートだった。
茉莉奈は、白いブラウスにピンクのスカートという春らしい格好。
髪はいつもよりふんわり巻いて、少しだけ気合いを入れていた。
待ち合わせ場所をどこにするかという話になった時、遥紀から、家に迎えに行くと言われた。
理由は、「デートの格好をした一ノ瀬を一人で歩かせたくない」からだそうで。
「凄く可愛い。やっぱり家まで迎えに来て正解だった」
家を出て、外で待っている遥紀と目が合った瞬間、遥紀は真顔でそう言った。
口元は引き結ばれているのに、目だけはどうしようもなく甘い。
付き合い初めた時から、遥紀は自分の事を『重い男だ』と言ってきたけれど、こういう事だったんだ、と茉莉奈は思った。
そういう遥紀のひとつひとつを知る度に、少し意外に思いつつも、同時に
(岩瀬くんって、結構可愛いところもあるんだな)
とも感じていた。
「岩瀬くんもかっこいいね、今日の格好」
茉莉奈がそう言うと、
「そ、そうか……」
と、ものすごく顔を真っ赤にして、ピシッと固まる遥紀。
その遥紀の顔が明らかに嬉しそうで、茉莉奈は思わず笑ってしまった。
ーーー
入園してすぐ、二人は地図を見ながら歩き出した。
「キリン、見たいなぁ。あとは……レッサーパンダ?」
「じゃあ、そっちの方からまわろう」
動物を見ながら、時々スマホで写真を撮ったり、アイスを食べたり。
にこにこと幸せそうに笑う茉莉奈をすぐ横で見つめていられる。
隣を歩いているだけで、遥紀は凄く幸せな気持ちに満たされた。
「キリンって、こんなに大きかったんだね……」
「そうだな。でも俺は」
遥紀がキリンを見上げている茉莉奈を見つめながら、ぽつりと続ける。
「……キリンより、一ノ瀬のほうが見てて飽きない」
「……え、岩瀬くん、そんな冗談も言うんだね」
少し照れたように茉莉奈がくすくすと笑う。
「本音だよ。一ノ瀬のこと、ずっと見てたいって思う。……重症なんだ」
「重症なの……?」
「うん。重症」
本気で、真顔でそんなことを言う遥紀に、茉莉奈は小さく吹き出しながらも、遥紀の手をぎゅっと握った。
「……ちょっと照れ臭いけど、そういうところ、嫌いじゃないよ」
ーーー
動物園の奥、ふれあいゾーンには、モルモット、ウサギ、チンチラ、ヤギ、ヒヨコたちが小さな柵の中でのんびりしていた。
「わぁ……可愛い……」
茉莉奈の目がきらきらと輝き、花が咲いた様に笑う。
遙紀はその横顔をじっと見て、思った。
(……やっぱり、俺だけの一ノ瀬でいてほしい)
遥紀は高校に入って同じ図書委員になってから、ずっと茉莉奈に恋をしていた。
今は付き合っているけれど、その愛情はもはや「恋」では済まないほど拗らせていた。
全部、全部、自分だけのものにしたい。
彼女の笑顔も、声も、感情さえも。
これまで拗れに拗れたその感情は、付き合ってからも留まる事を知らずどんどん高まっていく。
茉莉奈が小さなヒヨコを手にのせている。
「ふふっ、ほら、岩瀬くんも」
「え、俺?」
「怖いの?」
「……いや、そんなことない」
そう言いつつも、明らかに慣れていない手つきで手のひらにヒヨコを乗せる遙紀。
ぎこちない様子に、茉莉奈がくすくす笑う。
「意外にこういうの苦手なんだ」
「……そうじゃない。ただ、得意じゃないだけだ」
「ふふ、じゃあ私が教えてあげる。こうやって、やさしく、ね」
茉莉奈は遙紀の手にそっと自分の手を添えた。
ほんの一瞬。
ふれた指先の温度に、遙紀の胸がドキッと跳ね上がる。
(あぁもう、……好きだ)
ヒヨコは柔らかく、ぬくもりがあって、優しい重さだった。
でも、それより何倍も、隣にいる茉莉奈の手があたたかかった。
ーーー
ふれあいゾーンを出た後、大学生の女性二人組が視界に入った。
その女子のひとりが、何気なく茉莉奈の隣にいた遙紀を見て、友達に話しているのが聞こえた。
「ね、あの子イケメンじゃない?」
「うわ、マジでタイプかも。背高いし、ああいう無口そうな男子ってギャップありそう」
あからさまに遥紀の話をする女性達に、茉莉奈はなんだかモヤモヤした。
女性達が遠くに行った後、茉莉奈は遥紀の前に出て、立ち止まって遥希を見上げた。
「ね、岩瀬くん」
「……ん?」
「手、つないでていい?」
「……今?」
「うん。今がいい」
そう言うと遙紀が驚いた様に目を大きく見開いて、顔を真っ赤にしながら嬉しそうにはにかんで笑った。
そして茉莉奈の手を取ると、指の間に遥紀の指が入り込んでくる。
「ふふ、嬉しい」
「……うん」
「ね、このままでいていい?」
「うん。……さっきの人達の言葉聞こえてて、正直戸惑ってたから、嬉しい。ああいうの、やっぱりお前も嫌って思う、のか?」
遥紀が片眉を下げて、おずおずと聞いた。
「うん、他人の気持ちはどうする事も出来ないから仕方ない事だけど、ちょっとね。……でも、もう大丈夫」
そう言って茉莉奈は繋いだ手をぎゅっと強く握った。
遥紀は、その手をさらにぎゅっと握り返して言う。
「……一ノ瀬はすごいな。お前のその一言で、こんなに幸せになれるんだな」
そして続ける。
「俺だったらあんなの無理だ。絶対耐えられない。……付き合う前も、一ノ瀬が他の男に話しかけられたり楽しそうに笑ってるところを見るだけで、嫉妬でおかしくなりそうだった。お前のこと、誰にも見せたくないし、全部、俺だけのものにしたいってずっと思ってた。……重くてごめん」
自重気味に笑いながら言ったその言葉に、茉莉奈は小さく笑って、遙紀の肩にもたれかかった。
「私やっぱり、岩瀬くんのそういうとこ、好きだな」
「……え」
「岩瀬くん自分のこと重いって言うけど、私はその気持ち、嬉しいよ。それに私だって……、ほんとは結構重いんだよ?」
遙紀の目が驚きに見開かれ、そしてすぐに柔らかくなる。
「……本当か?」
「ほんと。私、岩瀬くんが全部ほしいって思ってくれてるの、嬉しいよ。だから遠慮しないで、そういうの全部教えてほしい」
「じゃあ……もっと、欲張っていいか?」
「うん。もっと見せて」
ーーー
人気の少ない芝生広場まで歩き、ふたりはベンチに座った。
手は自然につながったまま。さっきよりもしっかりと、指を絡め合っていた。
「ねえ、岩瀬くん」
「ん?」
「私、今日、いつもよりちょっとだけおしゃれ頑張ったの。ね、可愛い?」
「うん。……一ノ瀬はいつも可愛いけど、今日はいつもよりもっと可愛いと思う」
「ふふ、嬉しい。……じゃあ、ご褒美ちょうだい」
「え、なに」
茉莉奈が、すっと遙紀の顔を覗き込む。
「キスして?」
「……ここでか?」
「誰もいないよ? ……もしかして、嫌なの?」
「嫌な訳ない」
瞬時にそう言った遥紀を覗き込む様に見つめる茉莉奈。
遥紀はゴクリ、と唾を飲んだ。
一瞬固まった後、深呼吸をして、繋いでいた手を離し、そっと茉莉奈の細い顎に触れる。
顎を少しだけ持ち上げて、ゆっくりと体を寄せると、茉莉奈の唇にキスを落とした。
重ねるキスは短く、けれど確かな気持ちが詰まっていた。
ゆっくりと唇を離し、遥紀が呟く。
「……もっと、欲しい」
「うん。いいよ。私も、同じ気持ち」
その言葉に、遙紀はもう一度、今度は長く優しいキスをした。
春の陽射しのなか、ふたりだけの時間はやわらかく流れていく。
もう、嫉妬なんてどうでもよくなるほどに、心が満たされていた。
「一ノ瀬、……こんなの知ってしまったら、もっとお前が欲しくなる。これからは、遠慮せずに欲しがると思うけど、いいか?」
そう言うと、茉莉奈はふふ、と可愛く微笑んだ。
「私も同じこと思ってた」
そう言って、遥紀の願いを、まるごと受け入れてくれる。
ふたりの恋は、今日もまた一歩深くなっていくのだった。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は
case6. 両片思いな2人-side茉莉奈
case7. 両片思いな2人-side遙紀 の両片思いの2人の話です。
遙紀×茉莉奈の話のバックナンバー
case6. 両片思いな2人-side茉莉奈
case7. 両片思いな2人-side遙紀
case13.独占したい、その笑顔
case18. 鋭い君が、鈍感なのは
case24.雨宿り
case29.満員電車
case37.忘れられないバレンタイン
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